あれ、今の私って犬じゃね?


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久しぶりに良く寝たと伸びをしようとして異変に気付く、何故か肌をチクチクと刺す感じがする。
布団があるからまだマシみたいなんだけどっと薄っすらと目を開ければ私が眠っていたのは自室ではなく外だと知る。
木々が作り出す天然の日よけによって作られた木漏れ日は温かく、風は木と土の匂いを運んできた。
「わふ?」(なにこれ?)
思わず漏れた呟きは私の予想とは違う声でそれは人の声ではなく動物、それも犬のような鳴き声だった。
まさか近くに犬でも居て同タイミングで鳴いたかと辺りを見回せば自分の手があるところに白い毛でおおわれた手がある。
その太目の手は明らかに人の手ではなくイヌ科の動物のものらしいということを理解したくなかったが理解できた。
「……わぁんっ!」(うえぇぇっ!)
自分に起きた驚愕の事実に叫んだ声もまた犬の鳴き声でそれに余計にどうすればいいのかとしばらく呆然として顔だけ起した状態で過ごした。
その時間はかなり長かったようで起きた時にはまだ太陽が空の上にあったはずなのに次に気がついた時にはだいぶ日は傾き風も肌寒い。
「わふん?」(マジで?)
誰にも理解できない呟いてそのままの格好で固まった身体を解す為に立ち上がればかなり低い視線に落ち込む。
身長が高いとはいえなかった自分だが平均身長はあったというのに……人の頃の自分の身体よ。どうか戻ってきてほしい。土下座ぐらいならするぞ。
会社に行く前の毎朝の化粧とか面倒とか付き合ってる人がいないのか聞く親ってうざいとかこれからはあんまり文句は言いません。
これが夢だというのなら覚めて欲しいが、この現実でしかないと訴えてくる感覚はかなりのものだ。これが勘違いであるのなら私の感覚を今後、信用出来ないだろうが今までの人生で1、2位を争うぐらい喜ぶことだろう。犬にはなりたくはないです。
混乱していたらお腹がすいてきた。この犬だろうと思われる姿では人の食べ物は食べられないだろうが、まだドックフードを食べるまでは落ちぶれていない。
ただこの山と思われるところで過ごしたいとは思わない。私には獲物を狩る生活もできそうにない。
心情的に生き物を殺したくないという感情だけでなく生肉を口に入れたくないからだ。
私は胃腸が弱いほうなのでそんなことをしたら色々な意味で大変なことになるのでまずは人が居そうな町とか山だから村に行って食べ物を分けてもらおう。
普通の食事とまでは言わないけどねこまんまであることを祈る。ドックフードは食べないつもりだ。まだ。
ただこの犬ってどこかで飼われていたのかしらないけど肩のところに何かついてるんだよね。犬に洋服を着せることを考えれば首輪代わりのアクセサリーって普通なのかな?
いつのまにか犬に憑依で何か妙な可愛がられ方してそうって嫌な予感しかしないよ。お金持ちそうなおばさまだか何だかに犬だけど猫可愛がりされそうだ。自分の想像に気が滅入ったが強く首を振ると気を取り直して進むことにした。
一歩踏み出した足は地面を踏みもう一歩を踏み出しっと身体がきちんと動けるかを確認する。人間としての二足歩行から四足歩行に変わったというのに私の身体は思うように動く。
上手く身体を動かせなくて足がもつれて倒れたりとかしないのは良いことだけどね。普通に歩くことに馴れてきたら少し駆け足となる。山の中のようなので木々があるために真っ直ぐではなくジグザグ走行だ。
走っているうちに楽しくなってきて脳内の片隅にこれがランナーズハイなのかとかくだらないことを考えた。
今なら空だって飛べるような気がするっ! 心の中でひゃっほーいっ!と意味不明な言葉を叫びつつ両手両足の力を込めて大ジャンプを試みる。
藪を越えて目指すは藪の向こうだとか一人ノリノリなのはランナーズハイのせいか、もしくは日常から逸脱してしまったからゆえの混乱状態からのもので普段の私はもっと落ち着いた大人の女性である。
私を知る家族友人知人が首を振ろうとも私はそうだと信じてるのでそれが事実なのである。
「ひっ!」
タシリッと地面に着地をしたすぐ後に子どもの声が背後から聞こえ、悲鳴のようなその声に背後を振り返れば子どもが藪の中に隠れるようにうずくまっていた。
顔立ちからして10歳ぐらいか。目元が赤くなったその様子を見るとだいぶ前からそこで泣いていたのかもしれない。
緑色の着物という珍しい格好をした子どもの足元は草鞋である。この現代において珍しい格好をしていると思うが犬になっている私ほどではない。
「うっ……うぅ……」
男の子が泣いていた理由は私のせいではないはずだ。とはいえ、そのまま立ち去るのも気分が悪くなりそうだ。
「くぅん」(泣かないでー)
泣き喚かずに声を押し殺して泣く子どもの頬に額を押し付ける。舐めてやったほうがいいかもしれないけど流石に見知らぬ子どもの涙を味わう変態にはなれん。
外見からは犬が子どもを慰める素敵光景かもしれないけど、その中身はそこそこな年齢のお姉さんなんで犯罪臭しかしないと私は思うわけですよ。
泣き止まない子ども相手には少しばかり不安になってくるが徐々に子どもの泣き声が小さくなってきたので後ろに下がって様子を見る。
「わうん?」(元気でた?)
「くっ……犬如きが何用だ」
若干の涙声ではあるがはっきりした発音でそう子どもが言いやがっ……いやいや、言ったのでまだ涙目もあるが子どもが犬嫌いなら近くにいないほうがいいよねっとその場を離れることにした。
「キャウンッ!」
「我の言葉に返事をせぬとは何事か」
立ち去ろうと背中を向けると尻尾をつかまれ引き摺られ子どもの腕の中に抱え込まれた。女の子かと思うほどに綺麗な顔立ちをしているが横暴な物言いとこの態度は男の子だろう。
尻尾を引っ張られるなどと痛い思いをしたがクールビューティーなお姉さんなので少年に噛み付くなどという報復はせず、抱え込まれている現状に首を傾げる。
「あう?」(何?)
少年の発言を考えれば犬を好きそうな感じはしないのに彼の行動は違う。扱いに慣れていないのか尻尾を引っ張るというかなり非道はされたが、私を抱え毛並みに顔を埋めるその様子は嬉しそうだ。
満面の笑みというわけではなく口の端を少しばかり上げた少々わかり辛い喜び方をしている。
「このようなところに一匹で居るとは迷子か?」
抱えなおされて彼と目が合うと少年にそう言われたが、素直に答えたところで私の発言は犬の鳴き声なので理解できないだろうと首を傾げてみせる。
「ふんっ、このポアッとした顔を見れば明らかか」
馬鹿にされているような気がする少年の言葉を聞いて、心に引っかかりを感じながらも抱えなおして私の頭を撫でる彼の手は優しいので大人しくしていると彼は立ち上がると歩き出した。
歩き出した方向としては傾斜が下がったほうに向かっているので少年は家に帰るつもりかもしれない。違ったとしても人里に向かうだろうと彼に運ばれるに任せておく。
彼に運ばれていると段々と目蓋が落ちてきた。子どもの体温に包まれ揺れていることと、人から犬になったことの混乱して精神的にも疲れているっぽいので眠くなってきた。





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