君護り

生きたいと願うのは、いつの日か

ガイ視点


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大振りで振り下ろされた木刀を一歩下がることで避け、下から木刀を打てば手から抜けて飛んでいく。
「あっ!」
しっかりと握っていなかったからだろうけれどそれに慌てたようにルウが左右を見回した。飛んでいったのは彼のやや右後ろでつまり後方であるので見ているところに木刀はない。
「ルウ、木刀は後ろだ」
「ほんと?……ほんとだっ!」
俺の言葉にルウが後ろを振り返り地面に落ちている木刀を見つけると駆け寄って拾い上げた。
ルウには基礎訓練である体力作りや剣の型を教えてみたもののそういった基本よりも打ち合うことを好む。それは堪え性がないルウには繰り返し練習となる基礎というものがあまり面白くないかららしい。
逆に少し前から始まっているの体術訓練の場合は文句一つなく基礎訓練をしているという話だから二人は正反対の性格だと思う。だというのにお互いのことを好きらしくケンカらしいケンカをしたことがないがルウの言い分をがほぼ希望通りに受け入れるからだ。
出来ない場合でもルウが納得がいく理由を説明するあたりではルウにとてつもなく甘いと思う。兄弟のようなその関係にもうほとんど覚えていない姉と自分の触れ合いを思い浮かべて胸が痛くなることがある。
そういった時、は俺の様子に何かを思うのかよく話し掛けてきて三人で会話をしているうちに自分の胸に痛みはうやむやになっていることが多い。気を使われているのだと思う。
はルウが大切だと言い、ルウのために生きるつもりらしいことが近くに居る俺にはよくわかった。
は様々な知識を積極的に取り入れ、武術もルウが剣術で自分は体術と詰め込み過ぎなほどだ。それもすべてがルウのためであることを知っているのは自身と俺ぐらいだろう。
ルウが眠っている時に俺に時折考えを漏らすそれは最初は意味がわからなかったが近頃は儀式のようなものかもしれないと思うことがあった。
俺に告げることではルウのために生きる自分というものを忘れないようにしているのではないかと……そう思うのはが時にルウの意思よりも自分の考えを優先した後に話すことが多いからだ。まるでルウのために生きなければ許されないと思い込んでいるその様子がとても憐れだった。
俺もまた仇を討たなければならないと考えているのだから同じようなものなのかもしれないという考えを過ぎるがとルウと過ごすうちに仇を討つよりも二人の傍にいることを選んだ俺とルウのために生きることを選び続けるとは違う。
は他の生き方が出来るのにしないのだ。他の生き方など俺には思いつかなかったし出来なかっただけだ。
「よしっ!こんどはまけないっ!」
「ルウ、握りが甘い!少し打ち付けられたぐらいで剣を離すようだと勝つことなんて出来ないぞ」
まだまだ甘い構えをみせて打ちかかってくるルウの剣筋を見極める。ルウと同じようにフェイントも何もない真っ直ぐな剣筋は読みやすい。
それゆえに読むことが容易いが剣術を習い初めとしては筋がよく、なるべく早く正式な師を頼んだほうがいいか。かつて公爵の子息を教えていた人物を思い出して眉を寄せたのは俺の考え方の変化のせいだ。
剣の師として剣の技量を考えれば彼は素晴らしいが俺と同じように復讐心によって近づいてきていたのだからルウの師としては相応しくない。
彼は偽ることは得意なようであったからルウは慕ってしまうかもしれないがそうなればは嫌がるだろう。自身は気付いていないのかもしれないがルウが誰かを慕う様子を見せるとの機嫌はその日悪くなる。
ルウに気付かせないその様子はすごいが何故か俺に無意識に当たりはじめるのでの嫉妬というものはわかりやすい。
今のところ許しているのは公爵夫人と俺とメイドのアン、辛うじてペールという狭すぎる選択だ。それ以外の人間がルウと会話をすると極端に機嫌は悪くなる。
アンとて最初はそのせいでルーク様に嫌われているかもしれないと俺に相談に来たほどだ。嫌っているわけではないと話してからしばらくしてがアンと話しているのを見たので受け入れたらしいと気付いた。
は自分の考えをあまり周囲に漏らさない。それはルウに対しても同じようで何をしたいのか決めた時に言うだけで相談というものが少なかった。
前まではルウは本当に子どもで考えなどあまりもっていなかったかもしれないがこれからは違う。それには気付いているのだろうか?
気付いていない場合は俺が指摘してもいいかもしれないがそうすれば今度はは自分の考えを示さなくなる可能性もあった。
ルウのために生きると言って、自分の生き方を考えようともしないその愚かさに放ってはおけない。いつかきっとは自分を捨ててしまうだろう。
俺にとってかルウかを選ぶことなど出来ない。こうして剣を教えていればルウの素直さに何処か救われるような思いがするし、と話していると自分の中の暗い気持ちを薄れさせてくれる。
重く沈んだ俺の心が少しだけ軽くなればなるほどにそこに滑り込んでくるのはルウやとの触れ合いの日々で感じたこと……
「うーっ!ガイに勝てない!」
打ち合っても手応えのないことに不満そうに叫ぶルウに意識を集中し。
「流石に習い始めて三ヶ月のルウは負けられないからな」
「なんで?」
