君護り

しそうとりそう


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この世界で8ヶ月を過ごした。
私にとっては1年以上が過ぎたことになる。
真面目に勉強し以前のルークを望む家庭教師達にも口答えをせずに
意欲的に授業には取り組んだので彼等の評価としはてほぼ以前のルーク様並にはなってきたらしい。
予習と復習をしたおかげだが予習したら満足そうな家庭教師がうざい。
言語は文字も口語もどちらもできたのでそれに時間はとられなかったし、
数学だって教えていた内容は理解できていたので問題はなかった。
帝王学とかは知らないので理解できなかったが王にはならないので適当にしておいた。
一応は先生が好みそうな答えは言っておいたから満足そうだったけどね。
でも彼等の授業はこちらが質問しない限りは教科書となる本の内容通りだから面白くない。
子どもを飽きさせないために話術を鍛えようと思ったりしないものらしい。
唯一の例外は歴史を担当する教師で彼の場合は知っている逸話を披露する時間がが多過ぎで逆に授業が進まないタイプだった。
妙な知識も時にもらえるので彼の話をきちんと聞いてるが授業を受けるたびに逸話の方が比重が増えている気がする。
ただ独特の言い回しや一般的でない言葉とかも平気で話すので内容を理解するのは一苦労だった。
これでは元のルークも彼等との勉強を楽しめなかったわけだ。
真面目に本日も授業を受けていた私は先生の説明が一段落したところで思考を彷徨わせていた。
「それではルーク様、本日の授業はここまでにしましょう。
 本日だしました課題は期日は次回までとなります」
「はい、わかりました。ルジストル先生、本日はありがとうございました」
授業3分の2で残りは歴史にまつわるアレコレを教えてくれたルジストル先生。
ファブレ家の教師陣の中では一際若い45歳だ。
柔らかそうな茶色の髪には白いものが混じり始めているナイスミドルなおじ様だ。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、何でもありません」
私の視線に気付いた彼が尋ねてきたが用事はなかったので首を振る。
「何か聞きたいことがおありでしたら遠慮なさらずに聞いて頂いて結構ですよ。
 その……私の説明は少々回りくどいらしいですし
 古代イスパニア語なども説明の時に無意識に使ってしまうようでわかり辛いでしょう?
 これでも気をつけてはいるのですが……」
先生、自覚があったんですね。
気をつけているにしては直せてないですよ。
「古代イスパニア語の勉強にもなりますのでお気になさらずに」
先生の言葉で理解できなかったことは自分で後で調べてます。
辞書を引くということでこの頭にも多少は古代イスパニア語が入っている。
これはある意味で先生のお陰というものだろう。
「やはり解り辛かったようで申し訳ありません。
 よろしければ今ここで解らなかったことはお答えします」
「……それでしたら授業の時に古代イスパニア語を教えてくださいませんか?」
申し訳なさそうに眉尻を下げて謝罪する彼だが私は怒っていない。
彼の説明は時にわかり辛いがためになることも言ってくれたのだ。
でも何かをしてくれるというのなら古代イスパニア語を教えてもらおう。
今でも名前に使われたりしていて実生活でも知っていて無駄な知識ではないし、
万が一にも降下作業に巻き込まれるようなことになった時に役に立つ。
「わかりました。次回から古代イスパニア語もお教えします」
歴史馬鹿なだけでファブレの子息を教えるだけあり頭が悪いわけではない。
そして彼は数少ない以前のルークと私を比べない人でもあるので
ルウとしては嫌っていないが質問する隙もないんだよねこの人の語り。
授業は淡々としているので逸話を語るときには脳内スイッチが押されているらしい。
「よろしくお願いします」
授業を終えた先生を見送って簡単に後片付ける。
この世界の歴史を学べば学ぶほどに予言というものを恐ろしく感じる。
当たり前のように予言に詠まれていたから宣戦布告をしたとか記されていて、
それが予言というものがこの世界へどれほど浸透しているかの証のように思う。
そのようなモノにあの男は戦いを挑むのだから狂っている。
あの男の狂気によってルークが生まれ世界は救われる。
私というイレギュラーが居なければ、きっとこの世界もそうなったのだ。
(ねー、いたい?)
(痛くないよルウ)
私の感情が漏れたらしくルウから流れてくるのは心配だという感情の色。
心配をこれ以上させないように答える。
(でも、いたそうだよ。ねー)
あぁ、痛いのは貴方を失うことを考えるからだよ。
ルウのためにどうすれが良いのか考えれば考えるほどに貴方を失う物語を思い出さなければならないことだ。
