舒覚は逃げ出した!しかし回り込まれてしまった!
私の名は舒覚、字は。妹は舒栄、字は花麗。
両親は堯天にほど近い街で着物を扱う少々大きな店を営んでいる商人だ。
それゆえに王がいない慶東国であっても命の危機をそれほど感じることもなく過ごすことが出来ている。
地獄の沙汰も金次第とはいうが妖魔が跋扈する国でもそれは通じるようだった。
今の私として生まれてきてからこれまでが思い出されて私はため息をついた。
私がかつて生きていた元の世界でこんな話をすれば今の世界が何なのかを答えられる人が居たことだろうと思う。
残念なのか幸いなのか私もまたその一人で景王こと陽子がまだ統治していない景に生まれてしまった。
確か彼女が統治する前に女は要らないって景麒に惚れてワガママを言う予王という女王が統治するはずと思い出し、
女性すべて国外追放とか勘弁してほしいとか思いつつもいつでも大切な物が持ち運び出来るように密かに準備をしていた。
我が家は母、私、妹と四人家族のうち三人も女だから父もきっと移動するはずだし使用人も一緒かもとか考えて頑張った。
実はそれも無駄な努力であったと知ったのはつい先程だ。
いや、まだ望みはあるはずだ。きっと、たぶんとガクブルしつつ思い起こされるのは今生で最も古い記憶。
それは生まれてすぐ母に抱えられた瞬間でその時私は恐怖のあまりに大泣きした
ごく普通にただ生きていたはずなのにいきなり意味不明な言葉を発する人間に抱え上げられて怯えたのだ。
あの時の恐怖を思い出せば何だって色々と出来た……流石に今回は無理か。
早々と諦めると私は準備していた荷物から自分用として最低限に用意していた物をまとめていく。
店先が騒がしいので本来であれば注意すべきだが話すことが苦手な私は注意できんし、下手に見に行けない事情もある。
転生チートとかなくて新しい言葉を覚えるのに一苦労したのだ。
話を聞くだけならほぼ完璧だと思うけど発音が難しくて話すのは苦手な私はあまり喋らない。
喋っても間違えるのが怖くて一つ一つの発音をしっかりと喋っていると話すのが必然的に遅くなるし、
そうすると気が短い人はイライラするからそういう態度取られるとこっちもムカツクからと
自分から喋りかけたりしなかったら周囲には大人しい娘だと思われているようだった。
そう思われていれば変に絡んでくる馬鹿もいないから好都合と私自身も大人しいふりをし、
街一番の美人と噂される綺麗な妹は何事もそつなくこなす天才肌で性格も積極的な娘だったので
私の残念な本性に気付く人間がいなくて万々歳な日々を過ごしていた。
だって、自分の部屋で本読んだりとか好き勝手に過ごしてても叱られないなんて前世では考えられないことだ。
大抵はそんな素敵な日々を過ごしていたこことわかれるのは大変に心残りではあるが私の人生のためには逃げ出すのなら今のうちだ。
「姉さん、店が騒がしいけれど理由を……」
慌てて荷物を詰め込んでいいたらノックもなく入ってくる我が今生の妹である花麗。
いつもの如くばっちりとめかし込んだその姿は字の通りに花のように麗しいが今日はその美を観賞している時間は無い。
「何をしているの?姉さん」
彼女が入ってきてからも荷袋に荷物を詰め込む手を休めない私に彼女が不思議そうに声をかけてきた。
表の騒がしさよりも普段とは違う私の様子のほうに気をとられているあたりが、何のかんのと彼女は私のことを気にかけてくれていると思う。
彼がこの店先に現れた事実によって彼女のことを少しばかり色眼鏡で見そうになっていた自分を反省しつつ纏めることが出来た荷物を背負い。
「花麗、姉は旅に出ます」
「いきなり何を言っているのよ姉さん。それにその格好で旅なんて無理よ」
