ああ、これがウワサのシークレット高下駄か。
誰かの声にまどろむ思考がはっきりとしてくると声の主であるだろう近くに居る誰かが自分に害ある存在だと感じなかったので起きる必要はなさそうだと目を開けないままに再度寝ようとしたところで近くに温かな気配が横たわるのを感じた。
身体が包まれて接しているところから、ぽかぽかとした温かな体温が伝わってきてひどく安心出来る。この温かさに包まれていれば、もう問題はないとさえ感じるほどに。
「アマテラス君、君までスリープすると収拾がつかなくなるよ」
頭の上で誰かが喋っている。こちらは寝ているのだから止めてくれないかな。
「わう?」
身体に僅かな振動を感じたのは私を包んでいる温もりが動いたからのようだ。
返事した声は犬のような声というか犬そのものだったので、今の私は自分より大きい犬と並んで横になっているのだろう。
意識を失う前の記憶は川の渦に飲み込まれたところで終わっているので誰かに助けられたのかな。
「くっ……そんなプリティフェイスされても許すわけにはいかないんだよ。ミー達の役目を忘れたのかい?」
何か妙な喋り方をする人だ。似たような喋り方をする人はテレビで見たことがあるけどその人よりも声は若く感じる。
「ユーも気持ち良さそうにスリーピングしているところ申し訳ないのだけれどミー達も忙しくてね。そろそろ起きてくれないかな?」
ちょんちょんと額を指で叩かれた。痛くはないけどうっとうしいので渋々ながら目を開ける。
目の前には私を覗き込んでいる妙な格好をした金髪の男。平安時代の人が着てるような服装なんだけどピンク色だし、妙な帽子被ってるし、履物が高下駄だしで普通とは思えない。
何だコイツと思いつつ寝ているところを介抱してくれた相手であるだろうから、飛びのくことはせずに普通に起き上がる。この奇妙な人の前で悠長に寝ている気にはならない。つい先程の害はなさそうだと感じた己の本能はあまり当てにならないな。
「ミーに見惚れているのかい?それも仕方がないことだけれど、まずはミーの話を聴いておくれ」
見てはいたけれど見惚れたつもりはこれっぽっちもなかった。この妙な男はどれだけ自分に酔っているのかと冷めた眼差しを向ける。
「さぁ、アマテラス君も!」
私の背後で動く気配があり、そちらへと視線を向ければ子犬である自分よりも大きな白い犬が一匹。
ただ奇妙なことにその犬は背中に炎を噴出す何かを背負って、その額には赤い模様があった。
赤い模様がある白い犬、アマテラス君、英語まじりの妙な金髪男。何だか気付きたくないことに気付いたような気がする。いや、気のせい……
「ミーは人倫の伝道師とも呼ばれるウシワカ。そしてこちらがアマテラス君」
「わぁんっ!」(否定させて!)
白い犬が男の隣に座りこちらを見たところで自己紹介を始めた男だが私としては知りたくなかった情報だ。
「否定って何をだい?」
「くぅ……わぅん?あんっ!」(色々……あれ?言葉っ!)
今の私の言葉を人が……彼がわたしが想像している人物だとしたら人とは言えないかもだけど通じるとは思っていなかったので驚く。
「ああ、ミー達には君が言いたいことは理解できるというかね。ここは現と通じてはいても現ではないから人の言の葉をユーは話せるはずだよ」
「わう?」(本当?)
人の言葉で話せるという彼の言葉に問い返す。
「当然だろう。そもそもユーは人なのだからね……レディがそのような格好をしているのは問題だよ」
私は犬ではなく人であったと改めて認識した瞬間に身体に違和感が起き、彼に笛で自分自身を示されて視線を下げれば人の身体が見えた。
お座りをしていたので地面にお尻をつけてるという格好だったので立ち上がったが男よりも私は随分と低いようで彼との身長差に記憶に残る自分とは明らかに違うとわかった。
彼がよほどの大男でない限り50センチ以上ありそうな身長差はありえないし、長い髪は頭上で一本に括られているが視界に入る髪の色は白だ。瞳の色は見えないので解らない。
服装は目の前の男が着ているものに少し似ているが大きく違うのは色と彼の胸にある丸い飾りのようなものがないことだ。
上は白だけど肩の所にある切れ目などから見える下に着ている着物の布地は赤で袴も赤、白と赤という色合いが目の前に白い犬と似通っていて頬が引き攣った。
今の自分の手がぷにぷにしてそうなほどに小さい紅葉みたいな手とかも問題だけどこの不思議の原因だと思われる存在を前にしているのだから確かめたほうが早い。
「これ、一体どういうことですか?」
一応は神様だろう存在の前だからと乱暴な言葉を使わないようにしたが肝心の神様はいつのまにか寝に入る体勢になっている。
彼もしくは彼女の態度に心がささくれ立ったがそんな反応をする自分の心が狭いとは思わない。人から犬に犬から人にというありえない事態に
「アマテラス君のことは気にしないでくれたまえ。ユーの知りたいことだけれどね。ユーにアマテラス君の力の欠片が宿ったことが全ての原因だよ」
「力の欠片?」
「そう本来は世界にとけて同化するはずだったものが何の拍子かユーの中に吸い込まれてしまってね。アマテラス君は神様だからね。その力の一部だけでもユーに影響が出てしまったんだよ」
