君護り

その傷痕から花が咲くまで


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ガイ視点




記憶を失くして帰ってきたファブレの子息は以前と別人のように変わっていたが最初俺はそれに気付かなかった。
物言いは変化はしたようだがあまり人に近づこうとはしないのは一緒だったから相変わらず冷めたで周りを見る子どもだと考えいた。
それが違うとわかったのは俺が観察していたからではなくあいつから接触されてわかったことだ。
記憶を失くしたあいつが執着する彼の中に居るルウという幼い少年。
あいつの中ではルウが一番で他のことには興味を見せようとはしない。そこでやっと俺は気付いた。
帰ってきたこの屋敷のご子息様は実はイカれちまってったんだということに。
記憶を失くして、もう一人の自分を作り出すほどに何があったかなんてのは知らない。
ただ屋敷を顧みない父親と愛情はあっても嘆き続ける身体の弱い母親にはこいつは癒せないだろうとその時の俺でもわかった。
もう一人のために自己犠牲を犠牲とも思わずに繰り返すこいつはもう以前のように戻ることはないだろうとだから見ていようと思った。
もう一人の自分のために狂っていくこいつを、こいつが狂っていると気付かない幼い子どもを。憐れみと優越を持って見ていようと。
復讐者が復讐対象者が生きて苦しむさまを傍で見続けてやるつもりだったのに何時の間に変わっていたんだろう。
切っ掛けがあるとすれば彼ら二人共がファブレの子息だとは思っていなかったと知った時か。
ルウと名乗る幼い子どもを必死で守ろうとするという彼はファブレ公爵夫妻を親だとは認識していない。
笑ってしまいそうだった。復讐するはずの相手がこれほど破綻した家庭を持っていたなんて……
それで復讐心が消えたのかと言われればそうでもない自分には自分でも呆れてしまうが多少は萎えてしまったのも確かだ。
俺があいつを、を立ち直らせることが出来たのなら少しすっきりする気もした。お前がお前達が出来なかったことを俺はやってやったってな。
それからはとルウの傍に居るようにしていれば気づいたことがあった。
気付いたこととは彼らが相手に敬われることを当然と考えてないということにだ。
ルウは元からそうだとは知っていたが俺に言葉遣いを改めるように言い続けたの方が使用人達の態度を快く思っていない。
そもそも口うるさくいう彼の様子からして他の人間が居なければかまわないという時点でおかしいと気付くべきだった。
一度気付けばの生活態度は貴族の子息とは全く違うもので以前のことを考えると記憶が無いからといってもこれほど違うのものなかと違和感を感じた。
もしも本当に彼らはルーク・フォン・ファブレでなかったとしたら?
あの髪は染めたものではないのは確かだとしても出生のためとかで隠されていた子どもであるとしたらどうだろうか。
ルークとあれだけ似ているのだから血の繋がった兄弟かもしれない。
双子?いいや、夫人にもう一人子どもを産む体力などなさそうだから、公爵が他の女に産ませた子どもとかかもしれない。
は一般的なことについての知識はあるようだし、知らないことは貴族とか上級階級では必要な知識とかばかり、あとはルークが知っているはずの人間を知らない。
そう考えればあまり矛盾しないような気がする。ただ隠し子だとしてもあれだけ教育をしているのなら歴史はもう少し知っていてもいいような気がする。
の正体はわからない。本当にルーク本人なのかそれとも本人が言うようにルークではないのかは今の俺が知ることが出来ることではないだろう。
正直なところ俺はとルウという二人で一人の彼らを気に入っている。ルウは俺に懐いてくれているしは俺に親切だ。
これはペールに言われて気付いたことで自分の洞察力のなさを感じさせた出来事でもあるがが自分の勉学の時間に俺を傍に置くようになった。
最初、俺はどうしてここに居るように言われるのかと疑問に思ったし、気まぐれだとしたら勘弁してほしいという気持ちで一杯だった。
何故ならファブレ家の家庭教師達は俺を何も無いものとして扱うか邪魔者を見るような目で見るような奴らばかりだったからだ。
