王様になるけど好きにするよっ!
我が家に泊まった六太は景麒を見物しに来る人々が来るよりも早く彼が家を出たことであれから会話をしていない。
そもそも子どもとはいえど12、3歳ともなると異性として扱われるので、二人きりでの会話などは両親に叱られる。
前世のことを考えるとその違いに面倒なことだと思うが15年以上もこちらで暮していれば慣れてきた。人間とは馴れの生き物だと実感できる。
まぁ、ニート万歳とか言って部屋の中で生息していたので実際のところ見知らぬ異性と会話するのってあまりないことだったりするので不便を感じてはいない。
店での接客も多忙時期に多少は経験しているが私の話し方のせいなのか任されるのは年配のご夫人ばかりだったからね。
景麒の場合は私に運んできた死亡フラグのおかげで見知らぬ若い男であることとか関係なかったし、彼の目的が私なので二人きりにされるのは致し方がないのだと思う。
私は景麒が来るだろう時刻より少し早くに彼といつも会う部屋で珍しく待っていた。
普段は景麒が来てから呼ばれて部屋を出る私なので使用人達が不思議そうにしていたが今回はいつもと違うのだ。
今までは彼は呼んでもいない客、それも粗相をしてはならないという面倒な相手であったが今回は私は彼を必要としている。
元はといえば彼が運んできた災厄であったがそれに打ち勝つために今を捨てる覚悟を私は固めた。やっぱり止めようとなる前に思いっきりよくやりたいのだ。
「お待ちしておりました。台輔」
扉が開き金の髪を目に入れて出来るだけ自然に見えるようにっと笑顔笑顔と念じながら笑みを浮かべる。
「はっ?」
普段、慇懃無礼な態度で接していた私のその行動に使用人に案内されて入ってきた景麒の動きが間抜けにも声を出したままに口を開いた状態で止まった。
興味深そうに私達の様子を見ている使用人に視線を向ければ慌てたように頭を下げた。
「茶は私が呼ぶまでは持ってこなくても大丈夫よ」
言外にこの場を離れるように促がせば案内してきた使用人が戸を閉め去っていく。
「……どうなさったのですか?」
「どのような意味でございましょう?」
私の変わりように戸惑っているのだろうがそれだけでなく疑っているかのような視線は止めて欲しい。
「その、今日の貴方は妙です」
引き攣りそうになる笑顔を何とかそのままにキープ。
「台輔、私は王となる決心をしたのです」
「っ!本当ですか!」
確認の言葉に頷けば景麒が近づいてくる。そのまま契約という流れにされるのは望みではないので両手で止まるように示せば怪訝そうな表情。
「ですが、王となる前にお聞きしたいことと言っておきたいことがございます」
「何をですか?」
「昨日のことで何か動きはございましたでしょうか?」
「いえ」
景麒に首を振られることは充分に予測していたが残念な気持ちが起きる。
何が起きるとしても昨日の今日では難しいとは思ってはいたけどね。
「次の吉日までに今回の首謀者を見つけられるでしょうか?」
「それは……」
眉を寄せられたことで難しいことだと彼が考えているようなのは理解できた。
私としても簡単ではないとは思っていたので責める要因とはならない。
「今、私が王となることで不利益を被るだろう人は調べられるでしょうか?」
「不利益など」
「あるわ。王がいないことで好きに出来ている人って必ず居るはずよ」
素の口調できっぱりと言い切れば彼の顔が歪んだ。端整な顔立ちであるからそれすらも苦悩を浮かべる美形でしかないことに苛立ちを感じる。
今生の顔立ちは美人と名高い妹を持つだけあって悪くはないんだけど、暗い表情をすると気持ちより数倍は陰鬱さが出るし、泣いた後は目元が腫れぼったくなるんだよね。
「舒覚様は官吏を信頼していらっしゃらないのですか」
「そうよ。当たり前でしょう?」
責めるようなその言葉に私は頷く。信じられないとでもいうように目を見開く景麒の様子に意識せずとも笑い。