数年前に一度しただけのゲームの内容を思い出すことがこれほど辛いとは思わなかった。
「がいっ!がい!」
零れ落ちた涙と共に身体が動き、大きな声を発した。
悲鳴にも近いその大きな声に慌てたように入ってきたのはガイだ。
「どうされました?」
そんな声で自分を呼ぶのはルウだと彼は知っていたがその顔に溢れ出る涙に驚き目を見開いた。
いつもよりひどく泣いている様子に慌てて彼はルウの元へとかけてくる。
「どうしたっ!ルウ」
「ねー……が、ねーが」
駆けてきたガイにルウが訴える。
「ネーが?」
私がルウと呼び、ルウは私をねーと呼ぶことをガイは知っている。
それを知るのは母上と一部の使用人だけだ。
父上も話したことはないが知っているだろうとは思うが。
「いたいの」
「ルウ怪我をしたのか?」
してもいない怪我を探すガイにルウが首を振り。
「ちがうの。ねー……いたいの」
涙が後から後から溢れてくる。ルウは目が溶けてしまいそうなほどに泣き続ける。
深い哀しみに私の心が沈むと同時に私のことを想って泣くルウに喜びを感じる。
この矛盾した感情に表に出ることが出来ず、泣くルウを慰める言葉も心で紡げない。
「ルークが?」
その意外そうな表情に苛立ちを感じる。
彼は私が痛みとか感じないとでも思ってるのか。
「ちが……う……るーくじゃない……ねーがいたいの」
ルウにとって自分と私とルークは別人なのだ。
だけど私とルウを知ってはいても本当のルークが別に居るとはガイは知らない。
「あぁ、ネーが痛いんだな。どうして痛いんだ」
泣いた子どもの言葉を否定するよりも受け入れることにしたガイは優しく尋ねる。
「わか……わからな……いけどねーがいたいの」
ねーが痛いと泣くルウを抱き締めて優しく背を叩くガイ。
解るように説明できるとは思っていないようだ。
ただ慰めるように撫でるその手は暖かくルウも徐々に落ち着いてきた。
トントンッと一定のリズムに徐々に目蓋が落ちてくる。
眠りに落ちるルウの意識とは逆に表へと意識が出た。
ルウが出ている時の身体の動きも把握できてはいても、何処か遠くから見ているような感覚。
それが急にガイに抱き締められていることをリアルに感じて身体が固まった。
中身が入れ替わったとは気付いていないガイはずっと背を叩いている。
ルークの身体に入る直前のことは覚えていないけれどそれ以前の自分は覚えている。
一人前に働いており本編のガイよりも年上だった。
つまり今のガイよりも年上だというのに少年に抱き締められているというのは犯罪臭い。
いや、そんなことを考える自分こそが犯罪か。
「ルウ?」
ガイが私の状態に気付いたのか手を止めて顔を覗き込んできた。
次の瞬間、彼は動きを止めて……
「今はルーク様ですか?」
「ええ」
「ルウが泣いてました。何かありましたか?」
確認すると彼は抱き締めていた腕をとき後ろへと下がり、ルウが泣いていた原因を聞いてくる。
その口調は最初よりも幾分か柔らかなものになっているのはルウと接しているからだろうか。
「少し嫌なことを考えただけです。それでルウが気にしてしまって」
「嫌なこと?」
まだ絆されているわけではないだろう。
もしくは私が居ることで彼はずっと敵のままかもしれないのだ。
「私がここに居る理由を」
「それは貴方がファブレ家のごし……」
本物のルークであるアッシュとは違う存在だと知っているからこそ彼の言葉を遮る。
「記憶もないのに?」
「大丈夫、貴方はルーク様ですよ」
笑顔で肯定する彼の微笑みは綺麗だ。綺麗過ぎてそれが作り物めいてみえる。
「ガイ」
その顔に手を伸ばすと彼は後ろに下がろうとしたがそれを思い止まった。
大人になりきれず子どもとも言い切れない年頃の彼は復讐のために生きてきた。
そうすることでしか生きられなかった彼に哀れみを感じるのは私が恵まれていたから、
彼のような目に会わずに生きてきた過去があるからだ。
「私は以前のルークと比べられたところでかまわない。
 でもルウは違う。あの子はルークと自分は違うと思っている」
触れたその頬は思ったよりも柔らかい。
「ガイにはルウをルークではなくルウとして見てほしい」
そうしたら君は暗い道を歩まなくてもいい。
ルークを信じなかった物語の君に苛立ちを感じるけれど、
ガイ、君もまた予言によって狂わされた人の一人だから……
「お願いだ。ガイ」
すべてを救えるなんて思っていないのにすべてを救いたいと願う。
この矛盾を抱えた私はルウの味方であり敵だ。
「ルーク様、私は貴方とルウ様の世話係ですよ」
その答えに私は泣きたくなったけれど笑った。
君に光を見せてくれるのはルウだ。
ガイにとってのルークはアッシュでも私でもなくルウなんだよ。
だから、どうか君はルウの味方になってほしいと私は願う。

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