色んな意味で気付くの遅っ!


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寝ないようにと頑張っていたけれどいつの間にか睡魔に私は負けて意識を落としていたらしい。
目が覚めるとすぐに草が煮えている匂いに気がついた。七草粥よりも草の香りがするのは今似ているものが草が多いためだろうか。
最初に匂いが気になったのはお腹が空いているからのようで自分のお腹がなる音に女として情けない気がする。
「起きたか。腹が減っておるのか?」
すぐさま反応して声をかけてきたのは目を瞑る前に居た少年だ。正直なところ夢オチを期待してました。それはもう特大に期待してましたよ。
その私の期待を裏切りまくって少年は目の前に居るし、私が寝かされていたのは私の知る一般的なお宅ではない。
木造造りなのはよいとして微妙に隙間風があるような気がする。いや、日本家屋とかって空気の流れとかあるものなのかも?
「……その調子では野生では生きていけぬぞ。山犬よ」
古風な物言いをする少年は呆れたように言って私を抱き上げる。目覚めたばかりなのでだらしなく伸びる手足。
山犬って私のことだと思うけど山で拾った犬だからか? そうだとしても山犬とか言う通称は嫌なんですけどっと前足を上げて少年の頬を抗議のために押す。
「松寿丸」
これまた着物を着た綺麗な女性が少年を呼んだ。名前の最後が丸って古風だ。母親にしては若いし彼のお姉さんかな?
「大方殿」
元々真っ直ぐだった背筋を伸ばして少年、松寿丸君が答えたけど姉だとすると彼の態度は硬い気がする。
「山犬の子も目覚めたようですね。夕餉に致しましょう」
「はい」
夕餉とは夕飯のことだよね。床に下ろされたのでご飯を食べに行くのだろう少年の後を追おうとしたが立ち止まった彼に近づくと踏まれた。
「山犬、お前はここで待て」
その歳で放置プレイとは将来が心配になる少年である。いやいや、そうじゃない。私はこれでも中身は立派な大人なので言葉だけで理解出来るので次の機会があれば踏まないでね。
「うぉん」(はーい)
お腹がなったのを聞いているわけだし、ご飯をもらえないということはないだろうと大人しく待つことにして先ほど寝ていたあたりへと戻って横になる。
そうして今の自分の身体を確認すれば見事な白い毛並みとこの身体の大きさには少し不釣合いな大きな四足の足、足は拭われたらしく土汚れはない。
この足の大きさからすると子犬だったりするのかも大方殿と呼ばれていた女性も山犬の子って言ってたわけだし……あっ、山犬って山で暮している野良犬って意味か?
野生で生きてはいけないというのは山で暮していけないという少年からの親切な忠告だったのか。野生で暮していけないというのは私も同意するところではある。
生肉の食事とか灰汁抜きしてない草とか食べたくないし、雨の日とか屋根がないところで寝たくない。そう考えるとこのままここにご厄介になるのはどうだろう。私を彼が連れて来たということは子犬である私を嫌いではないのだろうし。
「大人しく待っておったか」
戻ってきた松寿丸の手にはふちが欠けたお椀があった。それが私のご飯かと期待して彼に近づいていく。
「待て」
素直に立ち止まり座る。そうしてご飯を持ってきてくれるのを尻尾を振りつつ待つ。
小さな音と共に置かれたお椀の中には何かの草と粟とかそういった何かのお粥っぽいもの。正直なところ私には美味しそうには思えない。
これを食べればよいのかとお椀の中身を見てから松寿丸君へと視線を向ければ彼は私の前に座り。
「良し、食べてもよいぞ」
これですか。そうですか。食べますよ。お腹空いてますし、子犬だから可愛らしさがあるとしても見知らぬ犬に親切にご飯くれるわけだし。
お椀の中に鼻先を突っ込んでお粥っぽいものを食べる。あまり美味しくはないが食べられないわけではないし、お腹が膨れればいいや。
「美味しいか?」
そう考えていると私の頭を撫でる手、松寿丸君のものであるが止めて欲しい。動物としての本能的なものなのかどうかはしらないけど食べている最中に頭撫でられるとかかなり嫌だ。
ただ唸るのも大人気ない気がするので出来ずに無視してご飯を食べることに専念する。不味くはないけど何か薄味なのは動物に濃い味はダメだからかな。
「お前は間抜けた面をしておるが頭は悪くはない。我が愚か者でなければ飼ってもやれたのだがな」
自分を卑下するような物言いを彼がするとは思えず意外な言葉を聞いたと顔を上げれば出会った時と似たような表情だ。
愚か者でなければ飼ってやれたってそんな小難しい物言いをする子どもが愚かとは思えないんですけどね。理解できないので首を傾げてみる。
「解らぬといった風情よな。我は父から譲られた物を掠め取られ守れなんだ愚か者なのだ。そうして、松の大方殿の慈悲によりこうして何とか生きておる」
父親から譲られた何かを守れなかったと悔やんでおり、守れなかった理由は誰かに盗まれたかららしい。
「我は強うなってみせる。我の物をもう何者にも奪わせぬために……」
それほど大きな声ではなかったが彼の強い決心を感じ取れた。十年程しか生きていないはずの子どもにそのような生き方を決意させた彼の父親からの物を奪った人間とは一体どんな奴だろう。
子どもというものは純粋であるがゆえに歪みやすいのに、そう思いつつもただの子犬と成り果てた私にはどうしようもないし人であったとしても面倒ごとは避けて生きてきた私では彼の力にはなれないだろう。
大方殿という先程の女性がこの彼の頑なな心を少しでも解してくれればいいな。私はこの家には居られないようなので新しい飼い主を探しに行くけどね。彼もただの子犬如きに見守られたくはないだろう。
そう考えてお椀の中にあるすっかりと冷めてしまったお粥の残りを食べ、お椀の中を舐めて綺麗にしてから松寿丸君へと返却した。
いつ外に放り出されるのかと考えていたが今夜のところは泊まっていけるようだったのでありがたく泊まることにして寝床を探していたら松寿丸君がこちらを見ていたので彼について行ったら一緒に寝かせてもらうことになった。
ちょっと迷ったんだけど掛け布団代わりらしい着物に潜り込んで彼の隣に横になっても「山犬如きが生意気ぞ」って言われたけど追い出されなかったので良しとした。というかこの子はツンデレってやつかもしれない。
そして今更ながらというか私って馬鹿じゃないかと自分で思うんだけど……もしかして現代日本じゃないかもしれないとやって気付いた。色々とヒントというか答えは転がっていたように思うけど寝る段階になって気付いたんだよね。
だって、子犬になってただけでも充分に許容範囲外だったのにタイムスリップっぽいことになってるとか思わないよ。そう考えると私の先ほどの食事とかも犬に出すには充分すぎるほどの物だと思う。
うわー、感謝せずに食べちゃった自分を殴りたい。明日にでもお礼を言うとしようと決めて私は犬になってから二度目の睡眠をとることにした。



