夢の歯車

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守護者としてオラトリオが活動を開始してからORACLEには管理人であるオラクルと守護者であるオラトリオや、
顔パス状態の師匠やエモーションを代表とするAナンバーズぐらいしか意志ある存在が入ったことはない。
正直なところを言えばAナンバーズである彼等の出入りも止めるべきであるとオラトリオは思う。
これは彼等が嫌いだというような単純な話ではなく彼の存在理由の為だ。
ORACLEにオラクルと彼以外の者を入れる事を拒絶する本能(プログラム)が彼にはある。
常に他者をORACLEの敵となりえる存在と捉えることが彼の本能(プログラム)であるように。
だが、それを曲げて彼はORACLEに新たな住人を監視という名目とはいえど受け入れた。
その住人とは頭脳集団アトランダムの本部に現れた幽霊こと、本人曰くこの世界を夢だと認識している人間……もどき。
もどきというのは彼が初めて会った時には肉体があったものの次に会ったのは電脳世界だったからだ。
何処に電脳世界にバーチャルリアリティとしてではなく肉体ごと来るような人間が居るというのか。まさに夢のような話だ。
そうなると彼女の言う話も嘘ではなく真実であるのかもしれないとオラトリオは思うことがある。
限り無く有り得ない話だが今の彼女こそ有り得ない存在なのだから、此処まで来ると彼女の話を信じてみたくもなるというものだ。
彼女のことをあれから何度か考えたものの結局は答えは出ず、思考のループにはまる前に切り上げて彼は今、仕事をしている。
不確定要素である彼女を残してオラクルと離れたくなかった為にオラトリオは現実世界での仕事は緊急性の高いものだけを処理をしただけで、
電脳世界に帰るということを繰り替えているうちに少しずつではあったが現実世界の仕事が溜まっていく一方だったのだ。
そうなると今は良くとも将来的にはORACLEの運営にも支障が出てきてしまうことが目に見えており渋々ながら彼は今、現実へと来ている。
もちろん、彼としては彼が居ない間には代理人に来てもらおうと考えていたが、その代理人として考えていた師匠が用事があるとかで来てもらえず、
オラトリオとしては苦渋の決断であったがORACLEに二人きりにしてきてしまっているのが現状だ。
彼は彼女が眠っている時間帯を狙って仕事をやりに出てきたもののいつもよりORACLEへと向ける意識は大きい。
そのオラトリオが意識を現実世界の方へと比重を増やしたのは来客を告げるブザーがなったからだ。
「はいはいっと」
書類を見る目と捲る手は休めずにオラトリオは通信ボタンを押す。
「オラトリオ、話がある」
「おっ?珍しいヤツが来たな。ちょっと待っててくれ、今開ける」
声の主はほんの数ヶ月前まで修理は絶望的とされていたクワイエットだった。
彼がオラトリオに連絡を取るようなことをしたのは再起動後の関係者への謝罪ぐらいなものだったのだのだが。
用事は『彼女』に関係することだろうとオラトリオには容易く予測できたので
彼は機密のデータを見せないよう書類を整理してからドアのロックを外し、
ドアは電子音とともに開きクワイエットを室内へと招き入れた後ドアが閉めれば自動的にロックされる。
そのガチャリという錠がかかる音を確かめたオラトリオは彼自身が招きいれたクワイエットへと視線を向け。
「話ってのは何だ?」
「今、彼女を預かっているんだろう」
世間話をする間柄でもないとオラトリオが単刀直入に尋ねれば予測の通り。
「ああ」
「元気にしているだろうか?」
あまりにも予測の通り過ぎてオラトリオは呆れたように笑い。
「俺が知る限りでは元気だが。何故聞く?Dr.カシオペアからもエモーションからも聞けるだろ?」
「此処に来たのは個人的なものだ」
「個人的ね」
オラトリオが彼と接触したのは数えるほどだ。
ただ聞いた話だと優しいが真面目な男だという印象しかなかった。
「彼女のことが気になる」
「はっ?……それってまさか」
そんな男が真面目な顔して彼女のことを尋ねてくるのだ。
本人は無自覚かもしれないがそれも意味ありげな物言いで。
「まさか何だ」
「恋でもしたんじゃないだろうな?」
半分は冗談だがもう半分は本気で、オラトリオがそう問いかけてしまうのも無理はない。
「……」
「……」
無言で見詰め合うオラトリオとクワイエット。
「何故、そのような話になるのかが理解できん」
理解できないと首を振り否定を示すクワイエットに少しばかり安堵したオラトリオが口を開く。
「男がたいして知りもしない女のことを気にしているっなればそういうもんでしょーが」
「……お前の当たり前は世間一般的ではない」
「まったく真面目さんが多いことですこと」
からかうような物言いのオラトリオ。だが、彼は自分自身が安堵した理由を理解してはいなかった。
自分の目的にはそぐわないからだと考えれば結論付けるだろうが……
「からかわれに来たわけじゃない」
