夢の歯車

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オラクルから緊急の連絡が入ったのは仕事の後に一息ついたところだった。守護者としての仕事かと思いつつもそれにしてはオラクルから伝わる怯えといった感覚はない。
疑問に思いつつも推測するより情報を得て状況を把握することが優先だろうとオラクルへと通信を繋ぐ。
「オラクル、どうした?」
『オラトリオ、大変だ!がいないんだ!』
「何だと」
彼女を滞在させている部屋はORACLEの内部であり、オラクルの管轄下だ。そこから出ようとすれば彼は瞬時に察知するし、彼女が部屋から出る時にはオラクルは彼女を出迎えるようにしていた。
オラクルとしては監視する気はなく、滞在する客人というものに張り切っていただけではあったが目を離さないほうが俺としては好都合であったので何も言わなかった。唯一、彼女と二人きりの接触のために離れているようにと言った時以外は……
『部屋に居るはずがいつの間にかいなくなっていたんだ』
「いつの間にか?」
『うん』
オラクルに知られることなくORACLEを出た。逆を言えば彼女はORACLEへと俺達に知られることなく入ってこれることになる。
ざわめく心を押さえつけながら消えてしまったという彼女のことを考えれば、最後に会った時の怯えた目を思い出す。
「すぐに行く」
『わかった。待ってるよ』
電脳空間に戻るために準備をしながら、彼女をまた探すことになったことに頭が痛くなる思いだった。
彼女はORACLEに、俺達に致命的な存在であれど見た目はただのか弱い女性でしかなく彼女自身の感覚としてもそうでしかないのだろうとは思う。
彼女の言い分を信じるのであれば彼女は自身の特殊な能力を把握してはいないからこそ、俺は彼女を信じようとも思わない。
己の力を把握していないなどと味方としたとしても頼りにはならないからだ。そして、彼女の力によって俺達に致命的な損害を与えることが出来るが知っていれば警戒を解くことは出来るはずがない。
「何故、逃げた」
俺の行動が原因の一つではあるだろうが彼女の立場を考えればORACLEから出ることは許されることではなかった。
彼女をデータとして誰かが持ち去ったという可能性は限り無くゼロだ。それはORACLEのセキュリティだけでなく彼女自身は自覚していなくともデータ改ざん能力は凄まじいものがあるからだ。
彼女に試しとして渡したデータは中身は料理のレシピで重要なものではなかったがそれを護るためにかなり強固にプロテクトをかけていた。それを物ともせずに彼女は壊れるだろうという思い込みによって壊したのだ。
人間というものが己の力以上のことをしようとしたり、逆に己の力を活用しようとは考えなかったりするのは知っている。
作られた存在である俺達と違って、何をすればいいのか何をするべきかなどと明確なものを与えられていないがためにそれを間違いであると決め付けることも出来ない。
間違いだと言うことは簡単だが、その基準もまた人が作り出しただけで多くの人がそれに従っているために正しいとされているに過ぎない。それゆえに人に真に正しいことなどはないのではないだろうか?
結局のところは人は基準がなくては人らしく生きられず、人に作られた俺達はプログラムという基準によって動いている。俺達の存在を脅かす彼女を俺は警戒し続けるしかない。

だからこそ、この心を彼女が占めるのだろう。ORACLEから、自分の元から去ろうとした彼女を連れ戻さなければならないと。
敵となれば厄介な存在だ。電脳空間に居れば何とかなるが、現実世界で彼女と対峙することになれば人であるがために俺が彼女を害することは出来ないからだ。
するべきではなかったと判断した彼女を見ようとした試みだが成功としたのなら、彼女が何処にいるかをすぐさま把握出来ていたのかもしれない。
「俺はお前を必ず探し出す」
かつて奇妙な報告を無視できないと追った時とは違い彼女自身を知ったからこそ、今は彼女を見つけ出さなければならないと考えている。
この世界でただ一人だけを探すという己の行為は、まるで恋に焦がれる男のようで自分のキャラとしては合わないだろう。
人が自分に思うほどに己は女ったらしというわけではないと認識している。美しい女性に声をかけることは礼儀の一つというよりも、己の本性を隠す技法だ。
自分の役目上、人との対話を好むようにプログラムされているので確かに女性との会話は楽しいが男性との会話が楽しくないというわけではない。
ただ自分の見た目から女性から好印象を持たれ、会話も友好的なので裏を考えずに出来る会話という点で女性との会話は楽しいという割合が多いので女性に声をかけていただけだ。
男と会話するよりも女性と会話するほうが楽しいというのは自分の経験上であるが、彼女はそれには当てはまらなかった。まずは彼女への接し方というものをまずは構築しなければならないようだとダイブ・インの準備を整えて目を瞑り思う。
怯えた目よりも最初に出会ったときのように真っ直ぐに俺を見たあの瞳のほうがいい…――





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