目が覚めたら太陽を拝むことを強要された。意味解らん。
「日輪よ」
松寿丸君とお姉さんが二人して両手広げたりとかして朝日を拝んでるわけです。太陽って天照って神様だから拝むのって普通なのかね。
でも、犬である私がどうして松寿丸君の隣に座り、彼らと同じように朝日を見ているのだろうか? それにしても、太陽の光を浴びてると何だか眠くなってくるよね。
「あふっ」
犬も人と同じように欠伸をするらしいと自分が欠伸をしたことで知ったが流石に寝ると松寿丸君に怒られる。寝ていた私をここまで抱えてきたのは彼なのだ。
ご飯と泊めてもらった恩ということで二人に倣って太陽の方を眺めていよう。犬なんで流石に拝んだりとか両手を広げたりとかは出来ないから勘弁してね。
「山犬よ。山まで連れて行ってやろう」
意味不明に朝日を拝み倒した後に松寿丸君にそう言われました。つまりはもう家には置いておけませんよってことだろう。
あんまり裕福そうではない様子なのでしょうがないことだとは思うが朝食前ってところが泣けるね。
「行くぞ」
歩き出した松寿丸君の後ろを追いかける。そうして日の光の下で見たのは時代錯誤に感じられる家ばかりだった。現代の掘っ立て小屋よりもひどいのではないかと思えるような家とかあるし、松寿丸君の家はかなりよい方だ。
人に飼われることを考えていたけれど、山で暮したほうが楽かもしれない。屋根がない生活になるけど食料なくて自分が食料にされる心配とかしなくていいだろうし。
迷いなく歩いている松寿丸君ではあるが彼の歩調が何故だか少しずつ遅くなっているような気がして彼を追い越してその顔を見上げれば眉を寄せて厳しい顔をしているのは泣くのを我慢しているからっぽい。
「わんっ!」(元気出して!)
「……」
私の励ましの言葉を聞いて彼の歩調が早くなったのは励ましの言葉を理解したからではないだろう。きつく噛み締めた唇がそれを表してる。
ふと彼が夜に語った話を思い出す。言葉遣いが古風だが偉そうな彼は実はかなりのよいところの出ではないだろうか。
大方殿という女性も許容が有りそうだし、松寿丸君の話からすると父親からの継いだ財産を取られて没落してしまったのではないだろうか。
それでそんな彼を方っておけなくて大方殿が面倒を見ているって感じか。女性が子どもを養うとは江戸時代かそれより昔っぽいここではそれはかなりの苦労を伴うだろう。
松寿丸君はそれを理解できているのではないだろうか。子どもであれば無邪気にきっと私を飼ってほしいと強請ったとしてもおかしくはないのに。
「山へはこの道を真っ直ぐ行けばよい。見えるだろう?」
家々から抜けて少し歩いたところで彼から指差された方向には確かに山があり道はそちらへと続いているようだった。
私からすると今現在位置でも充分に山道な気もする道ではあるが踏み固められた土の道というのはごく普通なんだろう。
「一匹で行けるな?山犬よ」
「おんっ!」(もちろん!)
松寿丸君はしゃがんで私の頭を撫で、抱きしめてから身を離して私の背を軽く叩いた。
「では、行け」
「あおんっ!わんわぁん」(ありがとうっ!じゃあね)
お礼の気持ちを込めて鳴いてから彼の足に頭を擦り付けてから私は山のほうへと走り出す。山で走った時よりも走りやすくて楽しくて山まで爆走したところでそういえば振り返ったりしなかったことに気付いた。
きっと何という薄情な山犬なのかとでも言いつつ寂しそうに落ち込んでいることだろうとツンデレな松寿丸君を想像する。そんな彼を想像して胸きゅんしてしまった私だがショタコンではない。
違うはずだと自分を正気づかせるために手近な木に頭突きしてみたがあんまり痛くなかった。犬って石頭なの? という疑問が浮かんだが調べられるわけでもないので犬になったわたしが石頭なんだろうと結論付けといた。





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