緑、赤、黄、青、黒、勢ぞろい
「マヌケ面ダべ」
「マヌケダロ、足ガツクトコロデ、溺レテタグライダ」
ざわざわと騒がしい周囲。とろりとしたまどろみから覚め始めた私の耳に入ってくる音。
「ナンデ拾ッテキタノ?」
「……黒、ドウシテ拾ッタ?」
「……珍シイ……」
誰かが喋っている。奇妙にくぐもっているように聞こえるその声達。
「ナルホド、黒ハ珍シイモノガ好キダッタネ」
「コレダケマヌケ面ナノモ珍シイモノナ」
「わぁぅーっ!」(マヌケ面じゃないっ!)
散々な物言いに叫んで起きてみれば目の前には見覚えがあるようなないような生き物達。
顔にそれぞれ一字ずつイ、ロ、ハなどと書かれた布を貼ったそれぞれ緑、赤、黄、青、黒っぽい色の人型が私を囲んでみている。
黒っぽいのは布は貼られておらず顔の窪みがホのように見える。認めたくないけど彼らは天邪鬼という妖怪ではないだろうか?
「起キタベ」
「起キタナ」
緑っぽいのと赤っぽいのが吠えた私に向かって話しかけているが正直なところそれどころではない。
大神において敵だった天邪鬼っぽいのがどうして私を囲んでいるのかが理解できない。
私は求めてくれる世界に来たはずなのにファーストコントクトが妖怪っとかありえないと思うんだけど!
「固マッタ」
呟いた黒っぽいのが首を傾げている。
「マタケ面デモ山犬ダカラダロ」
「獣ハ我等を見ルト怯エルカラナ」
それに答えたのは赤っぽいのと青っぽいので布で目など見えないが視線がこちらに向いているのは感じられて身体ごと跳ねて後ろへと跳んだ。
身を低くしていつでも逃げ出せるように体勢を整えたところで黄っぽいのが太鼓をポンッと一回叩き。
「川デ溺レテタノヲ、黒ガ拾ッタンダゾ」
黄っぽいの、面倒なので黄天邪鬼と確定しておこう。少なくとも外見的特徴は大神での天邪鬼達とそれぞれ瓜二つだ。
ただこの世界はアマテラスがいる大神に似た世界ではないはずなのにどうして彼らが居るのだろうか。
それに、黄天邪鬼の言葉どおりなら敵であるはずの神に力を貸したことになるんだけど……
「プカーット、ソコノ泉ニ浮カンデキタンダベ」
緑天邪鬼が指差す方向へと視線を向ければ確かに泉があった。彼もしくは彼女の言い分を信じるのであれば私はその泉に浮かんできたらしい。
想像すると手足の動かない白い犬が浮かんでくるというあまりよい映像とは言えなかったので意識的に思考を逸らす。
「わんっ!」(ありがとう!)
「……」
意識がない状態だったのを泉から拾い上げてくれたという黒天邪鬼へと尻尾を振りつつ礼を言う。
理解したのかどうかはわからないが頷いたので、きっと礼を言ったのだと理解してくれたのだろう。
「コノ犬ッコロ、マヌケ面ダガ頭ハイイノカ?」
「オ前ヨリハナ」
「青、何ダト!」
「ケンカダベッ!モットヤレー!赤、青、勝テ勝テ、赤、青、負ケロ負ケロ」
赤天邪鬼の言葉に鼻で笑うように青天邪鬼が言いそれに苛立ったらしい赤天邪鬼。それを緑天邪鬼が楽しげに両手を叩いて煽る。
互いを赤、青といった色で呼び合っているようだと認識したものの殴り合いの喧嘩には巻き込まれたくないので赤天邪鬼と青天邪鬼から距離をとる。
「アイツ等モ飽キナイネ」
黄天邪鬼が呆れたように呟いてそれに頷く黒天邪鬼、彼らが天邪鬼でなければごく普通の日常にしか思えない。そういえば大神や大神伝でも天邪鬼達はコミカルな印象を受けた。
彼らに何かされる気配はないので急いで離れることはせずに天邪鬼達を観察していると黒天邪鬼の顔がこちらに向いていた。目らしい目がないので表情がわかりづらいが見られているっぽい。
「黒、ドウシタ?……アア、珍シイネ。逃ゲナイシ怯エテモイナイ」
黄天邪鬼までも私へと注目する。どういう意味だろうかと首を傾げ。
「……白キ獣、神使……」
白き獣は狼の姿となっているだろう今の私のことだろう。隈取りは信仰心がない相手には見えないという話だし、天邪鬼な彼らが見えるはずもない。
でも、シンシという言葉に聞き覚えがなく何を言われたのか理解できずに話し相手だろう黄天邪鬼へと視線を向ける。
「神使?ソレハナイト思ウケド……デモマァ、神去リシ世ニ神ガ戻ッタノナラ良イコトダネ」
神去りし世?ここは神がいない世界だということらしいけど妖怪だろう彼らが神が戻ってくるのをいいとする理由は何だろう。
「……信仰……神ヲ産ム……」
「タダノ白イダケノ山犬ニハ無理ダヨ」
天邪鬼達の奇妙な会話。そして、大神や大神伝での天邪鬼達よりも中身のコミカル成分は低そうだ。あちらで騒いでいる緑、赤、青の天邪鬼達は大神のノリに近いんだけどな。
彼らを観察しているのもいい暇つぶしにはなりそうだけど、最初にこの姿になった時と同じように地面に傾斜がある木々の中にいるのでまたも山らしい日が暮れる前に寝床を確保しないとね。
「……白」
「くぅん?」(呼んだ?)
