美形に跪かれた。そんな趣味はないので止めてみた。
着替えてより華やかな姿となった花麗に連れられて私は店先へと出て行く。
姉さんは君の引き立て役になるのはいつもは構わないんだけどさ。流石に今日だけは勘弁してくれると嬉しい。
景麒と思われる金髪の男へと近づいていく花麗の名を呼んで留めようとする使用人達。
危のうございますって君達、もしかして彼が麒麟だという可能性を認識していないの?
あれ?そういえば金髪は麒麟とか考えていたけど普段の生活で話すような話題でもないし普通は知らないことなのかも。
「良いのよ。その方は私達に御用がおありのご様子」
ざわめく周囲の人間を余裕を持ってあしらう花麗。
彼女に隠れるように後で身を隠す私だが普段から花麗の斜め後ろあたりで大人しくしている私はデフォルトであるので周囲の人間は違和感を感じていないみたいだ。
いや、そもそも金髪で妙に威圧感がある無表情男のせいで周りを観察するような余裕を持つ人間がいなさそうだけどね。
「間違いない。ようやく此処に来ることが出来た」
仁の生き物っていう設定はどこにいったのかと訊ねたいくらいの無感動っぷり。
麒麟は王の傍にいることが喜びらしいが表には一切出てないのが逆に凄いな。
「……さぁ、姉さんは離れて」
男の言葉に花麗がそう囁いてきたので私は頷く時間も惜しいほどに花麗と金髪男から離れる。
「台輔でいらっしゃいますね。舒の娘、栄にございます。こちらは姉の覚。どのような御用でございましょう」
「主を探してまいりました。ようやくお会いすることが出来た」
20年も王様を待ってたって話でしたね。
王子様が現れるお姫様をしててても王子様が来ないから自力で探しはじめたんだから待ち遠しかったことだろう。
「お聞きになったお姉様!主ですって一体何のことで……姉さん?」
花麗、姉さんを探さないでほしい。
二人のやり取りを固唾を呑んで見つめている周囲の人間の隙間をぬって離れていく途中なんだ。
「お待ちを!」
凛とした声が背後から聞こえたが無視だ。
「えっ、台輔?」
「通しなさい」
呆然とした妹の声と威圧感たっぷりな声に人が割れる様子に振り返ればこちらへと歩いてくる男が見える。
声と同じように呆然とした様子の妹がこちらを見つめている様子に胸が痛んだ。
私は彼女が嫌いではない。あの子が生まれてからずっと私はあの子の姉だった。
天才肌な彼女が自分より劣る姉に優越感を感じていようとも根は優しい子であるのを知っている。
私が困っていたら呆れたように『姉さんだもの仕方がないわね』と手を貸してくれた。
その美しい顔が彼女が生まれてきてからずっと知っている私ですら見たことがない表情を浮かべている。
「……通して」
一歩ずつ確実に近づいてくる金髪男から逃れようとしたが、男の雰囲気に呑まれた周囲の人間は私の思うようにはいかない。
そもそもどうして、こいつの言葉に動くわけ?半数はうちの使用人じゃないか。
この場を離れることが出来ないままについに男が私の近くに来てしまった。
余所見をして妙なことをされては敵わないと睨みつけるように見ていてたら
私の目の前にいる男が自然な動作で跪き頭を垂れようとする様に思わず金髪を掴んだ。
ぶちぶちっと数本の髪が抜けるような音がしたが麒麟が禿げることもないだろうと気にしない。
ここを連れ出してくれるなら誰でもいいと確かに思ったがお前は要らん。
「っ……何を」
「姉さんっ!」
二つの抗議の声を耳にしつつも私は彼の髪を離さなかった。
艶やかなその髪が手触りが思いのほか良かったこととは関係はない。
「立って」
元よりざわめいていた周囲がもっとうるさくなった。
金髪の男が威圧感たっぷりに存在しその用件がわからず、
話しかけようにも男の様子に気後れしていたら家の娘達が応対したと思ったら、
上の娘が普段考えられないような行動をとっているのだから驚くのも無理はない。
「台輔、私、お断りします」
彼の誓約の言葉を聞く前に私はきっぱりと言い切ると手を離して男が開けた道を進む。
普段と同じようにゆっりとした口調だが強めの発音のためか断固とした声に聞こえたのでまずまずだ。
「そうです!……恐れながら台輔。姉は王となれる人ではありません」
「花麗」
彼女へと近づいてやっと私は見たことのない表情の意味に気付いた。
花麗は王へと選ばれてしまった私に嫉妬しているのだ。でも、確かに花麗の言葉に私は頷きこそすれ否定することは出来ない。
「それでも私が頭をたれるのは貴方だけだ」
背後からの言葉に振り返れば立ち上がり彼はこちらを見つめていた。
見目麗しい男性に貴方だけと言われるとは何て夢のようなシチュエーションだろう。
これが我が家と同じぐらいのお金持ちの家で商才ある若者であったのなら万々歳だったのに。
脳内でかなり残念なことを考えていると景麒が近づいてきていたので花麗の後ろへと隠れる。
