君護り
こうやって、たまたま。
オールドランドの知識を私は求めた。
アッシュかもしれない人影を見たその日から今まで以上に熱心に。今までは知ろうと思わなかった音機関も調べた。
理解できないと最初から諦めていた分野だが、知らないから救えなかったとしたら私は後悔することになる。
その思いで屋敷にあるありとあらゆる分野の本を片っ端から読んだし、
同時に身体を動かすことに馴れてきたのでトレーニングも開始した。
「ルーク様、休憩にされたらどうですか?」
するべきことがたくさんありすぎて時間が足りない。
だというのにガイに休憩を進めらて苛立ちのあまり睨みつけた。
今日の予定の半分も本を読み終わっていないのだ邪魔しないでほしい。
「……ガイ」
「お茶に致しましょうか」
敵の息子が睨みつけているというのに彼は気にした様子なく続けた。
「ありがとう。後で頂きます」
こちらの話を聞く気がないのかと息を吐き出し向けていた視線を戻す。
「ルーク様っ!後ではなくて今すぐに休憩なさってください。何処に11歳で隈を作る子どもがいますか」
部屋の隅で控えていた彼が近づいてきて私が座るイスの隣に立った。
「隈なんて」
「ありますよっ!鏡を見ていないんですか?」
否定の言葉を言わせないつもりらしい。
「興味がありませんから」
鏡に映る自分ではない姿を見たくはない。
ルウとなっている時に鏡を見るのはいいのに私自身だとどうしてもダメなのだ。
「そんなことをしたら身体を壊されますし、奥様もご心配されていましたよ?」
母のことを言われても優先すべきことがあると割りきることができる。
ルウが聞いていたら騒がしくなるだろうが幸いルウは眠っている。
「今夜からもう少し寝るようにします」
「その身体はルウのものでもあるんですよ」
ガイの言葉に身体が震え読んでいた本がテーブルの上に落ちた。
そうだ。この身体は私のものではなくルウのものだ。
なのに何故、私はルウがあまり外に出れない状況を作り上げているの?
「そうでした。この身体はルウのものなのに」
この身体が疲労すれば子どもであるルウはその疲労をとろうと眠ることになる。
けれど私は疲労を感じながらも精神力で起き続けていたが為にルウだけが眠る状況が作られた。
「ええ、ルーク様とルウのお二人の」
「違いますよ。ガイ、この身体は私のものではありません」
勘違いしているガイの考えを否定する。
「えっ?」
彼へと視線を送れば何を言われたのか理解していないだろう表情。
「私の方が後から現れたんだから当然でしょう」
「……ルーク…様?」
私の言葉が意外だったのかガイが呆然とした様子で名を呟いた。
この屋敷の人々が私の名前だと信じているその名を。
「様付けなんて必要ないよガイ、私はこの身体を借りている間借り人だから」
自分の胸に手を置いて笑う。
それは心からの笑みではなく苦笑めいたものだということが自分でもわかった。
「ルウのほうではなく君のほうが後から出来た人格?」
「そんな感じかな」
驚きのあまりかガイが他の使用人相手に話すような言葉遣いをしたがここには他の誰かが居ない場所であるために正すことはしない。
いや、私はただの一般市民でしかなかったのだから他の人にかしずかれているほうがおかしく今のガイの態度のほうが正しい姿だ。
「……その口調が素なんだな」
ルーク様を演じることが出来ないので粗野に思われないように敬語で喋っていた。
その為に使用人達には丁寧すぎる言葉で喋っていたようで叱られたものだ。
「まぁ」
敬語で喋って叱られるって滅多にない経験だよね。
元の世界では他人行儀だからもっと楽にしてよっとか言われたぐらいだ。
「ずっと演じていたのか?」
私よりも演じているはずのガイがじっと見つめてくる。
「うん、ルウのために」
彼が何を思っているのかわからないがちょっと見過ぎだよ。
その強い視線と目を合わせているのに疲れて目線を落す。
「ルウが大切なんだよな。それは元から居た人格だからか?」
「そう……かな」
この身体はルウのもので私のものではない。
私は間借り人だというのにルウよりも長くこの身体を動かしている。
今はルウが私よりも精神的に幼いからこその関係性だろう。
これが本編のルークであったのなら私はこうまで外に出ることは出来なかったと思う。
「奪ってやろうとかは思わなかったのか」
