庭先でのお手軽な出会いは誰のせい?
しばらくして景麒が戻った後に父に話をしに行った。妙恵に用事を言いつけたが戻るはずの時間になったも戻らないと。
嘘でしかないが妙恵は戻ってこないだろうことは確実であるので外に出したことを言ったのは私の命で外に出たのなら父は彼女の家族に多少の金を渡すだろうからだ。
父に話した時にはもう夕刻に近く、日が落ちれば妖魔の活動は活発になってくるために街といえど人を探しに行くことなど自殺行為となる。
今日は彼女を探せず探すとしたら明日、これで彼女が見つからなければ妖魔の被害にあったと父母や使用人達は考えるだろう。
彼女に頼んだ人間は逃げたと考えるかもしれないがたかだか小娘一人と見逃す可能性は低くはないと思う。
可能性は低くとも彼女が生き残る道はあるし、私が渡した物は安物ではないから一か月分ぐらいの旅費にはなるはずだ。
使令が隠匿してついていれば命の危機といった事態に対処してくれるかもしれないとかは他力本願だけれど、毒殺犯として彼女を捕まえるのは気分的に嫌だった。
この世界はかつて私が暮した日本よりも命は軽い。王となってはいなくても王候補である私を毒殺しようとした彼女は捕まえられれば命は助からないと解っていたからだ。
人の死の原因になりたくないどと卑怯だとは思うが生き残る可能性を示しただけマシだと思いたいし彼女もまた被害者だとも思うのに彼女の行為を許して守ってやろうとしなかったあたりが自分自身の小ささを表している。
今の私平穏無事の人生は遠い。王となったほうが今よりもマシかもしれないほどだ。
夕陽によって赤く染まった空が徐々に夜へと移行する様を庭に出てぼんやりと眺める。
完全に日が落ちるまでには部屋に戻らないとっとは思ったが今の時間に庭には誰も出て来ないだろうからこそ私はここに居るのだ。
「……はじめから選択なんてない」
日本語で呟いたのは誰にもこんな弱音を聞かれたくなかったからだ。王になりたくないと言ったところでこの世界はそんな私を許さないことに私は苛立っていた。
王に断られた景麒は死ぬことになり、また新たな麒麟誕生まで待たねばならそれならば王とならぬ人間を殺して新しい王を選ばせたほうが国のためにはいい。
それを理解は出来たが殺されそうになってはじめて私はもう平穏無事に過ごすことは出来なくなっていたという事実にやっと気がつくとは遅すぎる。
平穏無事に暮したいのならあの日、景麒が立ち去ってすぐに私はこの街から逃げ出すべきだったのだ。父母のことも妹のことも忘れて私一人だけならもしかしたら平穏な生を生きられたかもしれない。
「私は死ぬしかない」
「死ぬって物騒だね。姉ちゃん?」
誰も居ないからと呟いていた声に答えたのは聞き覚えのないまだ声変わりをしていない少年の声。
声の方を見れば植木の間から姿を現した髪に布を巻いた少年、彼を見て思い浮かんだ可能性に私は眉を顰める。
「どうしてここに?」
先程までとは違ってこちらの言葉で私は話す。
「景王になる人っていうのを見てみたくって……ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落とすその様子はただの子どものようだが日本語とこちらの言葉を違和感なく理解できている時点で彼がただ人ではないことが確定している。
とはいえ、彼は理解できるがために私が日本語、蓬莱の言葉を話したという事実に気付いていないことは幸いだったのかもしれない。
今は妙な知り合いは増やしたくはないので彼には私の変わったところに気付く前に去ってもらおう。
「もう忍び込んだりしたらダメよ。直に日が落ちてしまうわ。家は近いの?」
「家は別の街、今日は宿に泊まるつもりだったけどちょっと遠い」
子どものように話す彼の言葉に私は頷く。この騒ぎで家の近くの宿屋は満室だろうし、他の宿屋だっていつもより部屋は取りづらいはずだから部屋が取れたのならまだ運がいい。
「なら、早く宿に戻らないと」
「うん……あのさ、死ぬしかないってどういうこと?」
戻るように促がした私の言葉に頷きながらも少年は自分が知りたいことをきいてくる。
徐々に日が落ちて少年の表情すらわからなくなっていくが彼が私を見ているのだけは判った。
「王とならねば私は殺されるから……」
「だったら、王になったら?」
「王となったら私が望む生き方は出来ないわ。人としての私は死ぬんだもの」
王として生きるよりも人として生きたいと告げる私に彼は息を飲んだ。
「だから死ぬしかない?」
先程よりも幾分か落ちたその声は妙に老成したように聞こえたのは私が少年を彼と思っているからか。
「ええ、死ぬしかないでしょう?」
私が望む生き方は限り無く無理に等しくなった。小さくはない商家とはいえど私を守るほどの力などあるはずはないし、そこまで父母に求めるのは酷だ。
