遠慮?何それ?おいしいの?


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人間でなくなった初めての朝だが目覚める時間も目覚め方もいつもと特に違いなんてなかった。
昨日の喪失感の後の充実感が何だったのかと言いたくなるぐらいになかったもんだから、何かに裏切られたような気分を味わった。裏切ったとしたら理というかそれ決めた天帝か?いつか死ぬことになったら天帝殴り込みもよいかもしれない。
たぶん一発で失道することになるかもしれないが徐々に弱っていくよりも景麒としても苦しまなくていいんじゃなかろうか。私って親切。
国の名前が変わるとかいう重い罰になるかもしれないが死んだ後のことなんてどうでもいい。変わるとしたら兄とかいいかもね。筋肉ムキムキなお兄さん達ばかり生まれればいいよ。
……正直なところ国のためを思うのなら私は王になんてならなかったほうが絶対によかったと思う。失敗したら道連れ大量計画とか考える人間だしね。
景麒を脅す気持ちもあったが悪人とは言わないが善人とも言えない私は自分の死が誰かの所為だと思えば恨む自信がある。きっとそれは醜いと人に思われるような無様なものだろう。
自覚しているのならそうならないようにするべきだとか極々真っ当なご意見を人に言えば聞けるだろうが、私としてはそんな人間に王気が感じられるという世界が悪いと言いたい。
私は暮らしに困らないより少しばかり裕福な衣食住をゲットして平穏無事に生きたかっただけだ。それもまた贅沢な望みだとは思うが王になりたいと願ったことは一度もない。
贅沢しようとすれば出来るがしすぎれば失道、権力に執着しようと思えば出来るがしすぎれば失道、王様稼業は嫌だと何もしないことも出来るがもちろん失道。ならばとやる気をみせても官吏が協力せずに国が乱れたままでも失道。
失道のオンパレードの未来が待っているような生き方を誰がしたいと思う?もちろん役に立たない王であれば官吏に排除される可能性だって高く天に殺されるより先に死ぬこともある。
その場合は景麒は残ることになるだろうが私の場合は1代目なので彼は生かされる可能性が高く、そうなれば道連れには出来なくなるので官吏に殺されるという死に方は私は選ぶ気はない。
景麒を残す気なんてないというのは本音だ。私は陽子が好きだ。だからこそ私が好きな陽子見れないのに他の人間が見れるとかムカツク。特に景麒は主従関係結ぶとかありえないよねっ!
自分自身が景麒に負けず劣らずな馬鹿だったこともあって王になるのは避けられなかったがこの世界が私を予王という立場にさせるのならば意地でも短命な王で終わるつもりはない。まずは10年を目指して頑張ろう。
そう決意を決めた私は寝台から起き上がるといつもの如く使用人の手を借りずに一人で着替えて髪も結い上げる。花麗の場合は最低二人のお手伝いが必要なのだから彼女の美への探求というものはすごいという一言に尽きる。
妹のことを思い出せば彼女と話したのは景麒が会いに来た初日が最後だったことを思い出した。あの日から顔を合わせても顔を背けられて無視されるんだよね。それが地味に痛い。
私が倒れれば偽王となるかもしれないと知ったが花麗は虚栄心だけで王となろうとする娘だろうかといえば違う気がする。
確かに姉である私を劣っていると判断しているようだが、だからこそ彼女は私を引っ張っていこうとしてくれていたのではないか。
どれだけ私は妹に甘えていたのかと気付かされた。ニート目指すようなダメ姉で申し訳ない。今まで引っ張ってくれたのは花麗だったのだから今回ばかりは私から動こう。
王となった私はもう少ししたらこの家から出て行くことになり、そうなったら家族とはいえど両親にも花麗にも会えなくなる。
花麗は小さな頃から強情な子であったからきっと一ヶ月ぐらいは余裕で無視されそうだから何もしないままでいれば気まずいまま別れることになることが予想できた。
「まだ身支度中かな?」
お嬢様っ!」
妹の部屋へと押しかけるつもりで部屋を出たところで古株の使用人である芙香に声をかけられる。
彼女がこのように焦ったような声を出すとは珍しいと記憶にない態度に首を傾げれば彼女が近づいてきて。
「お嬢様、台輔がいらっしゃってます」
麒麟と契約して人をやめた私は言葉を余裕で理解できるようになったはずなのに聞き間違えたらしい。
「……もう一度、言って?」
「台輔がつい先程おみえになられたのです。旦那様がご用件をお尋ねしても何もないと仰られて……」
聞き間違いではなかった。聞き間違いであったほうがどれほどよかったことか。私としては私の命を狙う黒幕が動く場合を考えていつもと同じように過ごそうと考えていたのだ。
それで、動き出せば手がかりになるだろうし一度の失敗で諦めるのなら両親と妹と最後の時を過ごすはずだったのに……
『あの阿呆』
「お嬢様?」
思わず漏れた日本語での呟きに首を傾げた使用人の姿が視界の隅で見えた。
文句を言う時は日本語で言うのが癖なのは彼らが理解できないと知っていたからだが、今はそれすらも彼らは理解してしまうのだ。王となったことで起きた悲劇である。
おっとりお嬢様である私は阿呆と人様を罵ったことはないので驚きだったのだろう。別にお上品を心掛けていたわけではなくこの世界の阿呆に相当する言葉は知らないだけだ。
「台輔をお待たせしてはいけないわね」
聞こえたのは幻聴だと思ってもらえるように私は殊更、ゆったりとした口調で話しながら頬に手を当てて微かに眉を寄せる。
正直なところは放置したい。阿呆が何時間待とうとも私は気にしないだろう。だが、ごく普通の感性を持つ両親や使用人達は台輔を放置できないのは今までの対応からして予測がつく。
