必要としてくれるところへ


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私達が居る場所は闇とは言い切れない何かで覆われていて暗く、私達が立っている場所だけがスポットライトを当てられたかのように明るい。
目の前に居る男と犬が居るから上下左右の区別がつくが私一人でここに居たとしたら、その区別はつかなかったかもしれないと私達を除いて混沌な世界を眺める。
「わう!」
ぼんやりとしていた私を正気づかせるためか大きな声で白い犬が鳴き、私へと近づいて来る。距離がなくなればなくなるほどに心が躍り、身体が歓喜の声をあげるように心臓が脈打った。
私の額と白い犬の額が合わさると私の額が熱を帯びる。そこから私へと流れてくる何かを感じるがそれは大神の中にある筆神達の力を分け与えられているからだった。
立ちはだかる全てのものを切り裂く力を断神から、冷たき風は何者も凍らせるだろうと吹雪を司る凍神が、天の裁きとも云われる雷の一撃を撃神が、強き光に疲れた時は月の光で安らぎを与えようと弓神は己の中で瞬いた。
失われたものを蘇らせる力を蘇神が、激しき力でもあり癒しともなる水の力は濡神、風を操る力と時に背を押す風ともなろうと風神、霧をまとい時すら惑わせる力をと幽神が眠たげな吐息と共に。
花を咲かせる力は咲之花神、蓮の葉を水場に作り出す力は蓮之花神、蔦を作り出す力は蔦之花神の桜花三神が、熱き力である炎を操る力は燃神、華やかに空を彩る力と破壊の力を爆神から、音もなく壁すらも歩くことが出来る力を壁神が分けてくれた。
彼らの分け与えられた力は私の中で小さいながらも独立し確かな存在として私の中にある。
「わんっ!」
白い犬。ああ、もうアマテラスと呼ぶべきか。アマテラスが光をまとっているのが今の私に見えるわけだしね。きっとこれは後光というものなんだろう。
合わさった互いの額が熱い。本来であれば火傷どころか燃え尽きそうなほどの熱さであるけれど、それはアマテラスが司る太陽の熱さであり、私も今後司るものであるからか互いを害することはない。
「……一緒には居られないんだね」
言葉はなく、合わせた額から伝わる想いをただ理解した。世界に太陽は二つも必要は無く、新しき太陽の誕生は古き太陽の落陽を示すものとなるのだと。
「私は高天原にもナカツクニにも行かない。そこは貴方が居る世界」
合わせた額から私の想いもアマテラスには伝わっているかもしれないが私は神としての力を得ようとも元は人であるから言葉として形にする。
望むのであれば共に行こうとアマテラスは意思を伝えてくれたけれど、私という後継ともなれる存在はアマテラスの力を削ぐことをこの場に居る誰もが理解していた。
世界を救うという大仕事をやり遂げ、私に力を分け与えたことでよけいに力が弱まっている状態のアマテラスはきっと私が新たな太陽神が傍に居ることには耐えられない。
私に力を分け与えなければ大丈夫だっただろうけれど、私という存在はいつ消えるともわからないほどに不安定であったためにアマテラスは無茶をしたのだ。自らの力を取り入れてしまった魂が消滅することを愁いたために。
「慈母、我が親神たる天照大神」
目の前に在るものはたしかに世界の母だと、私を慈しんでくれる存在であるのだと認めることが出来た。
「私は神の力を得てもであることは捨てられない。貴方の代わりなど出来ないもの」
認めた瞬間に己の中に額から力が広がっていく。手足の爪先まで奔流のようにめぐったその力に目を閉じた。
満遍なく身体中をめぐった力は一定の流れとなり先程のような勢いはなく落ち着いたことで目を開け、目の前の光景に息を呑む。
「光が」
混沌の世界を光が照らす範囲が広がって私達だけを照らしていた光は周囲を照らしている。
「驚きだね。流石は神と言うべきかな」
「ウシワカ?」
アマテラスと合わせていた額を離し、男へと視線を向ければ嬉しそうな笑みを浮かべている彼と目が合う。
君、ユーは必要とされているんだよ。新しき太陽を求める世界からね」