着替える時間がないので実は部屋の中で過ごす時ようのゆったりとした衣装だ。
花麗が来ているものよりも質素だがこれもそこそこなお値段がつく。
ドアの近くに立っている花麗の近くに立ち、自分より背の高い彼女を見つめ。
「途中で着替えます。花麗、父母にお世話になりましたと伝えてください」
父母はただ今、店先の騒ぎのためにお店のほうで慌てている最中なので会いにいけないのだ。
落ち着いたら旅先で手紙出すので今は黙っていくことを許してほしいと心の中で謝罪して横を通ろうとしたら花麗が腕を取り。
「姉さん!本当に何があったの?何か嫌なことがあったのなら聞いてあげるから」
若干、上から目線な物言いながら妹の瞳は心配そうに揺れている。
彼女は人と比べることで優位を保とうとするところがあり、大抵は歳が近くそして姉である私が対象だった。
小さい頃から彼女にそういうふうに対象物扱いされているのは知っていたが嫌われているわけではないと判断して放置していた。
だから、彼女が私をこれほど表立って心配するとは思ってもみなかった。
「面倒なこと、店に金色の髪の人が来ています」
多少の説明はしないとダメかと表に来ている人物を告げる。
「金色の髪の人?」
「台輔です」
この慶東国の希望である景麒。仁の生き物である麒麟がそこに証である金髪を隠しもせずに立っているのだ。
自分が知る小説の世界によく似た世界に転生してから金髪なんて見たことがなかったのに自分の家の店の前にいるという事実に驚いた。
そして、そこでやっと思い出したことがある予王は謚号であり生前には別の名前があったはずで予王には偽王となる妹が居た。
予王や偽王の名を覚えてはいないがもしも私が予王である存在であったのなら景麒は私に王気を感じてきたことになる。
「麒麟が」
「ええ」
ただの転生トリップだと思ったら予王成り代わりだったなんて悪夢か。
自分に王としての器などないことは百も承知しているので選ばれる前にトンズラである。
これで私が予王でなくてただの勘違いでしたとかだったら頭を下げて家に帰ってくる気満々である。
私は楽して生きたい派だ。将来的には我が家と同じぐらいの金持ちの人と結婚したい。
「この家に王気があったということね」
「そうね」
周囲との会話のために同意の言葉だけはすぐさま言えるので適当に同意しておく。
「こんな格好では会えないわ!着替えないと……って、姉さん!」
何故に着替える必要があるのかと思ったが彼女が浮かべた蠱惑的な笑みに気付いた。
なるほど、確か花麗は昇山するべきではないかと珠晶みたいなことを言っていた子だ。
王になれると良いねとけっこう切実に思いつつも私としては万が一のことを考えて逃げるというのに花麗の手は私の荷物を掴んでいる。
「離して花麗」
後ろから引っ張られるとこけそうになるから勘弁してほしいんだけど。
「だから、どうして旅に出ようとしているのかと聞いているでしょう」
「後ほど説明します」
手紙を書くんで今はほっといてくれ。
「姉さん、麒麟が我が家に来て下さっているのにその家の娘が旅に出るなんて出来るわけないでしょう」
私としては自分に対しての死神の死者なのだとしたら勘弁してほしい。
それとね姉さんは景麒を敬う気持ちがあるのなら台輔と呼ばないとダメだと思うんだけどな。
「さぁ、姉さんも埃まみれなんだから着替えて」
花麗の綺麗な笑みが悪魔に思えるのは何でだろ?助けてママン。
でも、その肝心なママンは景麒出現に慌てて役に立たないんだった。
花麗に無理矢理着替えさせられ、その後は花麗の着替えを手伝わされた。
化粧臭いお部屋は苦手って実は思ってたんだけど言ったことなかったね。
伝えてたら姉さんのこと放置して着替えてくれた?
ああ、もう!誰でもいいから私をここから連れ出してくれ!