よくこんな奴らに教えてもらっているものだと感心してしまうほどだったが俺が聞いていた最初の授業の後、授業内容について質問された。
……恥ずかしながら俺は彼らの授業など覚えてもいないどころか聞いてすらいなかった。
ただ聞かれたので次からは授業を聞いて覚えなければならないのかと面倒に思ったものだ。
それをペールに話した時に一度目はただ相槌を打つだけであったのが授業に参加して3回目の時に彼に言われた。
もしかしたらは自分が王となるか公爵となった時に俺を傍に置くつもりなのではないかと。そんなことはないと俺は言えなかった。可能性ならあるとその時の俺でも思いつくことが出来た。
俺を気に入っているルウのために俺がただの下働きで終わらないようにするためには必要なことであればは俺に教育を施すだろう。
仇の息子に教育されるなんて何と馬鹿にされたことかと少し前の俺であったら思っただろうにその時の俺はのルウ馬鹿っぷりに呆れのほうが先にきた。あいつは何て馬鹿なんだろうってな。
将来的にあいつはルウにすべてを任せるつもりでいて、その傍にルウが好きな人間が居たらルウが幸せだとでも考えているだけだ。
人のことを考えていないことだがそれが自分のためではなくルウのための時点で傲慢というよりも馬鹿といった印象しか俺は受けない。
あれだけ懐かれればルウのことは好きだといえるし、馬鹿過ぎるも放っておけなくなっていていつのまにか情がわいてしまった。
敵の息子ではないとしてもキムラスカの王族の血を引くだろう子どもに情がわいたとか俺は何て馬鹿な男だとは思った。
自分の馬鹿さ加減に苦笑いをして、俺はあいつらの味方でいてやることにしたんだ。
もう情がわいてしまったというのならばとことんまで付き合ってやってもいいじゃないかとな。
が俺を勉強の場に居させることによって次期執事候補つまりは使用人頭となるかもしれないと周囲にも思われたようで俺に対する周りの態度は変わった。
最初は気付かなかった変化の意味に気付いた時に屋敷は確かに小さい世界だが世界の縮図だと知った。
いつか俺が執事になった時に嫌われていたりしないように気をつかう様子に俺は身分というものを軽んじていたことに気付かされた。
ルウもも身分の差で態度を変えられるのを嫌う。ルウは拒絶されたように感じて嫌だといい他の人間に行動を変えるように求める。
は己が敬われるような存在ではないという彼にとっての事実のために内心では嫌がっていてもそれを受けいる。
世の中としてどちらが正しいのかと言われればで、感情としてはルウに好感が持てる。
が居なければ俺はルウが求めるままに使用人としての立場を考えずにルウと接し続けただろう。
それをは許さない。使用人である俺がルウと同等の口をきいていればルウが軽んじられるのだと。
大人びた顔をして俺の行動を責める彼は何処か子どものように怯えた瞳をしている。
ルウを傷つけることに怯え、ルウを失うことを恐れる彼はルウ以外のすべてに絶望しているようだった。
鏡の中に映る暗い瞳をした俺自身を見ているようなその様子に何があったのかと訊ねてみようかと思ったことがある。
けれど、その問いの答えを知りたくはない気がして答えをえることが出来ないままだ。
そんな絶望にかられた子どもをこれ以上は追い詰めたくなくて俺はが求める優秀な使用人を演じることにした。
公爵のご子息に気に入られたとしても元々人当たりよく接していたこともあり妙な壁のようなものは薄くなったが薄くなっただけでなくなりはしなかったけど彼らの傍に居るためにその距離感は悪くはない。
俺が優秀な使用人兼遊びお相手のガイ・セシルとして公爵ご子息様のルーク・フォン・ファブレの傍に居ることが当たり前になる頃にはもルウ以外のことを見るようになっていて、ルウは明るい性格のままに真っ直ぐ育ってくれるだろうか?
この先のことを知らなかった俺はそんな風に夢想した。それがどれだけ愚かであったのかを思い知らされるのはそう遠くはなかった。




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