夢の歯車
〜26〜
「オラトリオ」
自分の名を呼ぶその声の響きに非難の色を感じるのは気のせいではないだろう。相棒であるオラクルへと視線を向ければ咎めるように睨むように見てくる彼と目が合う。
「二人きりにしてくれと言ったと思うが?」
彼女と話がしたいからとオラクルには違う場所に移動していてもらったはずだ。近くにはいないのは確認もしていたのだがいつの間にやら自分にわからないように戻ってきていたらしい。
「私もそうするつもりだったよ」
「なら何故、此処に居るんだ?」
彼が戻ってこなければ自分は彼女が本当にデータとなっているのか確認するはずだった。
何が起きるか彼女の身の安全すら保証さえなかったというのに俺はそうしていただろう。
得体の知れない彼女が此処に居ることに納得できていない自分自身の不安感のために……
「私にもわからない。でも……そうだね。人が勘っていうもののためかもしれない」
オラクルが首を傾げて答えたことに背筋が凍るような思いだった。
「勘など、ただの統計だろう」
「だとしたら、オラトリオの様子が変だったからだ」
「俺が?」
俺はいつもと変わらないはずだ。
「ああ、のことを怪しいって思っているだろう?」
「事実だ」
常に敵になるかもしれないという可能性を考えて俺は行動している。それは明らかに敵対する必要がない者でも心情的に味方であると俺自身が考えている相手でも変わらない。
相手を信じていないからではなく、俺自身の役割がためにそうするべきことで今までそうしてきたことだ。
そのことに悩んだことがないとは言えず時には……いや、今でも俺は本当は誰も信じることが出来ないのだと考えている。
オラクルを疑うことはないがそれは彼がORACLEであり、俺もまたそうだからで逆にそれ以外の相手を疑っているということだ。
「でも、それを表に出すのは珍しいんじゃないかな?」
「そんなはずは……」
オラクルの指摘に否定しようとして行動を振り返り否定できない事実に固まる。先程の行動とて本来であれば性急過ぎる行動で、まだ他にもとるべき方法はある。
幾通りも浮かぶそれに額に手を当てて、どうしてこのような性急なことになったのかと自分の思考を思い返していく。
クワイエットに会うまではここまで急ぐ気はなかった。では、彼が何かをしたのか?……そのような事実はなかった。
彼女の特殊性にばかり目を向けていて、自分の中に起きている矛盾を軽視し過ぎていた。俺の役割はこのようにあからさまにことを運ぶようなものではない。
それでは俺は異常なのか?そう考えて否定できない己に気づく、オラクルのスペアであることに常日頃から重圧を感じているのだ。
普段はそれを無視する術を掴んではいたが時に俺を蝕むそれは気づかぬうちに自分を変質させている可能性だってあるだろう。
「何だ。余裕がないって自覚なかったのかオラトリオ」
幾度か頷きながら納得したように頷くオラクルの姿に八つ当たりにも似た思考を抱いたが俺のこの重圧を相棒として一番理解し、守られる立場に居るために理解できない彼だからこそ俺が真実狂ったとすれば察することは出来るだろう。
今の俺に余裕はないと感じているようだがそれ以外のことを何も言わないのであれば問題はないだろうと判断し、オラクルには肩をすくめてみせ。
「いつでも包容力溢れる男だぞ。俺は」
「に関しては駄目っぷりが上だけど」
客人ではない俺に対しては遠慮がないがいつも以上に容赦がない言葉に相手を見れば。
「私は怒っているんだよ。を預かっているのはORACLEだ。つまりは彼女は私と君の客人でその安全には配慮すべきだ」
オラクルの言葉に反論は出来ない。彼女は自分自身の意思でここに居るわけではない。また選択としてはORACLE以外、例えばカシオペア博士のところに預けるという方法もあった。
彼女は優秀な工学者ではあるが引退しており第一線からは退いているのでその情報の重要度はそれほど高くはない。だというのにORACLEの預かりとしたのはオラクルからの提案ではあったといえど自分もまた最終的には賛同したのだから彼女は俺の客人でもある。
「……すまなかった」
「うん、後でにも謝っておくんだよ」
先程、去られた時の表情が浮かびそこに怯えがあったことを思い出し無言で頷く。許してくれるかどうかはわからないが謝罪はするべきだろう。
「あの様子だとしばらくは出てこないかもしれないけれどね」
彼女のプライベートスペースへと続く扉は閉じている。入ろうと思えば俺やオラクルは入れるだろうが謝罪する相手にするべきことではない。
「出てくるまで待つさ」
頷いたオラクルは納得したのか作業へと戻る。もちろん会話をしながらも片隅で処理はしていたがやはり集中したほうが処理速度は上がるのだ。
休憩も兼ねて俺達は会話をすることもあるが今回はしばらくお互いに別個で作業したほうがいいだろうと場所を俺は移したが彼女が出てきたらすぐわかるようにはしておくのは忘れない。
そうしていたというのに現実時間にして半日以上も彼女は出てこず、俺のほうのタイムアップとなり現実世界へと俺は戻る時間となり、オラクルに伝えてもらうことも考えたが自分自身で謝ったほうがいいだろうと次に会った時に謝ることにして俺は電脳世界を抜け出した。