都合の悪いイベントは無視。


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山暮らしはじめてから一週間経ったけど松寿丸君がお迎えにきてくれるといかいう素敵イベントはありませんでした。
そんなわけで今では一人、いや一匹寂しく他の動物が食べてた山菜っぽい草食べたり、キノコ食べたり、素敵に草食してます。
犬とは言えど子犬な私には狩りとか無理だし、出来たとしても生肉を食べたくないので草食になるしかなかったんだよね。美味しいご飯が食べたいです。
そんなイライラを遠吠えという形でストレス発散しながら、山を駆け回っていた私は安全のために昼に寝て夜に起きて行動するという生活を続けている。
ただ夜になるとよくわからないものが山の中をうろついていることに気付いた。それは日が落ちたことによって深くなった闇を揺らす。
確かに何かが居ると認識できるのに、それが何かを目で見ることができないがそれの傍から動物達が離れようとしている時点であまりよいものとは思えない。
よくわからないけれどそれらが近くに居ると焦燥感のようなものを感じる。本能的なものではあるのだろうけれど逆にそのせいであれは何なのかと確かめたい気もする。
「わうぅ」(しないけど)
目が覚めてから身体を動かす気力が起きるまで寝たままで考えごとをしていたが、太陽の様子から昼過ぎてしばらくは経っているのでそろそろ動くことにして立ち上がる。
今寝ていたのは私お手製の簡易穴倉だ。日々少しずつ大きくして私の身体が余裕で入れるぐらいに頑張って大きくしたこの穴は葉っぱとか草とかを集め敷いているので寝心地は悪くはない。
穴倉から出て今日は何をするかを決める。日はまだ落ちる気配はないのでまずは川で水浴びでもしてこよう。汚れているようには見えないけど毎日お風呂に入っていた身としては最低限の身嗜みはしたい。しかし、特に手入れしなくても毛がふわふわなのはいいね。水浴びして身体震わせて毛を乾かすとキューテクルヘアー……うん、何かおかしいとは解ってる。人が犬になったり、タイムスリップしたり、夜の闇に潜む何かとか経験したくないイベントがたくさんでそんな細かいことは気にしないことにしただけだ。汚れてぼさぼさした毛よりもふわふわな真っ白な子犬のほうが可愛いので、人様からの受けも悪くないだろうしね。
川の方へと歩いていき足元に気をつけながら川の中へと入り水の流れで身体について土とかほこりとかを流す。目を瞑って潜ってから川から上がり身を震わせて水を飛ばした後に大きな岩場に横になり毛を乾かすことが目的な日光浴を行う。乾いたら反対側も乾かすのでそれまでは寝ないように川の流れというか川を流れていく葉っぱとか岩の陰からはみ出した魚とかを眺めて時間を潰す。
そういえば魚を獲ってみようかと山暮らし二日目に頑張ってみたけど全然獲れなかったなぁ。草とかキノコばかりの食生活から逸脱したい。他の物を食べたい。魚食べたいけどまた溺れそうになるのは嫌だ。網とかあれば魚獲るのに、魚欲しい。
「あう?」(何だろ?)
泳いでいる魚を眺めつつ魚が食べたいと考えていた私の目に川魚としては大きめな魚が浅瀬の方へと泳いでくるのが見えた。
何か理由があるのだろうかと好奇心が刺激された私は寝転がっていた岩から飛び降りて魚のほうへと近づく。私が子犬で身体が小さいからか、かなり大きな魚に見えるその魚は鱗がボロボロだった。
泳ぎ方も弱っていると一目でわかるものであったけれど、どうしてその魚が浅瀬にわざわざ来たのだろうかと見ているとその魚と目があった気がした。
何を夢見ているのかと自分でも思うが、その時にこの魚は私のためにここまで泳いで来てくれたのだと感じた。残り僅かな命を使って。
「わう?」(いいの?)
