君護り

逝き泥み、生き惑う


←Back / Top / Next→





この世界に来てしまった私には最初、何もなかった。
家族や友人といった人の繋がりどころか身体という自分が存在していると思えるものすら無くなってた。
急に何もかもを無くした私はルウが居るから生きてこられたのだと思う。
何も知らないルウが私が身体の中に一緒にいることを拒絶しないでくれたから不完全な形ではあっても生きていようと思った。
そして、ルウが与えてくれただけ私もルウに何かしたいとこの先にあるだろう悲劇を避けるために努力をした。
私はルウが大切でその為に生きてきたし、これからもそうするつもりなのに。
「ルーク」
ルウ以外必要ではなかったはずなのに優しく頬に触れるこの手を嫌いにはなれない。
「母上」
「この間はごめんなさいね」
身体が弱っているというのに週に一度お茶を飲む機会を設けてくれる彼女は確かに我が子を愛しているのだ。
誘拐される前とて丈夫ではなかったという彼女が子と触れ合う機会は今よりも少なかったのだと聞いた。
そんな彼女にどうして我が子だとわからないのだと言えるはずがない。
「いいえ、母上のお身体のほうが大事です」
「ありがとう。ルーク」
ベットの中から伸ばされるその手が愛しいと告げている。
その手で触れているのは大切な子なのだとその眼差しは優しい。
優しすぎるその眼差しに溺れてしまいたい気持ちが湧き上がる。
「ははうえ、ルウもしんぱいしたよっ!」
湧き上がった思いを消そうとした時にルウに身体の主導権が移った。
「ありがとう。ルウ」
唐突に変わった我が子の様子を彼女は微笑みを浮かべて受け入れた。
否定することなくただ受けいるその甘さは私の中に苛立ちを産む。
甘いほどに優しい彼女に何を望むことが出来るだろう。
確かに王族としての教育を彼女には施されているかもしれないがそれを揮うことを許されなかった人だ。
決められたことを決められるままに受け入れることを強制された人生であっただろうと思う。
彼女が夫であるクリムゾンを愛しているのかまではわからない。でも、確かに彼女は我が子を愛している。
「本当に優しい子達」
私は優しくなどない。貴女がお腹を痛めて産んだ子はここにはいないのだと、
その事実を私は知っていて黙っている私が優しい訳があるはずがない。
「貴方達が子どもで私は幸せ者ね」
あまりにも優しく笑う彼女のその笑みの儚さに私は懺悔することも出来ない。
「ルウもははうえの子でしあわせ」
優しい母の手を無邪気に握り返すルウ。
その手から伝わる温もりをルウの中に居る私も感じることができた。
「体調が戻ったら庭でお茶を飲みましょう?ルウは外が好きでしょう」
「うん!」
母と子が約束を交わす様子を私は眺める。
「ねーもやくそく」
すると唐突に身体の主導権が移った。
ルウの言葉からすると私も約束するようにということだとは思うけど。
「そうね。ルークとも約束よ」
「……はい。でも、ご無理はなさらないで下さいね」
外に出て体調を崩したとなったら大変だ。
約束を守るためにと無理をしたりしないように私がそう言えば頷いてくれる。
しかし、実はその約束が少し信用ならないのだと1年以上も付き合ってきて知っている。
穏やかな気性でありながら時として頑なな態度を彼女はとることがある。
それは大抵が自分のことではなく子どもに関することで、今回のような場合は無理をしてしまう可能性があった。
「母上が寝込まれたりしたら悲しみます」
「大丈夫、無理はしないようにするわ」
とんとんっと軽く手を叩かれる。
ルウから主導権が変わってもその手は繋がったままだった。
それほど話している気はなかったけれど、やはり疲れてきたのか顔色が青ざめているように見えた。
そろそろ潮時だろうと手を離して身を起す。
「今日は会いに来てくれてありがとう。ルーク、ルウ」
こちらの考えを読んだのだろうその言葉に首を振り。
「いえ、母上にお会いしたかったので……」
(ルウ、そろそろ部屋に戻ろう)
「また会いにくるね!ははうえ」
母に別れの言葉を言ったルウは手を振ると部屋を出て行く。
扉の前で控えていたメイドにルウは笑みを浮かべて手を振った。
「またね」
母上付きのメイドで母上に会う時にはよく見る顔だからといって
メイドに言うような言葉ではないとは思うけれど他に誰も見ていなかったからいいか。
ルウが楽しく過ごせるのならこんなこと些細なことだ。




←Back / Top / Next→