何だかんだと仲良くなってきたようです。


←Back / Top / Next→




松寿丸君家に飼われるようになってから一ヶ月ほどたった。寝床は松寿丸君と一緒。今の季節は秋のようで夜は冷えるので隣に寝てる。
これには大方殿は良い顔をしなかったが私が粗相をしないので渋々ながら認めているようだ。もしくは、お世話になるからと毎日のように山に行き食べられる物を貢ぎ物の如く捧げているお陰かもしれない。
不思議なんだけど私が生きていくための糧を下さいっと願うと魚の時と同じように何処からともなく兎やら鳥やらが現れるのだ。そうして目の前で眠るように魂が抜けていった身体を私はくわえて帰るわけだが、魂というのは比喩ではなく最近になって白いモヤモヤしたものが死んだ動物から抜けていくのが見えるようになった。
どうしてそのようなモノが見えるようになったのかは不明だけど、それにつれて逢魔が時を境に現れる闇に蠢く何かの形もしっかりと見えてくるようになった。それが何なのかは今だ判らないが、普通の人は見えない何かであるのは確実である。
動物となったことで人に見えない何かが見えるようになってきたのかもしれないけど、私としては霊的な感じのはご遠慮したいのだけれど私の願い虚しく白いモヤモヤも闇に蠢く何かもクリアになっていくので、夕方になる前に私は山を降りることにしている。
さて、このひと月の間に手に入れたのは霊的パワーだけでない。雨の日には山には行かないのでこの世界の一般常識を学んでいる。
主に飼い主である松寿丸君の近くに居て、彼が大方殿に教えを受けて学んでいる話を一緒に聞くだけだが、かなりためにはなる話をしてくれる。
もちろん、二人の会話は勉学だけではなく私的な会話もするので彼らについて知った。松寿丸君は武家の出で本来は領主様のはずなのにそれをかすめ取られてしまっただとか。
それを咎めることが出来るはずの松寿丸君の兄はその人の権力に遠慮して何も言えないだとか……偉い人は偉い人なりの苦労がある感じだ。
兄弟なんだから味方するべきだという考えもあるが、松寿丸君とそのお兄さんの関係を知らない私としては何とも言えない。それに、国を守るためには致し方がないという話も事情を知った時に一緒に聞いた。
浮ついていれば攻められるとか、ここは戦国時代か?とか考えたものの松寿丸君から聞こえてくる何々家の当主とかは聞いたことのない名前なので違うっぽい。でも、松寿丸の家の名前は毛利らしい。
三本の矢が何ちゃらって逸話を持つ戦国武将が毛利元就とかいう人だった気がするので一概に違うとも言えないのがもどかしい。私が人であれば信長、秀吉、家康が居るかどうか聞けたのに。
松寿丸君は彼の歳にしては頭が良いようだし、彼が大方殿と呼んでいる女性も才女のようで世の情勢を知ることが以下に大切かを松寿丸君に教えているので信長、秀吉、家康が居れば知ってると思うんだけどな。
私から訊ねることは出来ないので彼らの話や町の人の話を聞くだけが私の情報収集方法なんだけど、育ち盛りの松寿丸君のことを考えると食料はなるべく欲しい。
毎日、必ず鳥とか魚が手に入るわけではないので日々の顔出しは必須だし、たくさん山菜とかが採れたりしても保存方法も発達していないここでは無駄になるだろうしね。
子どもはふくふくとしたほっぺがいい。面倒ごとは放置の方向でって素で言える私だけど知り合いの子どもなら多少の労力を厭わない。
ただし今日は雨の日となので私は一人で文字の練習をしているらしい松寿丸君の邪魔をしないように横で寝そべっていた。横って邪魔じゃないかとは考えたものの離れたところで転がってると寂しそうにこちらを見てくるので致し方がないのだ。
口を開けば基本はツンだが、その態度はデレな彼に最近はだいぶ絆された私はなるべく彼の望むように行動するようにしている。子どもは嫌いじゃないしね。
「シロ、眠れぬのか?」
松寿丸君が自分を見ている私の視線に気付き手を止めた。背筋を伸ばして筆を持つその姿はまさにお手本といった様子だ。
「あん」()
彼がシロと言うたびに自分の名を言っているが通じる気配はない。霊的パワーを得る前にどちらかというとテレパス的な超能力がほしい。
「そうか。眠れぬのか」
理解しないどころか自分の言葉への返答ととったらしい彼に私は尻尾を一度振った。そう考えたのならそれでいいんじゃないですか?という投げやりな思考からだ。
「お前は相変わらずとぼけた顔をしおって。我の飼い犬となったのだからもう少し凛々しい顔をしたらどうだ」
無理難題を仰る彼に私は否定の意味を込めてクワッと大きな口を開けて欠伸を一つ。女性であれば出来ないことだが今の私はただのお犬様なので大丈夫、大丈夫。
いきなり鼻先を叩かれた。あまり痛くはないけど驚いたので叩いた当人を見上げる。
「凛々しい顔をしろと言ったというに余計に間抜けた面となるとは何事だ」
本気で怒っているようではないけれどご機嫌は斜めになってしまったらしい。それを面倒臭いと感じるのは私が薄情なのだろうかと考えながら動かず彼を見上げたまま。
「シロ」
「あん」()
私からするとこのひと月でお約束となったやり取りを返したけど珍しいことに松寿丸君はすぐには口を開かない。
無言の視線が何だか痛い。これが上に立つ者の才能? 何か言われたほうが精神的には楽かも……。
「大方殿がお前が来てから助かっておると仰っていた」
「わん」(そう)
「だが、我は……」
言いよどんだ彼は私の横腹を撫でる。可愛がるというよりも精神的安定のためにした行動っぽいかなっと推測しつつ彼の言葉を待つ。
「我は晴天の日は武芸に励んでおる」
毎日、飽きもせずに頑張ってるのは知っている。私の時代の子供だったらもっと遊んでるよ。
そうしなければならない時代だとしても真面目なことだと感心する。
「我の飼い犬たるお前も一度は見るべきであろう」
「……わんっ!」(了解)
了承の意味を込めて大きめに鳴く。なるほど、日中も構って欲しいということですね。
寂しがり屋だことだと思いつつもただの子犬でしかない私を必要としてくれる彼が嬉しくて私は起き上がると彼の膝の上に頭を乗せる。
「何だ」
少し困惑した彼の声。さぁ、頭を撫でてもいいんだぞ!という意思を込めて上目遣いで彼を見上げれば意味が通じたのか松寿丸君が私の頭を撫でる。
その手の気持ちよさに目を瞑り、撫でられているうちに意識が薄れて眠りの中へと入っていった。