妙なことを感じてしまったからか私は魚に問いかける。魚は弱っているのが嘘のように大きく一度跳ねたがすぐにその泳ぎは弱くなって動かなくなった。
ああ、死んでしまった。魚一匹それも出会って5分程度の魚の死に私の胸が締め付けられるような気がするのは何故だろうか。理解できないけれど私はその魚に食らいつく気分にはなれず、けれども私の前で死んだ魚を放置するのも嫌でその魚をくわえる。
つい先程までの私であれば生臭い魚なんてくわえたくないと考えただろうと思うのに今の私にはそんな嫌悪感はない。ただ感謝の気持ちで胸が一杯だ。
感謝と考えて礼らしい礼を松寿丸君とその保護者らしい大方殿にしていなかったことを思い出した。育ち盛りの子どもなのだから色々と栄養が必要なはずだ。この魚を食べてもらおうと思い立ち、それはかなりの名案な気がして彼の元に届けることにした。
ビニールとかあれば包みたいけどないし、この魚を巻けるような葉っぱもないのでそのままだけど嫌がらないよね? もしも嫌そうだったら持ち帰ることにしようと決めて私は走り出す。
まるで風になったような気持ちで走る今の私はかなりの速さだろうが、今の季節は夏というわけではないようなのですぐに腐るわけではないとしても生ものだし、早く届けるにこしたことはない。
それほど離れていなかったので松寿丸君の家にはすぐにたどり着いた。誰か居ると良いけれど思いつつ私は前足を伸ばして座り、魚をその手に置く。頭と尾びれが地面についてるけどそこは気にしない。
「わんっ!わんわぁんおぅー」(おーい!誰か居ませんかー?)
遠吠えとまでいかないけど大きく鳴いてみた。出てきてくれるかと期待していると家の中から足音が聞こえ戸が開いた。
「何故、居るのだ?山犬っ!」
ご挨拶より先に何故だかここに居ることを叱られた。お土産を持ってきた人じゃない犬に失礼ですよ。松寿丸君。そうは思えど大人な私は彼を責める気はない。
「くぅーん」(どうぞ)
「ん?これは岩魚か?」
彼が私の前足に乗っている魚に気付いてくれたが手に取ろうとしない。
ここまでくわえて持ってきたわけだが流石に目の前で犬がくわえたと認識させるのも何かと思って鼻先で彼のほうに押してみる。
「わん」(食べて)
「……」
松寿丸君は無言のまま受け取ってくれないので最後の手段として立ち上がって魚を地面に落とし、山の方へと駆け出す。
「待て!山犬っ!待たぬかっ!」
呼び止められたが聞こえないふりして一直線だ。洗えば食べれる大丈夫って、そういえば嫌そうだったら持って帰る予定だった。
受け取ってくれたかと確認のために振り返ると岩魚を片手に持って追いかけてくる子どもが一人。やべっ、何か怖い。
10歳児ぐらいの子どもに気圧された私は彼に捕まって叱られる前に山へと戻らないとやばいな。
魚は手に持っている時点で道端放置はしないだろう。あの子の性格上。そう考えて再度走り始めた私の耳に……
「我が待てと言っておるだろうが山犬よ」
届いた言葉は偉そうなのに、どうしてだか寂しそうに聞こえてしまった彼の声。
子どもを苛めているような気持ちになるので、そういう声は反則だと思う。私は走ってきた道を逆走し松寿丸君の近くまで行き。
「あう?」(何?)
「山犬、今度、我が待てと命じた時はすぐさま待て」
睨みつけられて叱られたわけですが私は彼に飼われているわけではないので待つ必要はない気がするんだけど?
「理解したのであろうな?」
「わんっ!」(はいっ!)
私が疑問に思っていたのを感じたのかは知らないが目付きがもっと鋭くなった。
子どもなのに目つき悪い気がするよ。綺麗なお顔をしてるんだから、そういう表情より笑顔がいいと思うんだけど。
「……訪ねて来るのに土産とは山犬にしては気が利いてはおるがな」
いや、そういうわけではなくてお礼の品ですよ。見上げてみたところで彼には理解出来ないので意味はなく。
「ふん、ついて来い」
目が合うと彼は家へと歩き出したので私はその後をついて行く。これで彼について行かないと泣かれそうだしね。
「大方殿がお前のことを置いてもよいと仰られておった」
爆弾発言というか何というか。一週間の間にどういった展開になったのだろう?
穴倉より屋根のある暮らしは大歓迎だけど裕福とは言えなさそうな家に子犬とはいえ、大きくなりそうな犬を養う余裕はないはずだ。
「お前は賢そうだから、良い番犬になるだろうとな」
番犬ってもしかしたらお外生活ですか? それって穴倉生活よりもつらい気がする。万が一、穴倉生活以下だったら逃げ出して山で暮らすことにしようと決めはしたものの、私は今後の寝床が確保出来るかもしれないことに上機嫌で彼の後をついていく。
「名前は必要か」
「あん」()
って、名乗ってもわかんないんだろうとは思うけどね。
「シロでよいか」
うわ、気持ちがよいほど掠りもしないというかこの子、体毛だけで考えたよね。恐ろしいことに性別すら確認しないままに名前付けられたのは、どうかと思うんだけど。
何だか嬉しそうにしているので文句は言わないでおこう。反対して変な名前になるよりはマシだしね。





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