丑三つ時に嘲笑う。
県正、紫軒。驃騎が追った者が向かった場所はその者が所有する別邸だったという。
何か動きがあるか1日経ってから戻ってきた驃騎の報せに単独的に接触の可能性は低そうだと認識する。
実権は無くとも瑛州候である景麒経由で官吏とはこちらが呼ばない限りは接触しないと伝えているのだ。
王が生まれた地の県正とはいえ不興を恐れて接触しようとはしないだろう。たぶん後ろ盾がある。
「今日か明日には接触があるはずなんだよね」
「紫軒という者からですか?」
驃騎が戻ったのは日も高い頃だったので教師役をしている景麒が居る時だったため、使令達に周囲の見張りを任せて彼相手に話をする。
別に相談ではないが何か私にとって建設的な意見を述べたら採用はするつもりだ。
「そっ、当人ではないと思うけどね」
詰め込み授業は驃騎が戻って小休止状態なので書を閉じて机に置く。
「どうなさるおつもりですか?」
「んっ?相手の正体が不明だからね。友好的な接触をしようかと考えてるよ」
ひどい話だが私は世の中が回る程度の灰色さんなら特に問題視はしていない。
「不正ではありませんか」
「それが?」
「主上」
私の返答が不満らしい麒麟に面倒になって軽く手を振る。
「正しいか正しくないかだけでは国は回らないよ。清濁併せ呑むのも一つの考え」
正しいことを人はしたいと多くの人が考えているとは思うが、そうでない人が一人でも居たら正しいだけの世界は成り立たない。
そもそも正しいだけのことしか人がしないのならば個性などというものは存在しない世界ではないだろうか?
「……主上は」
「んっ?」
下らないことを考えていた私の耳に景麒の声が聞こえたので視線を向ける。
「時に私よりも年上ではないかと思うことがあります」
眉間に皺を寄せたその様子は怒っているようにも見えたが、それは違うような気もした。
「そうだとしても問題はある?」
「いえ、ございませんが……」
「ならいいじゃない」
私の事情など詳しく話したところで理解できるとは思えない。
少なくとも目の前に居る生真面目な麒麟はからかってるとでも思うことだろう。
「そういうものでしょうか」
「ええ、そういうもの。何でもかんでも難しく考えてたらハゲるよ」
「禿げません」
間髪いれずに否定した景麒への感想としては禿げるとか麒麟でも気にするのかというものだ。
「景麒が大失敗した時は罰として髪を剃ってつるっぱげにすることにしよう」
「なっ、無体なことを仰らないでください」
からかうことが大半の目的でそう言えば景麒は目に見えて嫌そうな表情をする。
この麒麟は不快そうな表情は随分と豊かだ。まぁ、私自身が彼を喜ばせるような行動をとってない気もするがそれはそれだ。
「景麒が大失敗しなければいいでしょ」
彼の当然の抗議の言葉を軽く流す。
「その大失敗とはどのようなことを示すのですか?」
真面目に私が聴く気がないと理解したのか景麒は剃られたりしないように失敗を避けることにしたようだ。
その考えは前向きなのか後ろ向きなのかわからないが、前向きだと思っておくことにしよう。
「私の政敵に捕らわれたりとかしたらかな」
原作を思い出して景麒が囚われたら面倒だという考えからそう言えば呆れたようにため息をまでつかれる。
「そのような事態にそうはならないと思います」
「それが意外となるのよ。麒麟はヒロイン属性だからね」
原作では麒麟達は景麒だけでなく延麒、泰麒など自国の民に害されているのだ。
景麒が捕まったりしないとは言い切れないと私は考えている。
「……ひろいん属性とは?」
私よりでかい男が小首を傾げても可愛くないと思ったが、これ以上の話題の脱線はやめておこう。
こちらに該当する言葉がないとそのまま相手に聞こえてしまうらしいともわかったので下手な言葉は使わないようにしよう。
「話を戻すけどね。ようは許容範囲ならいいわけ、お金貰って人に多少の便宜を図ったとしてそれで上手く行くのなら私は気にしない」
「上手くいかなければどうされるのですか?」
「そうした人間に責任とって貰うのが筋ってものじゃないかな。そのためには証拠はなるべく確保しとかないとダメだけど」
王として最終手段として私が決めたからって強制的にすることも可能だけど何度も繰り返せばそれは国を荒らす原因でしかないし、まず在位短い王になど官吏は従わないだろう。
「不正の証拠を得ているのに見逃すと仰るのですか」
私の考えを理解できないのだろう麒麟。もとより理解できない人は少なくないだけいるだろう考えなのだから当然か。
「可愛いものだよ。不正を他者に握られるような者はね」
「何を仰っているのか私には理解できません」
怖いのは隠匿に長けた人物だ。前世があろうとも政に詳しくはない私など手のひらで転がされるのがオチ。それでも構わない。そいつが舞台(国)さえ破壊しなければ踊ってやる。
自分の思い通りにしようと強硬姿勢をとっては官吏はついてきてくれず、官吏に何事も頼る王であれば頼りないと管理に馬鹿にされる。
どちらも国を傾けることに繋がってしまうので、バランスが必要だとは思うけど上手く出来る自信なんて正直ない。
「景麒、私は清廉潔白な王にはなれない。それは私がこの世に生まれた時から定まっていたこと。だからお前が仁の心で民を想い、私にその想いを伝えればいい。すべてを叶えてはあげられないけれど、すべてを聴く気はあるから言っても無駄だと伝える努力を放棄したらダメだからね」
今の私にその意思はあれど、本当に聴けるかどうかはわからない。
半身である麒麟を置き去りにすれば道など失くすのは確定しているのだから自分なりに足並みを合わせたいとは考えてる。
「貴方はよく判らない方だ」
「出会って短期間でわかられるほど底が浅くなくてよかったわ」
褒められたとでも思っておくことにして笑いかけるとため息をつかれた。なんだその呆れたようなため息。
イラッとしたものの近く、手が届く範囲にいないのでハラパンは諦めておく。今日は運がよかったね。
「さぁ、勉強の続きをしましょうか。時間は有限だもの」
閉じた書を先ほどまで開いて景麒に声をかけると物言いだたげな瞳を向けてくる。
にっこりと出来るだけの笑顔を浮かべたというのに肩をビクつかせるとかムカツク。
何も言わないのならこっちから訊く気もないのでさっさと教鞭をとるように促がした。
その日の夜に届いたのは一通の書簡で、蘭の花が添えられていた。書簡の内容は特に気にかけることが書かれていたわけではなく、言われたことと似たようなもので重要なものは添えられている花のほうだろう。
日本での花言葉とは違ってここでは君子、賢人という意味があるが厚き友情のほうが重要なことかもしれない。
後者は花言葉からして味方であると示し、前者であれば私は君子として相応しいと言われていることになる。どちらの意味合いでも私を貶しはしないのだから良い花を選んだものだ。
さて、この花を選んだのは紫軒かそれともそれより上の者だろうか?
「――…我等は貴方様の味方、ね。それなら味方でいる限りはいてもらいましょう」
読んだ書簡は持って帰られてしまったために手元にはない。訪れる景麒に見られることを恐れたのか私を信用していないのか。どちらにしても証拠を残す気はなかったのだろう。
狐と狸の化かし合い。どちらが勝つか負けるか……本当、分の悪い賭けだ。