ルウと私。基本的には私のほうが身体を動かしていることが多い。
体の所有権が誰にあるのかは迷うことなくルウであると答えるが、当初のルウは意識はあれど知識がなく感情も発達していなかった。
それゆえに外部からの情報を得て行動したのは私でルウはそれを中から見て様々なことを学び言葉を覚え文字を覚えていった。
今ではルウに代わり私が中で見ているということも増えてはきたが、まだ半々ではない。
一日のうちにルウは長くても起きている間の5分の1程度しか身体を動かす機会はないからだ。
公爵家の子息としての勉学はそれだけ日々の時間を圧迫しているのだが、私は知識を求めるためにその時間を減らそうとせずルウは私の様子から勉学の時間を減らすようには言わない。
ルウからすれば勉強なんて面倒だという考えしかないのだろうと思うから減らすようにとか言わないでくれるだけで助かっている。もしも減らすとしたら一番最初に帝王学を減らすつもりだ。
公爵とて死ぬと知っている息子が国王になるとは思っていないだろうから言えば減らしてくれるはずだけどついでに他のものも失くされるかもと思うと言うに言えない。
その為にあまり必要ではなさそうな知識を学ぶために数時間を使用し、ルウの行動時間を減らしていることには悪いとは考えていた。
「ペール、このお花はなーに?」
なので、ルウがこうして表に出ている時間は貴重だ。
「ルウ様、こちらはヒルフェの花ですよ」
(ねー、知ってた?)
(知らなかった)
ルウが指差したのは私にはチューリップに似たように見えるオレンジ色の花だ。
似ているだけで名前は違うようでペールが教えてくれた花の名は聞いたことがないので素直に答えればルウが笑う。
「ルウとねー、お勉強したね。ありがとうペール」
「いえ、育てた花のことを知ってもらうのは嬉しいことでございますから」
私が知らないことを教えてもらえたと喜び礼をルウにペールは頭を下げた。
今のこの状態を執事であるラムダスに見られれば叱責を受けるだろうに彼の顔には微笑み。
ガイの復讐するという意志を止めなかった彼ではあるが思えば仕方が無いのかもしれない。
すべてを失くしてしまった幼い子どもが絶望の淵から這い上がってくる方法が復讐であったのなら止められようか。
それならば傍に居て少しでも支えてやろうと従者である彼は考えたのかもしれない。
ルウに身体を任せているからこそ視界に映れば遠慮なく観察していたがノイズのように響く音と同時に感じる痛みに思考が揺らぐ。
「いっ……うぅっ……」
痛みはルウも感じているようで両手で頭を抱えて地面へとしゃがみ込んだ。
「ルウ様!いかがなさいましたかっ!」
ペールが手にもっていたスコップを放り捨ててルウの近くへとやってきたが頭を両手で押さえて呼吸も荒くなっていく様子に大声を上げ始めた。
「誰かっ!ルーク様がっ!」
鋭い痛みで私とルウの精神的な繋がりが揺らぐ。
何が起きていると原因を考えようとして精神的な繋がりが揺らぐ要因となるであろう存在を思い出した。
ローレライだ!ルウとオリジナルルークであるアッシュはローレライと同じ振動数を持っているがゆえにコンタクトをとろうとローレライから接触されているのだ。
ああ、つまりこれはローレライへと連絡が取れる方法であり、私の大切な二人のルークが救われる道かもしれない。
ノイズも痛みも無視して私はローレライに語りかけようとノイズの原因である頭の中に響く音のほうへと意識を向ける。
ルウに向けるようにすれば会話が出来るのではないかという私の期待は瞬時に萎んだ。
例えるならば金属のバケツを思いっ切りアスファルトに叩きつけたかのような音共にノイズが止んだのだ。
「うわぁ!……うっ、うぇ、うわあぁぁぁん!」
最後の大きな音は痛みもまた大きくてその後すぐに頭の痛みは消えたというのにルウは泣き始めた。
いや、痛みが消えたからこそ泣くことに集中できるようになったと言ったほうが正しいだろう。
「ルウっ!どうした?もう大丈夫だぞ」
すぐさま駆けつけてきたのは近くで待機していたのだろうガイだ。
泣き喚くルウを抱いて背中を優しく撫でて落ち着かせようと声をかけているのが聞こえた。
普段であれば私もルウを慰めるために手を貸すが今回ばかりは無理そうだった。
ルウと同じかそれ以上に今の私はショックを受けていた。
ローレライの通信が切れたのは私のせいだと妙な確信を持ってそう思えた。
私の中でローレライという存在は万能な神様に近いイメージがあった。
そんなはずはないのにだ。万能であればゲームであんな風にヴァンに取り込まれたりしなかっただろう。
最後に帰ってくるのがたった一人のルークかアッシュ、それともどちらでもあってどちらでもないルークであるはずがない。
私の中にあった勝手な希望が萎んだのだ。ああ、わかってる……わかっていると思ってた。
私は何でも出来るヒーローじゃないと今のちっぽけな私に出来ることなんてあまりないって。
ああ、でもあんまりだ。どうして希望をそのままにしてくれなかった!ローレライ!
この1年半もの間は頭痛などお前からの連絡なんてなかったのに!
私が居るから連絡がないのだと、ルウは本来のルークとは違ってお前とローレライとは振動数は違うのだと考えることも出来たのに。
大丈夫。今までと何かが変わったというわけじゃない。私はまだルウとあの子のために出来ることがある。
どうして、何で……ああ、ローレライ、ローレライ、ローレライ!お願い。助けて!助けてよぉ!!!
思考がぐちゃぐちゃになる。
状況は変わっていないのだと冷静に告げる私と希望がなくなったと泣き喚く私。
徐々に泣き止んでいくルウの中で私の精神は二つに分裂し混ざり、崩壊してしまいそうだった。
「何があったんだ?ルウ」
「ひくっ……いたかっ……たの……でも、ねーが……たすけ……てくれた!」
ああ、私がローレライとコンタクトをとろうとした瞬間に消えことをそう感じていたのか。
ガイの問いにしゃっくりをあげながら答えたルウの言葉に私の精神は凪ぐ。
そうだルウはまだ失われていないのだから絶望に沈む暇は私には無いんだ。