君護り

Wars never decide who's right, only who's left.


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ローレライからの通信がはじめてあった時から3ヶ月で二度起きたがそのどちらもがルウが身体の主動を握っている時、私が通信しようとするとかき消される通信。
私としては無駄だとしてもローレライは連絡を取れるのならば取りたい。ルウは頭痛の原因であるローレライを無意識なのか拒絶しているのでルウに頼むのはまだ無理そうだ。
確かに大人の精神を持つ私でもあの痛みは苦痛の声をあげるだろうほどの痛みでその中で精神を集中するなんて正気の沙汰ではない。集中すればするほど痛みが増すから余計だ。
ルウにとって私がその頭痛の原因である何かを退治しているとでも思われているようで、ねーは凄い。ねーは強い。と喜ばれることになりルウもまだ幼いとはいえど男の子なのだと実感することとなった。
それだからというわけではないが、そろそろ本格的に身体を鍛えなければいけないと考え始めた。
「そろそろ護身術とか習いたいと思うんだけど、どうすればいいと思う?」
勉学と並行してとなるとあまり時間は取れないだろうからお遊びな剣術を教えてくれるらしいヴァンは却下したい。
とはいえ、私から話を持っていけば以前の剣術指南役である彼が剣の師として現れそうなのでガイに何か良い案があるかきいてみることにした。
ヴァンの主である彼は私達を敵の息子と命を狙っているはずだが、ヴァンを呼ぶことになっても結局は同じなのだから悪くはないだろう。
「護身術?剣術なら以前のルーク様は習っていたんだが護身を優先するならアルバート流は不向きだな」
以前という言葉を聞いて協力者であるヴァンと繋がりを持つために薦めてくるかと思えば逆だった。
「……そうなの?」
向かないときっぱりと言い切った彼に続きを促がせば頷き。
「アルバート流は盾を持たない独特の剣術で、攻撃に重点を置いている流派だ。護身術として習うのなら別の流派がいい」
(独特って何?)
(普通とは違うってことかな)
精神会話をしているとガイがお茶のおかわりを注ぎ私のカップを置いた。
そして何やら視線を彷徨わせて口を開いたかと思えばまた閉じてと何か言おうとして迷っているらしい。
「あー、あのな。剣術でよければ俺が教えてやろうか?」
「ほんと!あつっ!」
ガイの申し出に勢いよくテーブルに手をついてルウが立ち上がったことで淹れたばかりの紅茶が毀れ手にかかる。
「ルウっ!大丈夫か」
紅茶で濡れた手を慌ててルウがくわえて涙目になっている。
このままだとルウが泣きだすことになるので主導権を戻す。手は多少はヒリヒリするがひどくはない。
「大丈夫ですけれど念のために手当てはしておきます」
(うぅ、いたいよ)
泣いているルウを慰めつつ、手当てをすれば早く治ると思ってくれるだろうと治療をすることにした。
「ああ、道具を持ってくる」
「待ってガイ。自分が行ったほうが早い」
私の言葉に頷いてすぐに出て行こうとしたガイにそう言って立ち上がる。
少し迷った表情のガイとルウにも言い聞かせるように。
「剣術を習い始めたら怪我をすることは当たり前になる。その時、一々泣いてても仕方がないよ?簡単な手当ての仕方なら覚えないと」
元の世界と同じ道具だったり、似たような道具であるのなら使えるとは思うけど違ったらお手上げだ。
今後、怪我することもあるだろうし手当ての仕方を覚えるのはかなり必要なことと部屋を出て廊下を歩き出せば着いてはきているが不服そうにガイが呟く。
「俺が傍にいるだろ?」
近くに人が見えないとはいえ部屋の中ではないので小声なのはいいけど言ってることは私としてはどうかと思う。
傍にいて自分が手当てするから覚える必要がないと言っているのだとしても。
「ガイが怪我した時には誰が手当てするの?」
「ガイの手当て、ぼくがするっ!」
手当てする人間がいないでしょという意味での発言を勘違いしたルウの発言。
ガイにも伝えようという意気込みで主導権を奪ってしまつたのだと思うが私としてはガイが怪我して、その時にルウも怪我したら手当てできる人がいないことになると言いたかった。
「……ルウ、ありがとう。も心配してくれたんだな」
「うん、ぼくね。がんばる」
ルウによってガイに私を勘違いされたけど良いほうに勘違いされるのなら味方になる可能性は上がるからいいか。
訂正しても良いことにはならないだろうと二人の勘違いをそのままにしておくことに決めた。増長しようとしない分だけマシだ。
「それじゃあ、医務室に向かうか」
「うん」
紅茶がかかっていないほうの手、ルウの左手をガイが握る。
ルウはゲームでのルークと同じように左利きだが私は右利きなので、実はルウが身体の主導権を握るとちょっと不思議な感じがする。
そして、私達はお互いの利き手を不便がない程度には動かすことが出来て両利きと言って差し支えがないほどだがルウのほうが右手も使用できるみたいだ。
これはアッシュが右利きもしくは矯正された右利きであるからなのか私が身体の主導権を握る時間が長くてそれをルウが見続けていたからなのかはわからない。
ただこの世界において右利きであることが当然といった風習があるようなのでルウのためには良いことなので私としては問題はないと思う。
医務室へと向かう途中で人の声が聞こえ、ルウが立ち止まった。
「ルウ?」
「ガイ、急ぎましょう」
不思議そうにルウへと問いかけたガイの声にルウが答えるより先に私はルウから身体の主導権を奪いガイの手を強く握って早歩きとなる。
ダメだ。ルウ、気付いたらダメだ。気にしたらダメだ。聞こえてきた声なんて忘れてしまえ。

聞こえてきたのは姦しい声。
「ねぇ、また公爵様は本日もお屋敷にお戻りになられないんですって」
「公務がお忙しいといってもおかしいわよね」
「やっぱり、あの噂は本当なんじゃない?」
「ああ、公爵様がセシル家の娘に手を出してるって話ね」
「そうじゃなければ公爵様が後ろ盾にはなられないわよ」
声の裏に潜むは悪意。
「こんなにあからさまにだなんて奥様もお可哀想」
「お身体が弱いから仕方がないとお思いでしょうけれどね」
優越感をたっぷりと感じさせる醜悪な声。

父の裏切りを母の悲哀をこの子に気付かせてはいけない。
必死になって歩き出した私の手をガイが握り返し横に並んだ。
横を見てガイの顔を見た時に彼に浮かぶ表情に理解した。彼も聞いたのだと。
セシル家は彼の母親の実家で、公爵の愛人として話題に出たのは彼の従姉。
ああ、お願いだ。世界の醜悪さをルウに気付かせないでと私は願う。
私が縋った手はまだ大人になりきれていない少年の手。
彼自身が傷ついているはずなのに私の手を握るその手は放されることなく繋がっていた。




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