虚勢?そうですけど何か?


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景麒との勉強会を五日続けているが意外と楽しめているのは知らない知識を知る楽しみと共に私の質問に嫌な顔をせずに景麒が答えてくれるからだろう。
彼としても王として相応しくなってほしいという思いがあるからだろう。実際の政務はともかくとして知識面では不足はないようでそこは信頼するとしよう。そもそも彼すら信頼できなかったら私の今後のじんせいと読んで神生と書く生は終わるしね。
景麒が初日に持ってきた書を次の日に読み終えてから毎日、読み物として一つ書を置いていってくれるのでこの騒ぎからずっと部屋に閉じ篭りっきりの私には暇つぶしになっているし、あまり大きな声で話すことは出来ないが影に居る使令、鉤吾に話しかければ返事をくれるので会話は出来る。
彼もまた真面目な性質なので無駄口は叩かない。景麒に折伏されるとそうなるのか使令とは普通そういったものなのかは不明だ。
そんな彼との生活も六日目。景麒より預かった書を読み終えて灯りを吹き消し。
「おやすみ、驃騎」
彼が影に入った日から夜眠る前にそう言って寝台に入っていたのだが彼からの返答が今夜はなかった。
普段は『おやすみなさいませ、主上』と二十代後半くらいの成人男性の落ち着いた声で答えてくれるのに珍しいと考えて近くに人が居る時は返事をしないようにと言いつけていたことを思い出した。
寝台に上がろうとした格好のままに動きを止めると私の影がかすかに揺れる。何者かに警戒をしているのだろうか?
何事も無かったように寝台に入るべきか部屋から抜け出すべきか迷っていると窓を外から叩く音が聞こえる。
夜中であることを考慮したのか小さな音は気のせいとも思えるほど小さな音。もう一度同じように叩かれる。
「……どなたでしょう?」
私の口から発せられた震える声は演技ではない。使令が居ようとも今の私はただ死に辛い小娘でしかないからだ。
真夜中の訪問者に怯えるなというほうが無茶というものだと私は思う。
「舒覚様でございますか?」
不明瞭なその声は窓が開いていないがためかそれとも相手が布でも巻いているのか。
見ることが出来ないためにどういった相手なのかの判断材料は声しかなく、男だろうとしかわからない。
「貴方はどなた?」
相手は私が舒覚であると確信しているのだろうがそれに頷く理由もないと再度、問いかける。
「警戒される必要はありません。私は貴方様にお味方したいと考えている方の使いです」
「……私の?」
夜中に顔も確認できない訪問者とか胡散臭さしか感じない。
「驃騎、外の者を尾行しなさい」
身を屈めて小声で己の影へと告げた私に反対するように影が揺らいだが私はその影がある寝台を軽く二度ほど叩いた。
彼を私に憑けている理由は護衛としてよりもこういった怪しげな相手の後をつけて欲しいかったからだ。ここは言うとおりにしてほしい。
「王と成られぬ貴方様を害そうとする者達がおります」
「まぁ、私を害する?……何と恐ろしい」
知ってますけどね。ここは驚き戦慄く場面だろうと身体を震わせつつ押し殺したような声で返答をする。
我ながら演技派であると思う。動作までしたのは肉体の動きというものは声に出ると効いた事がるからだ。
「それをお止めしたいとその方は考えているのです」
「どうぞその方に何とぞお願いしますとお伝え下さいませ」
「舒覚様、どうぞお静かに。私が忍び込んだことを貴方を害そうとする者達に知られるやも知れません」
不安にかられて必死になっているというように伝わるよう普段よりも幾分か早口で話す。
声もやや大きくしたがために焦ったらしくこちらを注意する相手。その言葉の後に深呼吸をして。
「あぁ、私のような娘に何が出来ましょうか」
「我等は貴方様の味方でございます。どうぞ心安らかに……今宵はこれにて去りますが貴方様を影にてお守りしておりますのでご安心下さい。また二、三日のうちに参ります」
その言葉の後に声の主は離れたと思われる。とはいえ、本当に離れたのかは確信がもてないし、お嬢様としての私は人見知りな臆病者を装った怠惰な人だったのでここで確認のために窓を開けるのはまずい。
声の主以外にも私の行動を確認するような者が居たらばれるし、頼りになる護衛が近くに居ないのだから大人しくしていようと寝台の中へと入り目を瞑るものの寝台の中が温かくなろうとも睡魔は訪れない。
景麒が現れてから浅い眠りではあったのだけれど眠れてはいたし、それも王となり鉤吾を憑けてもらってからは眠れるようになっていたのに今は眠れなくなっている。
私は自分自身で思っていたよりも精神的に脆いらしい。図太く生き残ってやるとか考えていたくせにこうして一人きりになると寝台の中で震えていることしか出来ない。