「会ったこともない人を信じられるはずはないじゃない。私は出来るだけ知りたいだけよ。味方か敵かどちらでもないかをね」
「……貴方は大人しい娘ではございませんね」
「一度も自分からは大人しいなんて一言も言ってないけど?景麒、私はね。死にたくないのよ。王となって官吏のせいで失道とか絶対に嫌」
私のせいで官吏は大きく入れ替わることだろう。それを良しとしない人物はたくさん居るだろうし、不都合であれば私を殺そうとする。
国を乱す王として討ち、彼らはまた前のように王が居ない世を作り出せばいいのだから!女王はやはり慶の国に安寧をもたらさないのだと言って。
「王として相応しい志なんて私には無い!景麒、それでも私は天命に選ばれた王だと言い私を王とするのなら私と共に死ね」
「死ぬ覚悟を持てと?」
「違うわよ。死ぬ覚悟なんて必要ない。私が倒れた時に貴方は私と一緒に死ねばいいだけ」
私が死ねば次代の王は陽子で自信の無い少女が苦難を乗り越えて成長し、慶の未来を明るいものとしてくれるはずだ。
そんな王を見出す可能性があるのはこの景麒で、私が短命な王として終われば彼女を選び出す。
「私はこの国のために麒麟を残してやろうなんてこれっぽっちも思わない自信がある。私が王となることで死ぬならたくさんの道連れを作ってやる」
「王とならないためのお言葉ですか?」
「馬鹿ね。王となるからこその言葉に決まってるでしょ?ここで言っとくから聞いてなかったなんて言わないでよ。私は死にたくないから王となったら失道しないようにやれるだけのことはするつもりよ。でもね?倒れる時は最悪の王になる。きっと、どうして私だけ死ぬのって色んなものを恨む」
話しているうちに感情が高ぶって涙が出てくる。腫れぼったい目になるし泣き落としみたいで泣きたくはない。
「あの」
泣き出した私に驚いたのか景麒がこちらへと手を伸ばすのが見えたが私はその手から逃れ。
「感情が高ぶって涙腺が緩んだだけ」
手で少し乱暴に目元を拭うが薄化粧とはいえど化粧をしているので崩れていそうだ。後で直さないと。
「私の言いたいことは死にたくないから最善は尽くすけど、失道したら道連れ作るぐらいの勢いで国傾けるからってこと」
「即位される前に失道の時の話をされるなど」
「不謹慎?それとも縁起か悪い?まぁ、どっちでもいいか。景麒がこんな私が王では嫌だと言うのなら別の王様を意地でも見つけてよ。そうすれば私は命を狙われることも無いし」
出来るものであればそうして欲しいのだ。天命っていうものに振り回されて今までの生活全てを取り上げられるとか理不尽すぎる。
王とは天の家畜のようなものではないかとまで思う。天という飼い主が望むように出来ればずっと生かされ、出来ないのなら処分される。そう考えれば麒麟は首輪か。
「貴方はそれほどに王になりたくはないのですね」
ここまで言わないと彼は理解できなかったのか。私が王となりたくはないと言い続けていたことを。
それとも王となる前に理解してくれたことを喜べばいいんだろうか。
「……なりたくない。でもね。それをこの世界は許してはくれないの」
私は命を狙われ続けることだろう。次代がすぐに見つかる可能性は低くても王とならないといい続けて麒麟が死ぬよりはマシだから。
「私は……」
「王として生きるしかないのなら好きなようにするだけよ。景麒、私を王とするのなら最低最悪の王を選んだ麒麟だと後の世に伝えられることは覚悟しといたら?」
好きなように生きて死んだのなら気分が晴れる気がする。
王として私が捨てなければいけないもの、我慢しなければいけないものは多いだろうけど出来ることなら捨てたくないし我慢したくない。
私が私として生きるうえで手に入れられるはずのことは手に入れてやる。それで失道したら景麒筆頭に色々と道連れだ。
「景麒、私とこの場で契約するかさもなくば一生私の前に現れるなっ!」
この場でどうするかを迫った。景麒が契約をするのをためらえば私は全速力で撤退を決め込む。