何を言われたのかと思わず顔を上げた。
ガイの真剣な瞳と目が合いその瞳から目を逸らせずに見詰め合う。
「思わないよ。だって私が生きる意味はルウを守るためだ」
だから真剣に私も答える。
「何で」
「何で?そんなもの考えても意味ないよ。ただ私はルウを守るためなら何でもするだけ」
私を受け入れてくれたルウ。あの子はねーと私を呼んで心地良い感情を与えてくれた。
「ル……ネー」
ルウがねーと呼ぶから彼は私がそういう名だと思っているのかな。
でも私は彼の姉になりたいとは思わないで首を振り。
「ガイ、私のことはと呼んで」
前世の名残。今は誰も呼ばないかつての私の証だ。
「?」
「うん」
まだ声変わりをしていない少年の声が私の名を呼び私はそれに頷いた。
「それがお前の名前なのか」
「そうだよ。私もルウもルーク・フォン・ファブレじゃないから違う名が必要だろう?」
正確には私には違う名があったが正しいけど。
「何故、そう言えるんだ?」
「……違うから」
ルークではないと言い切った私にガイが疑問に思ったようだ。
違うことを私は知っているがそれを説明することなど色々な意味で出来ない。
「記憶があるのか」
それなら何故言わなかったとでも言いそうな顔だ。
「オールドランドで生きた記憶はないよ」
本当のことを言う。
私もルウもオールドランドの記憶は1年ほど前からなのだ。
「記憶がないのなら違うとは言えないだろう」
「そうだね。記憶がないのなら違うとはいえないね」
ガイ、私はオールドランド以外の記憶はあるんだよ。
私が狂っていなければとつくかもしれないけど。
「、お前がルークの後に生まれたのは勘違いじゃないか?
怖いことがあってルウが生まれお前自身は記憶を失った。
それなら知識がのほうがあるのに説明がつく」
それは今思いついたような感じではなく事実を口にするような物言いだった。
少なくとも彼はそれを事実だと思っておりその考えを誰かと話したことがあるように思う。
「あぁ、私とルウを知る人はそう考えてるってことか」
「……」
その確認のためにガイへと話しかけたがガイは黙って私を見つめている。
「どうしたの?ガイ」
まさに無表情と言えるような表情でガイが私を見ている。
その顔には何も浮かんではいなかった。喜びも憎しみも何も。
「この屋敷の人間が嫌いなのか?」
そして、小さな声で彼は私に問うた。
彼の様子をうかがっていたからこそ聞けたその声量。
「嫌いじゃないよ。私自身は興味がないだけだ」
首を振り否定しながらも好きとは言い辛かった。
「何でっ!」
感情を爆発させたかのようにガイは大きな声を出し、私を睨む。
その強い憎しみでギラギラと目が輝いているかのような彼の瞳に睨まれながら私は口を開いた。
「かつてのルークが必要な彼らに私もルウも必要ないだろう」
今度は私のほうが小さな声でこのような声でガイに届くだろうかと心配になったがその心配は無用のようだった。
「お前はルークじゃないか」
「私もルウもルークじゃない。かつてのルークなんてここにはいない」
首を振ってガイの言葉を否定し両手で身体を抱くように手を回す。この身体にいるのはルウと間借り人の私だ。
ここにあの紅の子どもはおらず彼が陽だまりと求めているその場所を不当に搾取した私が居る。
その私に巻き込まれてルウはあの子に恨まれることになる。
本来の物語通りだとしても、私が自覚している時点でその罪は重い。
「お前自身を見てほしかったのか」
彼の言葉に口元が引きつった。
「いいえ、私はルウの影だ」
「……影にしては自己主張しすぎだろ」
否定した私の言葉にガイが小さく笑う。
その様子はいつもと違ったように思えた。
「もルウも俺が見ててやる」
改めてガイを見ようとした私をガイの腕が包む。
「ガイ?」
少し痛いぐらいに強く抱く彼の顔は見えない。
「俺はお前達の世話役だからな。歳が一番近いからとたまたまなっただけだが……」
偶然なんかじゃない。そう言えば君はどう思う?
窓から差し込む日の光に煌く金の光に私は目を瞑る。
憎しみの果ての答えを私は知らない。だけどその答えをガイ……君に知ってほしいとも思わない。
私が手を彼の背に回したのは温もりを与えたかったからなのか温もりを得たかったからなのか。
それを知る術はないままにこの感情は時の流れに埋もれていくのだろう。