「ウッ」
「景麒のせいでしょう」
妙な男が現れた翌日、いつものように現れた景麒と部屋にて二人きりになったとたんにその腹部に一発入れた。
書やら巻き物やらを抱えていた景麒は避けることも出来ずに何の備えもしないままに殴られた。
「何をなさるのですか?」
理不尽だと訴える美麗な彼の視線を私は一瞥し、鼻で笑う。
「官吏達の手綱も握れないのが悪い」
麒麟に期待できるものではないとは知っているが首都ではないこの街に悠長に手を伸ばさせているあたりが使えない。
王となることを断わられたとでも馬鹿正直に話したんじゃないだろうか?この麒麟。確かめていないが万が一にもそうだとしたら足まで出そうなのでここは私の精神を守るためにも確かめる気は無い。
「どういう意味でしょう?それに驃騎の気配がありませんが?」
「妙な輩に昨晩ちょっかいをかけられたの。それを彼には追ってもらってるわ」
「驃騎は主上の警護を……」
私の身を心配しているのだろう相手の視線に笑い。
「お馬鹿さん、私は貸してほしいって言ったの。警護は二の次、三の次」
護衛役の驃騎が居なくなったとたんに眠れなかったくせにっと自分でも思うが考えとしてはその通りで間違いじゃない。
景麒が持つ巻き物を上の物二つを手に取る。殴られても落とさなかったのは偉いと内心で褒めつつ。
「さぁ、お勉強お勉強!時間は有限だからね」
「別の使令を護衛に」
「必要ないよ。使令はそれほど多いわけじゃないんでしょう」
他の麒麟達よりも使令の出番が多かったからか景麒の使令は四、五体ほど登場しているが私の都合でもう二体使用している。
血に穢れているわけではない今の景麒であれば逃走可能だとは思うけど原作での印象があるのか、景麒の守りとして女怪を残すとしても一体だけでは手が足りないと思ってしまう。
「なりません。主上は身を護る術を持っては……」
「賓満を」
「えっ?」
内心ではまだ嫌だという気持ちが強いが命の危機とか睡眠不足のためには仕方が無い。
「賓満を借りても貴方の護りは女怪以外にもいる?」
「おります」
考えることなく頷いた様子にそれが嘘ではないと判断する。
麒麟は争いを厭い、血を恐れる仁の生き物だ。嘘もまたつくことはないだろう。
「影に憑かせて。咄嗟の時は私の身体に入ることを許します」
何様だ自分と思わないでもないことを言うが、ここは最後の抵抗というものだ。
命の危機が差し迫っていなければ私の中に残る僅かな乙女心を優先したい。でも、命は大事なんで咄嗟のときは是非とも助けて欲しい。
「冗祐、そのように」
「御意」
私に護衛をつけることが出来たからか表情を和らげる景麒。
「よろしく、冗祐」
影へと移った賓満へと声をかける。驃騎にもしたように人が近くに居たら返事をしないようにとか色々とお願いをしないとね。
後は咄嗟の時の判断は彼に任せることと間違えても特に咎めないので私の身の安全を優先するように伝えておこう。
そう考えていると何とも言いようが無い奇妙な表情で私を見ている景麒に気付き、何が言いたいのかと視線で促がす。
「賓満はお嫌いではなかったのですか?」
「いいえ、嫌いじゃないわ。どちらかというと好きよ」
賓満を何体も折伏しないだろうから陽子に憑いていたのと同じ賓満だろう。
正直なところ見た目はどうかと思うが顔立ち自体は精悍で、声は渋くなかなか素敵だと思う。
「ですが、以前は賓満を嫌がっておいででした」
「いくら使令とはいえど男性を自分の身体の中に憑けたいとは思わなかっただけだけど?」
私の返答は景麒にとっては理解できないことだったのか眉間に微かに皺を寄せる。
麒麟にも雌雄があるくせにそういった男女の違いやら感情とかを理解していないのだろうか。それとも景麒が希薄なだけで他の麒麟には色恋めいたものをしていたりするのかな?そうだとすれば王以外に特別を作ることになる。
麒麟の性質からそういったことは不必要なものであると考えれば麒麟に雌雄は必要ないものだ。王が必ず麒麟とは違う性別となるのであれば互いの不足を補い支え合うためになどと理由も付けられるかもしれないが王と麒麟が同性であることは普通だ。
では、麒麟はどうして雌雄があるのだろう。繁殖の為ではないのは確かだ。母親代わりとなる女怪が先に生まれることを考えれば麒麟は麒麟同士でも子を作ることは出来ないのだろう。
この世界は奇妙だ。この世界の理において性差は必要ではない。必要なのは役割だけだろうと思うのは間違っているのだろうか。
歪すぎる世界だという私の思考は危険なのかもしれない。これは別の世界を知るからこその考え方で、この世界しか知らないはずの人間では普通は浮かばないものだ。
「主上?如何なさいましたか?」
「何でもない」
深みにはまりそうだった考えから意識を引きあげて私は景麒を見る。この世の理不尽さを詰め合わせたんじゃないかとすら思う天の意志を体現する存在が麒麟だ。
主すら自分ではなく天に定められた相手を選ばなくてはならない被害者にして、王という生贄を選ぶ加害者。
「驃騎が戻るまでの時間を無駄にする気?」
教えてもらう立場としては先に座るべきではないだろうが椅子に座ってみせれば、呆れたように息を吐いた景麒が私の前へと腰掛けた。
いつものように学んでいても、何もせずにいても過ぎる時間は同じ、それなら知識を蓄えたほうが私の生存確率は上がるはずだと気合いを入れて景麒を見れば睨まれたとでも思ったのか肩が跳ねたのが見えた。ちょっとイラッとした。





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