理解したくないが白い犬、いや、白い狼の姿をしたアマテラスと呼ばれる大神を私は知っていたので可能性としてはありかもしれないとは思う。でも、それはゲームのことで現実である私に関わることなんてありえるはずがない。
「……ここは何処?」
「ここは夢と現を繋ぐ場所さ。本来であれば出会うことがないもの同士が出会える場所。そしてユーを此処に招待したのはアマテラス君だ」
「わう?」
アマテラスという言葉に横になっている狼を見つめれば、何?っとでも言うように首を傾げられる。
その仕草は狼だというのにどこか可愛らしくも見えた。狼であるはずなのに優しい目元がそう感じさせるのかもしれない。
「招待した理由はユーに状況の説明をするためだよ」
「説明って少し遅くないですか?」
一年間も子犬の姿で過ごしたこちらとしては遅すぎると思う。
松寿丸君に拾ってもらわなければ、もっと悲惨なことになっていただろうし。
「ソーリー、これでも急いだんだよ。アマテラス君の力がユーの中にあることでユーは生まれた世界に居られなくなってしまった。そのためにユーの居場所を探すのに時間がかかってしまったんだ」
「つまりは私が先程まで居た世界は私の元々居た世界ではなかったってことですね」
タイムスリップではなく異世界だったと聞かされても元の居場所ではなかったということだけは確実なので実際としては違いはない。
ただタイムパラドックスとかいうような事態にはならないから一安心といったところか。
「アマテラス君の力はユーの世界には強すぎたんだろうね。だから弾き出されてしまったんだ」
「……先程の世界に居たのは?」
「弾き出されたユーを受け入れたんだろう。世界の許容範囲だったんじゃないかな」
私はアマテラスの力をいつの間にか手に入れたことで元の世界から弾かれて、松寿丸君が居る世界に拾われてたらしい。
そして松寿丸君に出会って拾われたっていうのは不幸中の幸いとでも言えばいいんだろうか。
「超展開過ぎて混乱するより妙に悟り過ぎてるんですけど……」
「パニックになるよりはミーとしてはありがたいけれどね。後に引きずらないことを願うよ」
「私もパニックになるのは後々が面倒臭いことになりそうなんで避けたいですね」
男の人を気づかうような言葉に私はそう返事を返しつつ彼の態度が不思議だった。
私達は初対面であるはずなのに彼からは気安い空気を感じる気がする。彼が変すぎて気を使う気が起きないのだろうか。
「理由が面倒だからって、ユーはエキセントリックだね」
変な人だと考えている人から似たようなことを言われるとかなりへこむって知りました。知らなくてもよいことだった。
「わぉんっ!」
失礼なことを言うなとでも言うように白い犬が鳴いた気がした。言葉としては理解できないが確かに意味は理解できているのかもしれない。当たってたらだけどね。
「ソーリー、レディに言う言葉ではなかったね」
謝罪の言葉に無言で首を振る。
「サンキュー!さて、説明を続けるよ。ユーの中には神の力があってその力はユーのソウルと結びつき分離することは不可能でね。ユーが出来ることはその力を受け入れるだけなのさ」
「……うわー、夢も希望もない説明をありがとうございました。ようは帰れないってことでしょ?」
私の中というか魂にアマテラスの力があるから私は生まれた世界から弾かれたってことはその力がある限りは帰れないと考えていいだろう。それを目の前の男も否定しない。
アマテラスの力って大神を思い出す限りだと筆神とか? いや、筆神だったらなくなったら大変だから集めるかな。
力が世界にとけるとか言ってたから魔力とかそういう力の塊が身体から分離したというような感じかも。
「それにユーは今はソウルだけの不安定な存在でアマテラス君の力の欠片に包まれているからユーというパーソナリティが保たれているんだ」
はい。今度は肉体はありませんっていう説明が入りましたー……もうそんな感じに説明を流してしまいたい。
聞き流してすむのならば私は聞き流すことだろうが、今回ばかりはそれは不味いと彼の面白くもない説明に耳を傾ける。
「死んでませんか?」
「ボディの死っていうことならね。けれどユーのソウルは死んでいない。アマテラス君の力と混じり一つとなって存在している言わば半神半人だ」
ボディの死って完全に死んでるよ。元の世界に戻れても私が私として戻れないのなら意味がない。
「中途半端ですね」
半分神様であり、半分は人であるという意味であるだろう半神半人。そして、肉体は死んだのに魂とやらは死んでなくて個性が現在もあるらしい私は変な存在だと思う。
「それでもユーの新しい生をミー達は歓迎するよ」
「歓迎ですか?」
彼らからするとアマテラスの力と同化している今の私は新しい生を受けているらしい。
どういったことでそういうことになっているのかまでは知らないが私の常識と照らし合わせてみて、肉体の死の先である今は新しい生と言えなくないと納得する。
「そうさ。ベイビィ!さぁ!アマテラス君、ユーの出番だよ」
「わう!」
ベイビィのところでこちらにウインクした。斜め立ちな立ち姿とか無駄に喋りながらポーズをとっているのは無意識なんだろうか。
彼に合わせるように彼の横でこちらも立ちポーズを決めて勇ましく鳴いた白い犬はノリがいい。非現実的な世界の連続に半ば意識を飛ばしつつ私はぼんやりと二人の様子を眺めた。