視点 : 松寿丸


先日、奇妙な山犬の子を拾った。
シロと名付けたその山犬との出会いは父が残したものを奪われ、兄もまたそれを正すことが出来ず、この世の非情さに己の中に湧き上がる抑えられぬ気持ちを大方殿に見せぬために山に入った時であった。
誰も来ぬと考えていたからこそ、我は弱音を吐いていたというのに何処からともなく現れた山犬の子に我は驚きの声を上げてしまった。父母が生きていらっしゃったのならば情けないとこの松寿丸をお叱りに成られたことだろう。
すぐに立ち去ると考えていたシロはそれから我が泣き止むまで傍に居た。今の我には我のことを哀れに思うて下さった杉の大方殿以外は誰も気にかけぬというのに……
それゆえに何用かと訊ねたがシロは理解できなかったのか、それとも我が泣き止んだからか背を向けて去ろうとした。
去って欲しいわけではなかったのだと止めるために手を伸ばして掴んだのは尻尾でシロは痛そうな悲鳴をあげたが立ち去らぬように我はシロを抱え込んだ。
己の腕の中に温かで柔らかなその塊に心の中にあった暗い気持ちが解けていくようで、この場で離れたくないとシロを我は連れ帰った。
飼えるとは思うてはいなかったがために翌日にはシロを山へと戻し、それからいつものように過ごしていたつもりであったが大方殿が我に言ったのだ。
山犬の子を飼いたかったのだろうと飼ってもかまわないと。本来であれば我はそれを断るべきであったのだろう。だが、我は黒曜石のような瞳を真っ直ぐに向けてきたシロを手元に置きたかった。
我はシロと別れてから二日後から毎日、シロを探しに出会った場所へと足を伸ばしたが会えぬまま数日が過ぎ、もうあの山犬とは会えぬのかと考えはじめた頃に大きな岩魚を土産にシロがたずねて来た。
どのような気持ちで岩魚を持ってきたのかは我には解らぬことであったが、我の姿を見て嬉しそうに尻尾を振るその様子に満足したのを覚えている。
岩魚を我に差し出した後に立ち去ろうとするシロの様子に我は必死に呼び止めた。また別れてしまえば会えぬかも知れぬということに恐れのようなものを感じていたがために。
その日、山で出会った白い柔らかな毛並みと黒曜石の如く深い瞳を持つ山犬の子は我の飼い犬となった。それからのシロは雨が降る日以外は山に行き、鳥や魚、山菜などの食べる物を持ち帰ってくるようになった。
大方殿は我に対する恩返しだろうと仰ったが、我はシロが食べ物を持って来るからと欲したわけではない。
食べ物を探してくるよりも、もっとその黒い瞳に我を映していていてほしいのだと。素直に伝えることが出来たのならばシロは我の傍らに居てくれるのであろうか。
膝の上に頭を乗せて気持ち良さそうに眠るシロの頭を撫でる。この温かさが傍らにあれば我の心は安らかにあれる。我はこの世で生きるための力を手に入れ、今のように眠る獣が傍らに居る未来を望む。
「シロ、ずっと我と一緒ぞ」
眠る獣は我の言葉を聞いてはいないであろうがそれで良い。
――…シロに伝える時は我がその力を手に入れた時が相応しかろう。





←Back / Top / Next→