死にたくないのならば王とならねばならないと理解出来たし、そうしたら私が望む未来は訪れないとも理解してしまっている。
「でもさ。死ぬよりも王様になってみたら?もしかしたら良いことあるかもしれないよ」
彼の言葉に私が考えていることを誤解していることに気付いた。どちらを選んでも私はある意味で死ぬことになるのならば王になろうと考えていたのだ。
僅かでも安全な生き方が出来るのなら王になって身の回りを強固に守ってもらおうとか考えていた私としては彼の言う望む生き方が出来ないから人として死ぬとか儚い考えはない。
心配してくれているのだろう彼には申し訳ないが私は殺されるぐらいなら王様になって私を殺そうとした人間の始末をつけるほうを選ぶ。
その阿呆な人間がことを起こさなければ私のトンズラ計画は実行に移されるはずだったのに……
「貴方は私が王となったほうがいいと思うの?己を優先する女でも……」
「王がいれば死ぬ人が少なくなる」
王が必要だという彼に私は思わず吹き出す。
「正直者ね」
彼が言うように王がいるだけで国は安定の方向へと向かう。ならば疲弊した国を救うためには王の即位が最も効果的だ。
「なぁ、どうして王になりたくないんだ?」
笑われたというのに彼は気分を害した様子はなく私にまた問いかける。
面白くはなかったが思わず笑ってしまったお詫びだと思って私は素直に答えることにした。
「ただ穏やかに生きたかっただけよ。共に生きる人を見つけてその人の子どもを授かって……なんて贅沢な夢かしらね」
王となれば望むことは出来ない夢。まだ私に夫がいれば子どもは授かれたかもしれないが私は未婚だ。
心に決めた人も居ないから王になる前に夫となってくれるように頼む人間もいない。
前世と同じように今世でも私は未婚で子どもを授かることはないのだと思うと残念な気もする。
「夫ではないけど麒麟は半身だ。ずっと共に生きるし民が子どもになる」
「……一番の望みは穏やかな人生のほうよ?」
私の夢は叶えられないと諦めはしたものの彼が夫の代わりの麒麟、子どもの代わりに民と言ったので最も望む願いを言えば。
「王ならそれは自分で整えるもんだ」
「そうね。貴方の言う通りかもしれないわ」
無理というような返答がくると考えていたのに彼からは自分で整えるようにと言われて納得できた。
誰かに強要される生き方を嫌っても人生というものは結局のところはずっと好き勝手には生きられない。
それならば自分にとって望む生き方を貫くためにはただ流されるのではなくそのための努力が必要だ。
面倒臭いという思いはあるが流されれば私の知る予王のように短命の王となるだろう。
「貴方の名前を教えてくれるかしら?私は」
ほんの少し前まで知る気はなかった名を問う。
「六太」
予想通りの名で、彼が髪を隠す理由はその金の髪のためだ。
日が落ちて暗くなってしまったのでそこに人が居るという程度しか見えない。
「今夜は泊まっていって、六太。お連れの方がいるのなら明日の朝知らせるわ」
夜に出かけることの怖さは噂に聞くだけだが空を飛ぶ妖魔には塀をどれだけ高くしても通じないのだ。
そのために日が落ちれば人々は外に出ようとはしないし、外出先で思ったよりも時間を喰ってしまったのなら泊まるのもおかしいことではない。
「連れはいないからいいけど迷惑だろ?」
「無断で忍び込んだのに泊まるのは遠慮するのね」
「うっ……でも、準備とか」
彼の正体は麒麟、下手な妖魔には負けるはずがないが私はそれを知らないのだ。
小柄な少年が好奇心で王となる人間を見に来て私と合い話しこんだがために日が落ちた。
「商談に来た方に泊まって頂くように普段から整えている部屋が今夜は空いているの。私が貴方を引き止めたと言ったら反対されないでしょうし、普通の人は外に出ない時間だもの」
「それじゃあ、今夜はお世話になる」
手招きをすれば六太は近づいてきたので室内へと案内する。
誰にも言うつもりはないが二国の麒麟が訪ねてきた店とは珍しいだろう。
それが衣服を買い求めて来たわけではないのだとしても……
「父と母に挨拶をしてね。私が庭先から貴方に声をかけたと説明するわ」
「それはが叱られないか?」
声をかけたのは彼からだが私からのほうが迷惑度は上がる。
言葉遣いは粗野に聞こえるけど立ち居振る舞いは長年の成果か気品があるようにも見えるしね。
「話し相手になってもらったもの」
近頃は部屋の中で計画を練っていたら塞ぎこんでいると周囲の人々には誤解されていたので話し相手として気分転換が出来たのならと両親なら考えてくれるはずだ。
考えなしに子どもを引き止めたことは叱られるかもしれないがあまり強くは言われないと思し、それにある意味では私の恩人?なので多少のお叱りぐらいは受けておこう。
私の思考を変えてくれた彼には多少は感謝の気持ちを表しておくつもりだ。他国の麒麟に会うような機会はあまりなさそうだしね。