私、両親、妹、使用人五人という九名が彼のお陰で面倒事ばかりの日々に放り込まれてしまったものだ。
そのうちの一人は暗殺の片棒担がされて先の見えない逃亡生活を送っているはずなので今のところは一番の貧乏くじは彼女か。
「はい、いつもと同じお部屋でお待ちです」
「ありがとう。芙香はお仕事に戻って大丈夫よ」
非常識な時間にやってきた景麒の元へと向かうが気が重い。逃げたらダメかな?ダメだよね。足取りも重いが何とか部屋の前へたどり着き部屋の様子をうかがうが中から話し声どころか物音一つしない。
ノックすることなく戸を開けたが中に居た彼を驚かすことは出来なかったようで持ってきた書巻、巻物状の本を広げて私へと近づいてくる。
「主上、お待ちしておりました。言われたように王としての……」
「景麒って何なの?阿呆なの?馬鹿なの?」
「はっ?」
私の言葉に固まる彼だが打たれ弱いかどうかなど今は関係ない。
「私はね。私が貴方と契約したことを誰にも言うなって言ったわよね?」
「はい。何方にも言っておりません」
誰にも言っていないと大きく頷いてきっぱりと言い切ってくれる彼だが自分自身の行動の不味さを理解していない。
打たれ弱い麒麟という事態にお茶を淹れた後は無難な会話だけをし、詳しい説明をしなかった私が悪いかもしれないけどね。ここまで期待外れのことをされると逆に笑えてくるよ。
「誰にも言うなってことは私は貴方との契約を今はまだ知られたくないってことなの。その為には普段と違う真似は避けるべきだとは思わなかった?」
「何方にも言っておりませんし、主上が私に王として教育を施せと仰られたではありませんか」
王様稼業のために知識は政に関して必要だろうと考えた昨日の自分を殴りたい。
この家に居る間はそういうのは見たくないからとか断ればよかった。
「……ああ、はいはい。そうですね。それは私が悪かったです。理解してくれると勝手に考えていた私がお馬鹿さんでした」
「その物言いは私を馬鹿にしておられるのですか?」
自棄になって投げやりに言えば景麒は気にいらなかったらしく責めるように私を見てきた。
「そうよ。私自身のこともだけどね」
勝手に期待して勝手に裏切られたと感じている自分自身の甘さに唇を噛み締める。
私の都合を理解できるような麒麟ではないと知っていたのに!
「主上自身?」
私の言葉を理解できないのだろう怪訝そうに見つめてくる相手に頷き。
「ええ、言葉にせずとも大丈夫だと私は甘えたのよ。麒麟だ半身だって言ったところで私達は違うのにね」
半身だからというよりも私の話をきいて多少考えることが出来る人間なら今日のような真似をしないと考えていたからだけどね。
契約を隠す理由を聞いてくれればと思うけどそれもまた甘えでしかないのだろう。
「王と麒麟は一心同体のようなものです」
「ようなものであって全くの同じじゃない。そもそも私達は考え方が違いすぎる」
私が本来の舒覚であれば景麒はこのような苦労をする必要はなかっただろう。
きっとすぐさま金波宮にて王と台輔としての生活をはじめていたに違いない。そう考えれば彼は私という存在のために苦労しているということになるのだろうか。
「王としてのことですか?」
「色々なことがよ。私は景麒との今後の付き合いを円滑にするために私自身を見せる気はなかった」
「それは……」
主となった人間に自身を見せる気はなかったと言われたことがショックだったのか彼の表情が曇った。
「でも、それではダメなの」
「主上」
景麒へと近づきその隣に立つ。そうして背の高い彼の顔を見上げて微笑みその腹を殴れば呼吸音とはまた違う吐き出される空気の音が聞こえた。
呻いて身体を九の字に曲げているために私を見上げる形となった景麒の視線がこちらに何かを訴えているようにも見える。
「何事も最初が肝心。そもそも遠慮出来るほどの余裕はない!」
「えっ……遠慮をなさっているようには思えません」
腹部を右手で抑えながら景麒が抗議してきたので見えるように拳を握っている右手を振り。
「遠慮してないの欲しいの?」
これでも一応は遠慮して本気で殴ってはいないのだけど期待しているのなら前世に教わったきりの体重を乗せたパンチとやらをしてあげなくもない。
「必要ありません。何故、そのような真似をなさるのです」
青ざめた顔をして半歩下がる彼に拳を下げる。この身体は成人もしていない若い娘のものなのだから威力はないのに大げさなことだ。
「ツッコミ?」
現実としては必要のないボケをしてくれる仁の生き物(笑)もしくは麒麟(仮)には必要なスキルだ。
ただ無意識に身体が苛立ちで動いたからというのが正しいが人間、一度してしまった行為についてのためらいは低いらしい。
それは私だけかもしけないけど少なくとも半身となった麒麟の腹部を殴るのに罪悪感が起きない。
「そのツッコミとは?」
「一種の交流方法。恭国の王と麒麟がしているとかしていないとか」
かつて読んだことがあるだけで本当にそうなのか確かめたことはないので曖昧に言えば景麒が首を傾げる。
「今後の私達の交流の仕方のうちの一つ」
「それはご遠慮させて頂きたいと……」
「却下!決定事項です」
自分自身の阿呆な行動のせいでダンボール箱を早々に取り上げられたのだと知らない彼に私はそう言い切ると椅子にいつもより乱暴に座る。
「景麒、座りなさい。勉強も大事だけどまずは相互理解を深めるとしましょう?」
言葉を理解するもの同士であれば話し合って理解してもらえばいいのだ。平和的な解決方法だと私が景麒へと座るように促がせば彼は何故かその肩を震わした。相変わらずの無表情だけど実は怯えていたりはしないよね?




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