君護り

踏み締めたもの、目を逸らしたもの、見えなかったもの


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夜寝る前の読書はルウが眠るのに役立っている。少しばかり小難しい本を読むと相変わらずにルウは眠ってしまうのだ。
ルウが眠れば身体が睡眠を欲していることもあって私は欠伸をする。
一緒にベットに横になってもいいがそうするとルウは何故か興奮して眠らない。
普段は別々に眠る自分達が一緒に眠ることが嬉しいというようなことを言っていたがおかげで次の日は寝不足だった。
なので明日は寝坊しても良い日以外は今日のような手を使ってしまうのだがいつまで使える手だろうか。
「ルーク様?」
部屋の外から聞こえてきた聞き覚えのある声に扉の方を振り返る。
その声はメイドのアンのもので彼女の声が聞こえたらルウが喜んで出て行くのだけど。
「どうぞ入って下さい」
部屋の鍵はあるが寝る前に閉めるので部屋の鍵は開いているので招く。
「失礼致します」
扉を開けて入ってきたアンへと視線を向ける。
「どうかしましたか」
「はい、部屋から光が漏れておりましたので」
ルウといる時よりも幾分か堅い表情とその声に改め彼女は私が苦手なようだ感じた。
彼女が私達、特にルウのメイドとなってから半年近く経っているというのに馴れないようだけどそれも仕方がない。
私はルウが彼女が気に入っているからと彼女と話すこともなかったのだから。
「ああ、すみません」
「いえ、眠れないのでしたら何かお飲み物をお持ちしようかと思いまして」
「ありがとう。ルウは眠っていますがよければ何か持ってきてください」
彼女が私に何を飲ませようと考えるのか気になって言う。
寝ようとしていたところなのだから下がらせればいいのにと自分の勝手さに思わず笑ってしまう。
「……何でもよろしいのでしょうか?」
いつもはこのような頼み方をしないからか珍しくも聞き返される。
本来であれば主人の言に聞き返すこともまた失礼に当たるのでファブレのメイドとしては珍しい行為だ。
とはいえ、彼女の行動を咎めようとは思わない。私の頼みは少しばかり珍しいものだと自覚している。
「ええ」
「はい、わかりました」
アンが会釈をすると失礼にならない程度に急ぎつつ部屋を出て行く。
その様子を眺めながら何を持ってるかと考えて、たぶん紅茶だろうと思った。



彼女が持ってきたのは甘いミルク。
その甘さははちみつで彼女が持ってきたのがハニーミルクだと知った。
「眠れない日は母がよく作ってくれたんです」
礼を言って受け取ったものの意外なものが出てきたことで何も言えないままだった。
「私がルウじゃないのは知っていましたよね」
もしかしたら彼女はルウだと思ってこれを用意したのではないだろうか。
そんなことを思って尋ねればアンが驚いたように瞬きをした。
「ルウ様はお眠りになられているとルーク様から聞きました」
彼女にそう言ったのは私で彼女もそれを聞いていたのだ。
ならば確かにこのハニーミルクは私へのものなのだろう。
「そうですが私がいつも頼むのは紅茶ですから」
「紅茶は寝る前に飲んではダメなんですよ」
きっぱりと言い切られて私は頷いた。
アンという少女はこういう子であっただろうか?
確か私と目が合うといつも目を逸らすような……
「まぁ、そうですね。夕食以後は飲むのは止めます」
今までの彼女とは一致しないその様子に疑問に思いながら頷いておく。
確かにカフェインが含まれる紅茶を夜寝る前に飲むのは止めたほうがよいかもしれない。
朝の一杯はよいだろうから朝の習慣は変えないけど。
「はい、そうして下さい。前々からお伝えしなければと考えていたんですけれど」
「……前々から?」
確かに彼女は私を意識するような行動をとっていた。それが苦手に思われていたからではなかったのか。
そういえばルウからアンは私のことを嫌っているわけではないと言われた記憶がある。
その時はルウが私を慰めてくれているのだと思って、あの子の優しさに喜んでたんだけど。
「配属されてから3日目だったと思います。その日に気付いたのですけれどあまりお話しするような機会がなくて」
はにかんだ様に笑うアンは可愛らしかった。
……何だ。アンのことを苦手なのは私だったのだ。
騒ぐルウに嫌な顔をせずに接するこの子が苦手だった。
だって、ルウを私から奪う存在かもしれないから。
「アンは優しいんですね」
「そっ、そんなことはありません」
私の言葉に照れたように頬を染めて俯いたアン。
勝手に遠ざけていた私を心配していたお人好しな彼女を見て、近頃のガイを思い出す。
以前は私に関しては最低限のことしかしなかったのに近頃は妙に世話をするのだ。
周りの人に大切にされて感じるのが申し訳なさなのはきっと遠い場所で泣くことも出来ない少年を知っているからだ。
「ルウのことこれからもお願いしますね」
「はい」
笑顔で頷いてくれた彼女に私は満足してハニーミルクを飲み干した。
「ありがとう。美味しかったです」
カップを差し出せばアンは嬉しそうに笑っている。
「またお作りしますね」
そう約束をしてくれる彼女に私は笑う。
「ルウにも作ってあげてください」
「わかりました」
私に約束は要らない。
温かな感情はすべてルウにあげてほしい。それはルークが受け取るものだ。
ルウとアッシュのどちらかのルークが受け取るべきもの。
この間借り人に与えられるものじゃないのだと叫びだしたくなる。
私が叫びだす前に閉まるドアがまるで私の感情に蓋をするように告げるようだった。




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