橙と金


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洞窟で一夜を過ごしたあとに私はこれから生きていくことになる世界を知るために、意気揚々と歩き出した。旅立ちの一歩だ。
山の中のため誰も居ないので扱いの練習も兼ねて昨日ゲットとした真経津鏡を回したり、大きな木に頭突きしてみたり、唐突に走り出してみたりと心がおもむくままに動いていると。
「変な犬だね」
頭上から聞こえてきた声に視線を上げれば迷彩柄の服を着たオレンジ頭というド派手な頭をした青年が木の枝に立っていた。
そんなところにどうしているのか謎だと青年を見ていると呆れたような視線を彼に向けられ。
「うわぁ、こっち見た顔かなりマヌケ面なんだけど」
「くぅん」(ひどい)
初対面の人間に悪口を堂々と言われましたよ。大神でのことを考えると私も気が抜けた顔つきをしてるのかもしれないが落ち込む。
木からためらいなく飛び降りてきたのでヒヤッと私の肝が冷えたが、それを知らない青年が私を観察してくる。
地面に下りてきた青年とは距離は少し離れているが、高いところから飛び降りるとかどれだけこの人は運動神経がいいんだろう。
「山犬の子だよね? それにしては真っ白で汚れてないね」
「くぉん」(新米神様です)
彼には理解出来ないだろうけど自己紹介をしてみる。
「人懐っこいね。警戒心ないのは野生で生きられないと思うんだけどさ」
何やら肌に刺さる感じがしているので警戒されているのかもしれない。
傍から見てればただの子犬でしかないはずなのに何で何だか。それに、木の上にいる人のほうが怪しくないか?
「何か妙な気配を感じた気がしたんだけど、気のせいだったかな……まぁ、いいや。戻ろう」
私への興味を失ったらしい彼はそう言うと瞬時に木の上に飛び移り、木々を飛び移り去っていく。
それを私は驚きで口を開けて見ていた。脅威の身体能力過ぎる。この世界は妖怪と同じぐらいなビックリ人間も生息しているらしい。
「わうぅ?」(何だったのかな?)
唐突に現れ、去っていった彼の行動に首を傾げる。
青年が戻ってくる様子もないので、また獣道を歩いていると耳に金属が打ち合っている音が届いた。
響く音は一定のリズムではなくランダムで、何が起きているのかと獣道をそれ音の方へと歩いていくと先程の青年が凄い格好した金髪のお姉さんとクナイで打ち合っていた。
クナイということは二人共、忍者なんだろうか? 確かに漫画とかアニメとかでの忍者みたいに目の前で戦っている二人は凄い身体能力だ。でも、この戦いに巻き込まれたら危ないよね。
伏せをした状態で見ていたが、ここから逃げようと後ろに下がろうとした時に二人共が後ろに飛び、距離がひらくと青年が肩を竦め。
「ちょっと、俺様は別に戦う気はないんだけど?」
「ふざけるなっ!ここは越後だぞ」
軽く言った青年の言葉に金髪のお姉さんのほうは眉尻を上げて叫ぶ。
「そりゃそうなんだけど妙な勘が働いて気になって見に来ただけなんだよね」
「勘だと?」
「んっ?かすが、何か心当たりがあるの?」
「……ない。あったとしてもお前に教える気はない」
離れようと考えていたら会話を始めたので情報収集を兼ねて耳を傾ける。
「別にいいけど。特に何も見つかんなかったし、俺様の勘も鈍ったのかなぁ」
「それはいい気味だ」
鼻で笑った美女が腕を組むと胸が持ち上がりバストが強調され、思わず注目してしまう。あれは凄い。
「マヌケ面した山犬の子は見つけたんだけどね」
「山犬?」
「あっちの方に……何でいるのさ?」
視線をこちらに向けた青年の目が私を捕らえた。
「……白い」
お姉さんにまで伏せた状態でいたのにあっさりと見つかってしまう。
「あー、確かに白いよね。驚くほど」
洗剤のCMだかに驚きの白さとかそういうのがあったなぁっと全く関係ないことが思い浮かんだ。
金髪のお姉さんからの熱視線に耐えられずに視線を地面に落とす。
「あの山犬から目を離さないけど、どうかした?」
青年、ナイスな質問です。何と答えるのかと思っていると近くで空気が揺れたので視線を向けると、お姉さんが身を屈めて私の両脇を持って持ち上げ。
「謙信様が仰られていたのはお前か?」
「わう?」(さぁ?)
ただの子犬にしか見えないはずなのに真剣な様子で尋ねてきたので、わからないという気持ちを込めて首を傾げる。
けんしん様って誰? 様付けなんだからお偉いさんなんだと思うんだけどさ。
「越後の軍神がこんな山犬に何か用なの?」
軍神って人がけんしん様? 思い浮かんだのは流浪人な剣に心と書くけんしんだったが彼は様付けで呼ばれる人ではない。
えちご、越後って日本の昔の地名だっけ? 歴史苦手だからよくわかんないんだけど。そうなるとここは私の世界の昔によく似た世界なのかな。松寿丸君のところもそんな感じだったし、もしかして松寿丸君が居た世界なのかも。だったら、彼を探しに行くのもいいよね。そんなことを考えていると松寿丸君と会えるかもということに喜び、尻尾を振ってしまっていた。
尻尾が私を抱き上げているお姉さんの腕に当たってしまっていたが叱られないので大丈夫だったんだろう。
「あのさ、無視するのは止めてくれない?」
青年がお姉さんに話しかけはするものの彼女は無視して私を見つめ続けてくる。
こちらもその真剣さに目をそらせずに見つめ返していると。
「うるさいぞ」
お姉さんがやっと青年の言葉に反応したが何故だか私を小脇に抱えて木の上に一気に飛び上がる。
いきなりのことに少し気持ち悪くなったが、ここで落とされるのは怖いので大人しくしてこう。
「かすが、その山犬を持ち帰るの?」
ナイスな質問パート2ですね。でも、答えてくれるかはお姉さんの青年への態度からして期待はあまりできない。
ここまでつれなくされてるって青年は一体何をしたのだろうか?
「悪いか」
「いや、悪くはないけどさ。そのマヌケっぷりだと番犬として役に立たないんじゃない?」
この青年は私のことをマヌケと言いすぎじゃないかな。それも今まではマヌケ面だったのが面っていうのが取れてると、じと目で見る。
「番犬など必要としていない」
「ならなんで……」
「今、お前に構っている暇はない」
トンッと軽やかな音と共に木々の上を飛ぶように駆けるお姉さん。
「ちょっと!かすが!」
青年の抗議の声がすぐに遠くなっていく。流れていく景色は私が本気で走った時とあまり変わらず、私が遅いのかお姉さんが早いのかどっちだ?
アマテラスではなくチビテラス形態なのでアマテラスよりは遅いだろうけど、普通の人には負けない速さで走れてると思うんだけどな。
しかし、この運ばれ方は下手なジェットコースターより怖い。あれは命の危機がない恐怖感だけど、こっちは落ちたら大怪我間違いなしだし。
「謙信様、必ず白き光をお届けいたします」
「わう?」(何?)
聞こえてきた声に疑問の声をあげるも返事はないどころか、うふふとか笑っている。
恍惚といった感じに美人のお姉さんが笑いながら木を飛び跳ねて移動とか怖いんですけど。
このお姉さんってば変な宗教にはまってる人みたいな感じだし、美人なのにちょっと残念な人だ。
……けんしん様とやらが変な人じゃないといいなぁ。





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