彼女に悪いという気持ちはあることにはあるがここで誓約を言われるのはごめんだ。
「台輔!何かの間違いでございます」
「いいえ、間違いではありません」
私の前で麒麟の前に立ち塞がる花麗とやっと状況が飲み込めてきたらしい周囲。
その中に両親もいて花麗の言葉に口々に訴えはじめた。
「そうでございます。は大人しい娘、王として責務が務まるとは思えません」
「花麗の言うとおり何かの間違いではありませんか?」
妹はともかくとして両親共々、おまけに使用人達まで頷いている。
ちょっ、そこまで言われると自分がダメ人間だというのが身に染みるから止めて。
庇ってくれているのかもしれないが家族が口を開くたびに心が抉れていくんですけど。
「天命がこの方が次の王だと告げているのです。間違いであるはずがありません」
王にはなりたくないが迷う様子のない君に少しばかり好感もてたよ。景麒。
だからと言って自分の死亡同意書にハンコを押すようなマヌケではないので王になる気はない。
煌びやかな衣装が着たいわけでもないし、かしずかれて日々を過ごしたいわけでもない。
望むのは心穏やかに怠惰な日々を過ごすことというダメ人間なんだ。
その私の未来計画には女だと馬鹿にしたり、裏で極悪非道な行いをしている部下を持つ予定はない。
「台輔、私は王の器ではありません。どうぞお帰り下さいますよう」
天命に背くのだと告げている私は天に唾を吐く行為であるだろうが天命によって王となれば私は人として死ぬことになる。
婚姻も結べず老いることもない身体へと望んでもいない玉座に長々と座らせるために作り変えられ、そして天に不必要となれば捨てられる。
「いや、天が選んだのは貴方だ。王となる才を貴方はお持ちになられている」
民の望みである麒麟。美しい金色の人の形をした獣。
ただ一人を主とし、その主を人から王という生き物に作り変えてしまう存在。
「……私には無理です」
景麒に背を向けて私は自室へと戻るべく歩き出す。
「舒覚様、どうかお待ちを!」
彼は花麗の名乗りをちゃんと聞いていたのかそれならば自分も名乗りかえすぐらいは……つい無駄なことを考えてしまった。
景麒に名前を呼ばれるとは思っていなかったがために立ち止まってしまった自分に舌打ちをしたくなったが堪え、大変に失礼なことではあるが首だけ振りかえり。
「私は人なのです。台輔」
そう言い捨てて私は歩みを再開した。
予王は彼を愛したがゆえに国を傾け、愛したがゆえに麒麟を救った。
そこに行き着くまでに予王と景麒の間に何があったのかはわからないし知る術もない。
私が予王となるはずの女性に転生している時点でそのようなことは起きないだろう。
ほんの少しばかり知っていた未来は私自身が生まれたせいで意味のないものと成り果てた。
だが、きっと起きるだろう未来のために私は王となり死を選ぶことはしたくない。
今の私の状況を知る人がいれば王となってより良い未来を目指せと思うかもしれないがそれは無理ゲーというものだ。
確かに十二国記で景王となる陽子よりも恵まれているかもしれないが所詮は政治のせの字も理解出来てない女だ。
そんな女に数十年どころか百年単位で経験豊富な老猾な野郎共を相手に太刀打ちできようはずがない。
味方となる人間を知っていたとしてもそれは彼女だから味方になった人かもしれないと思えば頼りに出来るはずもない。
……解ってる。そんな風に色々と理由をつけて私は卑怯にも逃げ出す最低人間なんだってね。
民のことを少しでも思うのであれば私は王となって少しでも妖魔を減らすべきだろう。そして、景麒にこう言えばいい。私が二十年もしないうちに倒れたのなら蓬莱に行けばいいとね。
ああでも陽子はあの辛い旅を経験しなければ王の才を開かせることはなかったかもしれない。そうなれば短命な王が続くことになるのか。
本当の民のことを思うのであれば私は知っている予王のような行動を取るべきだとでも?
嫌だ。それはとても嫌だ。私は死にたくはないし生きていたい。寿命まで生きて可愛い孫に見送られるのが夢なんだ。
将来はニート万歳とか思ってても20歳になったらもう少し真面目に働くつもりだった。
それまで書物に埋もれてたのは知識を付けるためで商売に何か役に立つだろうと少しは思ってたんだ。
両親に面倒を見てもらってるんだから成人したら少しは楽をさせてあげないとって……。
『天め落ちろ』
誰もいない廊下まで出たところで思わず前世の言葉で呪いの言葉を吐いた。
私の人生計画を狂わした天帝様とやらに恨みの念を向ける。
本来の舒覚を私という存在が塗り替えてしまったのなら王の才とか無くなってるんだろうから選び直せよ。
面倒だったのか?だったら、このようなシステムで国を運営させようとするな。
天帝の住処、本当に落ちるか木っ端微塵にでもなって消えてくれ、マジで。
……これからどうしよう。皆の記憶が今日一日分だけ消えたりしてくれないかな。