ウシワカは混沌の先へと続く光の道へと視線を向ける。彼の言う世界はその先にあるらしいと私も視線を向けたがよくわからないと首を傾げる。
そんな私の横で座ったアマテラスが私を見つめているので、どうしたのかと視線を向けると顔を舐められた。
「わわっ!いきなり何?」
いきなりのことに驚いてしりもちをついた。
「アマテラス君はユーの誕生を祝福したいのさ」
「わんっ!」
「……ありがとう。アマテラス」
激しすぎる祝福だけれどアマテラスの気持ちが嬉しくて礼を言う。
尻尾を振って私に圧し掛からんばかりのアマテラスの様子と私達を見守っているウシワカ。アマテラスを母だとするとウシワカは父となるだろうかと想像してそれは無いっと否定する。
「頑張るんだよ」
「何とかやってみる」
彼の言葉に頷く。私が知るアマテラスのように走り続けることは出来ないけれど私は私なりに生きていくつもりだ。
「あー」
「わう?」
「あのさ。私も筆しらべって使えるの?」
「わんっ!」
「おー、使えるのか」
アマテラスに分けられた筆神達の力とようやく馴染んだ私の中のアマテラスの力。
その力を筆しらべという形で使えると知って大神を知っている私としては嬉しくなる。
君」
「何?」
名前を呼ばれて振り返るとウシワカの真剣な眼差しと目があった。
「筆業は神の力、疲れたと感じた時には使ってはいけないよ?」
私が筆しらべが使えることに喜んでいるのに気付いて、神の力だから気軽に使うなと注意したというわけではなさそうだ。
「力を使い過ぎれば回復出来ずにユーは消えてしまう」
「きっ、消えるの?」
ゲームでは気兼ねなく使用していたのでそんな危機感はなかった。
「ユーは神と成ったばかりだからね。それはユーという神のことを知る者はいないということだ」
「信仰が足りないってこと?」
大神においてアマテラスへの信仰心を高めなければラスボスには勝てなかった。そんなアマテラスの力と混ざっている私が人々からの信仰で力を得るのは納得できる。
「そのとおり!ユーはユーの成長のためにも信仰を集める努力が必要だからね。いつまでも可愛い子犬ではいたくないだろう?」
「成長って神の力のことじゃなくて身体的なこと?」
「力が充実すれば見た目もそれなりになるってことさ」
つまりは子犬や幼女姿から脱却するためには信仰心を集めて自分自身を成長させる必要性があるのか。
「このままでいいかも」
「わうーっ?」
どうして?というように首を傾げるアマテラスは可愛いな。手を伸ばしてその頭や首筋を撫でる。
「面倒だし」
「くぅん」
「……アマテラス君、面倒だからで納得するのはどうかと思うよ」
ため息混じりにそう言ったウシワカは首を左右に振って肩をすくめた。
何だか見下ろされているような気がするのは彼との身長差からだろうけどムカつくので墨まみれにでもなればいいのにっと墨を塗りたくるイメージが浮かぶ。
「っ!」
ウシワカがいきなり後ろ向きに飛び、彼が一瞬までいたところに水音を立てて黒い水が落ち、広がる墨の匂い。
「トリートはどうかと思うよ」
「おお、本当に使えたっ!」
「わうっ!」
ウシワカが何かを言っていたが無視してアマテラスへと筆しらべではないが墨が出せたことの喜びを伝えればアマテラスが私の周囲を楽しそうに飛び跳ねる。
視界の隅で仕方がないとでもいうように唇の端を上げて笑ったウシワカ、目が覚めてからの少しの間だけの付き合いなのに別れなくてはいけないことが辛い。でも、だからこそ私は行くべきだ。
共に行く道はこんなに短い間に大切な存在となったアマテラスの存在を失くしてしまうことに繋がる。
「行くのかい?」
「うん、こんな私でも必要とする世界があるのなら行かないと!」
強く握り締めた手は私の本来の手よりも小さいものだけれど人ではなく神になった私は人だった頃よりもきっと出来ることは多い。
アマテラスのように傷つきながらも世界を守る根性は私にはないだろうけど、私が手を伸ばした範囲で出来ることをしよう。
「アマテラス!」
「わんっ!」
もう会うことはないだろうアマテラスを強く抱き締める。この温かさを忘れてもアマテラスの優しさだけは覚えておきたい。
「じゃあね。アマテラス!……ウシワカも」