「やっぱり積重ねだな。基本的なことって大事なんだ。体力なければずっと剣を振っていられないし、剣の型は頭で考えるより先に身体が動くぐらいに覚えこませたら相手の攻撃にすぐ反応できる。ルウが面倒だと思う体力作りも繰り返すだけの動作も大切だってことだ」
外見の年齢からは想像も出来ないほどに素直な瞳でルウが俺に尋ねた質問に答えながら、のことがなければ俺はその素直さに気付かないままに身体に合わせた振る舞いをさせようとしてルウに無理をさせたのではないかと思う。逆に言えばが居るからルウは素直にその感情を出すことが出来る。
公爵家の子息としての振る舞いをは傍から見れば完璧、いや出来すぎなほどにこなしているように見える。だが傍にいる時間が長い所為か俺にはそれが無理をしているようにしか見えなかった。
ルウを護るためにその身を削っているようにしか見えないのその行動を俺は緩やかに死に向かっている殉教者のようだ。俺よりも幼いはずのその瞳に感じられるのは希望ではなく空虚さでその瞳がいつかルウ以外のことで輝くのを見たい。
緩やかに死へと向かっている年下の主に死ではなく生を望んで欲しい。とルウ、どちらも生きる道を歩んでくれないかと俺は願ってしまう。それがどれほどにとっては難しい生き方だとしても……
「うー、がんばる」
「ああ、強くなるためには必要だぞ」
日々の鍛錬が面倒だとは感じはしても必要だと納得したらしく頷くルウの頭を撫でる。
子育て経験のある使用人に聞いた話では子どもにはスキンシップが大切だし、何かあれば褒めてあげることも必要らしい。
「強くなってみんなをまもっあげるね」
撫でられたことが嬉しいのか明るく笑うルウ。
「皆って?」
「ねーとガイと母上とアンとペールとザックとぉ……んーと、ラムダスと父上と、あとみんなっ!」
ザックとはの体術指南役として抜擢された白光騎士団の騎士のことだろう。個人として呼ばれている中では公爵が最後であることがおかしかった。
ルウは自分に構わない父親を周りからの忙しいからというフォローのお陰で嫌いにはなってはいないし、尊敬もしている様子があるがやはり傍に居る人間のほうが優先順位が高いらしい。
執事であるラムダスに負けたと公爵が知ったとしたらどういった感情が浮かぶだろう?興味がないふりをして己の息子に負の感情を宿る瞳を向ける男。
かつての自分であれば気付かなかっただろうそれは憎悪ではないのは推測できたが真に視線の意味はわからない。
何かに怯えているようにも見えたし、罪悪感のようなものも感じたようにも思うが結局のところ公爵は息子に構うことなくその感情を隠して去っていくだけだ。
キムラスカの貴色たる赤と緑を宿すその男は子に愛情を示さず、子に宿るうちの一つ人格には憎悪にも似た感情を向けられている。哀れな男だと俺は心の中で嘲笑い暗い喜びを感じてい己に気付いていた。
そして、男の息子であるとルウに大して感じていた憎しみが何時の間にか己の幸せを奪った男に強く向けられるようになっていると理解できた。幼い頃から俺の中に巣くっていた暗い感情は無くなることはないだろう。ただ形を変えただけだ。
キムラスカの王とその臣下であり俺の故郷を滅ぼした公爵へと向ける憎しみはいつの間にか強い方向性が備わり、ただ漠然とキムラスカが憎い、王や公爵に連なるすべてが憎かった頃とは違う研ぎ澄まされた深い憎しみは王や公爵達にしか向ける気はない。
「俺も護ってくれるのか?ありがとう。ルウ」
「うんっ!いつかガイより強くなる」
とルウの関係性を表すのであれば光と影であるとするのなら、今はが光として人々の前に出ているがいつかそれは逆転するのだろう。ルウを光としては影となることを決めてしまっているからだ。
「そうか。でもな?ルウが強くなっただけ俺も強くなる。俺にも護りたいものが出来たからな」
奈落の底へと続くだろう暗い感情と同じだけ俺に光を与えてくれるものが今の俺にはある。
「ガイのまもりたいもの?」
俺にとってペールは大切な人間ではあったが彼を護る存在とは考えたことはなかった。
俺がもっと大人になりペールが老えば彼よりも俺が強くなったとしてもペールは俺の守護者だと認識していただろう。
家族を失ったあの日、俺は小さくてちっぽけな子どもで誰一人護ることが出来ずにペールにただ護られるだけの存在だった。
あの頃よりも大きくなったこの手なら俺の大切な者を少しは護ることが出来るはずだ。
「もちろん、ルウとだよ。俺はルウ達の世話係兼護衛だからな」
少し乱暴にルウの頭を撫でて髪をくしゃくしゃにすれば、可愛らしい悲鳴をあげてルウは逃げ出し、それを俺は笑いながら追いかける。
ルウを抱き締めるように捕まえて、夕焼けの色のようなその赤い髪の上に額をつければその柔らかな感触に涙が出そうになった。
姉上、仇であるキムラスカの王族であるだろう子どもを護りたいと願うことは裏切りですか?それとも貴女は許してくれるでしょうか。姉上ならどうするかという想像すらつかない。
記憶の中の姉の顔は薄っすらで声はもう覚えてすらいないのだから当然だ。ですが、姉上。俺はこの腕の中にある温もりを失いたくはないと願ってしまった。
本当はわかっていたんです。近づけば近づくほどに俺には殺せなくなると……姉上、俺は愚か者でしょう。それでも愚か者なりに精一杯護りたい。この無垢な心を持つルウと生きたいと願うことを忘れた迷い子のようなを。ただのガイ・セシルとして。





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