どちらに進んだほうがよいかと迷っていると黒天邪鬼が呼んだようなので視線を向ける。シロと松寿丸君もそう私を呼んだから、それだけ見事な白い毛並みなのかも。
左手で手招くので近づけば黒天邪鬼が歩き出したので戸惑って立ち止まると黒天邪鬼も立ち止まって再度手招きをした。これはついて来いという意思表示らしい。
筆しらべが使えるみたいだし何とかなるだろうとお気楽に考えて私は黒天邪鬼の後をついて行くことにしたが、他の天邪鬼は来ないようだ。
万が一を考えると襲われた時に少ないほうがいいので私には都合がよいけどっと思いつつ黒天邪鬼の後についていくと上のほうへと歩いていく。
何処へ向かうのだろうと疑問に思いつつも歩みを止めない相手について行けば崖の下、その隙間へと黒天邪鬼が入っていく。
洞窟という感じの入り口にはあまり見えない岩の隙間的な感じの穴に後に続くことをためらうがここまで来たのだからと中へと入る。
狭い隙間はしばらくすると広くなり、大の大人が十人は並んで歩けるぐらいの空間となり、何故か光はないはずなのに明るく草が茂る地面に周囲には水が流れていた。
「……」
不思議空間としか思えないここに先に着ていた黒天邪鬼は地面を見つめている。
「わう?」
好奇心にかられて近づくと箱のようなものが埋まっているらしいと判った。箱が埋まっていることを疑問に思った次の瞬間に大神にあった宝箱ではないかと思い当たる。
ゲームでもないのに宝箱があるとか、黒天邪鬼が案内してきたとか意味不明なことが多いものの宝箱があるのならば掘り返してみたくなるのは仕方がないことだと思う。
前足で土を引っかいて穴を掘る。本能的なものなのか段々とその行為が楽しくなってきた。
「白」
呼ばれて意識を戻すととっくに宝箱は掘り返され、箱を両手で持つ黒天邪鬼に見下ろされていた。
狼の姿の時は妙なことに楽しみを見いだすらしいと理解しつつ、自分の行為を一部始終見られていたことに羞恥を覚える。もう少し早く止めて欲しかった。
うな垂れながら自分が掘った穴から外へと出て身を震わして土を飛ばす。黒天邪鬼は宝箱が欲しかったのかと見上げれば黒天邪鬼はしゃがみ込み宝箱を地面へと置いた。
先程まで地面にうまっていたはずの黒塗りの宝箱は艶々として、それを縛る朱色の紐も色あせたり汚れた様子はないと観察していると黒天邪鬼が宝箱から手を離して立ち上がった。
開けないのかと視線を向ければ相手から視線を返される。これは私に開けろということかな。この世界の宝箱は爆発することもあるとかじゃないよね?
少し心配になりながら前足と口で紐を解き、宝箱のフタを鼻で押し上げると中には見たことのあるような丸い緑色の物体。確か銅鏡っていう名前だったはずだ。
銅鏡を持つことなど出来ないが写真やら美術館での展示物でない物をはじめて見るので記念に触っておこうと前足で触れると銅鏡が輝き宙に浮き、戸惑っている間に私の背の上へと飛来し炎をまとう。あれ、これって……
「……神器……」
ああ、うん、そうですね。神器ですね。真経津鏡って名前まで何となく理解できたよ。でも、つまりは私は武器もなく今まで天邪鬼の皆様とご一緒していたというわけですよね。
筆しらべだけで勝とうと思えば勝てないわけではないけどアマテラスよりも弱い私には結構な無理ゲー状態だよ。
今、小さいらしいからアマテラスというよりもチビテラス状態、でも筆しらべの筆神様達はアマテラス仕様とかよく考えたら微妙だ。
今までチビテラスにも最初からあった武器すらなかったことを考えると私はチビテラス以下でしかないんじゃなかろうか?
「選バレタ」
うだうだと考えごとをしてた私の耳に黒天邪鬼の声が耳に入る。またも彼のお陰で意識を戻すことが出来たらしい。
それどころか初武器ゲットまでの道案内をしてもらったとか一応は神様なのにどれだけ情けないんだろうと俯いていると細い手が頭を撫でた。
意外なほど優しい手付きに顔を上げて相手を見るがやはり表情らしい表情は理解できないものの彼から色とりどりの丸い何かか飛び出して私のほうへとやってきて私の中へと吸い込まれる。
「わぁぅー」(幸玉だー)
もうここまでになると何も言えなくなってきた。私ってば妖怪の神様にでもなったんじゃないだろうか?
それならこの展開も普通にありだよね。常闇ノ皇とか悪路王の位置に私がいるの?……それは勘弁して欲しい。人間滅ぼす側は心情的に嫌だ。
伏せて前足で目を隠して私が悩んでいる間も黒天邪鬼は私の頭を撫でていた。妖怪だとしてもマイペース過ぎないだろうか?