「わんわんっ!」
「ミーはついでなのかい?」
「冗談だよ。ありがとう!アマテラス、ウシワカ」
笑って私は二人に手を振って混沌の先へと続いている光の道を歩き出す。一歩、一歩と進むその先に私を必要としてくれる世界があるのだから進むを恐れる必要はない。
どうして太陽神を必要としているのかと思わず考えて理由が不明すぎて立ち止まりそうになったけど、なけなしの根性を見つけてきて歩みを止めない。
元の世界で生きられない私を必要としてくれるところがあるんだから幸せというものじゃないかな。
光の道の先には白く区切られた四角いところがあり、そこから私が必要とされる世界にいけるのだろうと私は思いっきり突っ込むことにした。
薄い膜のようなものをぬけた感覚、これが世界を渡る時の一種独特な感覚であるらしいと思いつつ私は意識を薄れさせた。





残されたアマテラスとウシワカは姿が消えるまで見送り、その姿が見えなくなってウシワカが口を開いた。
「行ってしまったね」
「わう」
ウシワカの言葉に頷いたアマテラスの頭をウシワカは優しく撫でる。
周囲へと広がっていた光は徐々に収縮しており光が及ぶ範囲は狭くなっていっているがその中心にある彼らは気にした様子もなく。
「ミー達も戻ろう。まだ世界は安定したとは言えないからね」
新たな神が向かった先とはまったく違う方向へと歩き出したウシワカの後から歩き出そうとしたアマテラスだが数歩進んで後ろを振り返りる。
それに気付いたウシワカも立ち止まり振り返ったがアマテラスとは違ってその視線を向けるのは立ち止まっているアマテラスに向けられていた。
「アマテラス君、彼女のことが心配なのはわかるけれど立ち止まっている時間はないよ」
「わん」
アマテラスはウシワカの言葉に視線を戻して歩き出し、ウシワカの先へと進む。
彼らが進む方向へと伸びていく光の道はアマテラスとウシワカが望む方向へと延びている。
「ねぇ、アマテラス君。ミーは彼女に感謝しているんだ……君をまた失わなくてすんだことに」
ウシワカは自らの先を歩く白き狼の背を見つめながら話す。その言葉が聞こえていないわけではないはずのアマテラスは振り返らない。
「彼女がユーの後を継いだとしても天照大神は消えることにはならない。でも、ミーの知るアマテラス君を失っただろう。その選択を彼女が選んだとしても恨むつもりはなかったけれど、彼女が別の道を選び見つけ出してくれたことが嬉しい。ミーは純粋に彼女の行く末に幸運があるようにとこうして願っていられる」
苦労すると知っているのにねっと声にならない呟きをウシワカは漏らす。彼は知っていた。神を求める世界は神無き世界だと。
神がない理由はそれぞれではあるだろうが世界に神の加護が無く、それゆえに世界に神の加護が必要だと求められたからこそ招来されたのだ。
「彼女が別の選択を見つけたのだからミーも少し頑張ってみようと思うんだ」
「わう?」
彼女のことではなく自分自身について語り始めたウシワカにアマテラスは振り返ったが彼の笑顔に首を傾げただけで歩みをすぐに再開した。
「犠牲を限り無く少なくするための計画。でも、その犠牲すらなくすぐらいのパーフェクトさを求めても罰は当たらないって考えたのさ」
「わんっ!」
アマテラスは彼の中にあった計画というものは知らない。ただ計画に彼が胸を痛めていたのだと今の彼から推測するだけだ。
彼の言うとおりに小さな犠牲であったのだとしてもウシワカにとってもそうであるとは限らず、その犠牲が無い計画のほうがいいに決まっている。
そうアマテラスは考えたのか元気よく鳴いて返事をした後にウシワカへと近づいて彼の足へと身体を近づける。
「おや、乗せてくれるのかい?」
「わん」
「センキュー」
ふわりっと飛んでウシワカはアマテラスの背へと乗った。彼が乗ったのを確認したアマテラスはまさに風のような速さで道を駆けていく。
その道に咲き乱れる花々の軌跡をウシワカは眺め、神の花の美しさに彼はそっと微笑みを浮かべた。





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