命を狙ってきた人間はムカツクが国の要職に居るだろう相手に個人では何も出来ないので命可愛さに逃げるだけだ。
この景麒が亡くなるまでは終われるだろうから10年ぐらいは逃げ回る覚悟を決めなくてはいけないけどね。
「天命を以って主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うを誓約申し上げる」
私の前に跪き、深々と頭を下げて伏す景麒。私だったらこんな人間を王にしようなどと思わない。
ああ、これが麒麟かと何故だか憐れみを感じる。
「……許す」
その言葉が終わると同時に体中に駆け巡る何か。ごっそりと抜け落ちた後にそれ以上なもので自分自身が満たされた。
これが人としての自分の死であり、王という名の神としての始まりの瞬間なんだろう。誰も哀しみはしない私の死だ。そう考えた時に意識せずに零れ落ちた涙が伏したままの景麒の頭上に落ちる。
落ちた涙を感じたのか景麒が顔を上げようとしたので私は彼が顔を上げる前に顔を背け袖口で拭う。
「主上」
身を起して立ち上がった彼が私の様子をうかがうように覗き込んでくる。泣いてるのは判りきっているかもしれないがここは見てみぬふりをしてほしいところだ。
仁の生き物であるという麒麟には難しいかもしれないけど、私としてはそちらのほうが大変にありがたい。無理に拭って景麒へと視線を向け。
「金波宮にはまだ行かない。あと契約したことは誰にも言わないで毎日顔を見せに来なさい。それと使令を一匹借りたいんだけど」
景麒の言葉を聞く前に自分の意見を言い切れば私の言葉に戸惑ったように視線を彷徨わせて。
「あの、金波宮には行かれないのですか?」
「言葉通り。結局のところは待つだけなんだから別にいいでしょ?」
「いえ、待っている間は王としての教育をお受けになられるべきでは?」
そう言われて確かにそうだと納得するが私の考えていることには都合が悪い。
「ならば景麒が教えて一日のうち数時間でもないよりマシよ。私はすることがあるの」
「することですか?」
一体何をするつもりなのかと問いかける景麒を睨み。
「私を殺そうとする人が他に出てこないか調べる」
王となったことでこの身体は多少のことでは死なないはずだ。毒物に対しても抵抗力が上がっているはずだしね。
「それは危険です」
「だから、使令を貸してって言ったの」
流石に一人で対処できるとは考えてはいない。そもそもこの作戦は王になってはじめて決行出来る自虐的過ぎる作戦。
だって、命を狙う人間がいなければ王になる必要がないのに王にならないと手が足りないとか本末転倒過ぎる。
「使令が居るからとて必ずしも安全とは言い切れません」
「だから王様になって死にづらくなってるでしょうが!」
ただの人間と違って普通の刃物だと死なないしね。流石にただの人間と考えている相手に冬器を持ち出しはしないと思う。
「……まさか、この為になったんですか?」
「まぁ、1割ぐらいは?」
命を狙われているからが8割、1割は犯人を捕まえるためでもう1割は逃亡生活は面倒だという考えのせいだ。
今のこの国は街の外では妖魔が結構生息しているらしいので夜とか危険だし、昼間でも会う時には会うらしいので現状維持が一番望ましかったんだよね。
両親共に自分で言うのも何だが親ばか入っているので大事にしてもらっていたし、私と花麗それぞれに良いところがあるとか言ってもらってた。この慶という国で二人の娘として生まれた私は幸せ者だった。
「私の記憶では王の即位を行う吉日まで三十日ほど、最低でも十日前までには金波宮にお越し頂きたい」
深々とあからさまなため息をつかれたが意外なほどの譲歩に頷き。
「二十日程度ってわけね……それで手を打っとく」
契約してすぐの吉日を待ってだから長い方ではある。その間に何も進展がなかったら一先ずは諦めて王になった後に探すとしよう。
私の命を狙って何も無いとか絶対に許さない。私の平穏を壊した報いは必ず受けてもらうから。