不機嫌な様子を隠すことなく告げる彼にオラトリオはこれ以上の軽口は意味がないと判断し。
「はぁ、こっちも真面目にしますかね。彼女は違和感なくこちらの世界で過ごしているよ。
 逆にそれが俺としては違和感を感じて仕方がないがオラクルは住人が出来て嬉しいらしい」
元々の彼の質問に真面目に答えることにした。
特に隠すことでもないだろうというのが彼の判断だ。
「不満そうだな」
「不満じゃないとでも?」
オラトリオが冷めた目線でクワイエットを見る。
彼の存在理由を知っているのであればその質問は無意味だからだ。
「いや、それがお前として正しい姿だろう。だからこそ疑問なんだ。
 どうしてお前は彼女をORACLEの内部に入れることを了承したんだ?」
本当に聞きたかったのはこれだったかとオラトリオは納得する。
彼の役割をするクワイエットからすればオラトリオの行動は意味不明どころか
彼自身の役割を放棄しているのではないかと思われかねない行為なのだ。
「それがお前さんに何か関係が?」
だが、素直にそれを相手に告げるのがしゃくでオラトリオは憎まれ口を叩く。
「言っただろう。彼女が気になるのだとな」
「つまり俺が信用出来ないってことか」
「彼女に関しては」
そんなオラトリオの反応を気にした様子なく受け流すクワイエット
あの濃い面子のクオンタム達の中にいただけはあると妙な感心をオラトリオは抱いた。
「……正直者だな。確かに俺は彼女をORACLEに留めたいとは思わない。
 彼女は現実世界ではともかく電脳世界では敵となれば手強いだろう。感覚で彼女は電脳世界を変える。
 オラクルが入れた紅茶を俺が香りが足らないと言えば彼女がごく当たり前のように書き換える。
 力を行使する感覚もなく当たり前のように……瞬時の判断で世界が作り変えられる姿は鳥肌ものだ」
オラトリオはその場では紅茶の不満点、もう少し濃い方が俺好みだとか口では言っていたが彼女のその行動に肝が冷えた。
そのことに気付いたのは相棒であるオラクルで、オラトリオの驚愕の理由も理解していたのでそれを突っ込むことはなかった。
オラトリオが知らなかっただけでオラクルとしては彼女はよくそうしていたことを知っていた。
逆に言えば見ていなければ彼女のその行動は守護者であるオラトリオでも認識できないことなのだ。
データとしては当たり前のように処理されてしまい違和感などなくしてしまうのだから……。
「彼女にそれほどの能力があると?」
「デウス・エクス・マキナが存在するとすればそれは彼女のような者なのかもな」
唇に笑みをオラトリオは浮かべる。
自分自身が欲するその強さを容易く手に入れた存在に。
「だから、傍に置くのか?」
「だから、傍に置いている。彼女は敵対すれば恐ろしいがそうでなければ彼女はORACLEを守ろうとする。
 オラクルやエモーション達と交流が深まれば深まるほどに彼女は俺達に敵対しない。
 彼女の言葉が本当ならばこの世界に俺達以上に優先する者がいない」
「オラトリオッ!」
「電脳神がそこに居ると誰が知っている?まさに電脳を統べる力を持つ者が無力な少女の姿をしていると、
 生身の人間が現実と電脳の世界を行き来するとなどと誰が考える?
 ならば神の神秘は隠匿し敬えばいい。その言葉を聞ける者は選ばれた者だけだ」
鋭く名を呼ぶクワイエットをオラトリオは故意に無視をする。
彼女に好意的な感情を持つ者であれば自分の言葉を許せはしないと解っていたからだ。
「そこに彼女の意思はない」
「そうだ。だが、それが彼女の為にもなる誰が異形と人に見られたい?
 人は異なる者には排泄的で、彼女の存在を人が知れば彼女は人と見てはもらえまい」
「彼女は、は……人だ」
苦しげに告げたクワイエット。
「それを認める人間ばかりじゃないだろ」
それを認めながらもオラトリオは人の不条理さを説く。
彼女の異能を音井家の面々は受け入れるだろうし、シンクタンク・アトランダムの科学者達も気のいい人々は多い。
けれどそれは多いというだけですべてがそうだとは限らないのだとクワイエット自身も知っていた。
「……時間をとらせてすまなかった」
クワイエットが部屋を去る様を見送らずにオラトリオは仕事を再開するために手を動かす。
考えてはいても誰かに言うことはなかった己の中の考えは言葉に出したことで余計な思考を生んだ。
ORACLEの為に自分は存在し、ORACLEの敵は排除する。
排除できない存在であれば味方にすることの何が間違っているというのか。
そうは思いはすれど思考の何処かで訴えるのだ。
『彼女を傷つけてはならない』
警戒するべき相手を傷つけたくないと守りたいと誰が思う。だからこそ、オラトリオは彼女に心を許せない。
己の中にある訴えるものがある限り自分自身が彼女に操られていないと言えないからだ。
「本当にデウス・エクス・マキナだ」
両手でオラトリオは顔を覆う。彼女とオラクルはORACLEに今は二人きり。
ORACLEを守りたいが為にそれは避けるべきことだと感じている。


――…本当に?


問いかける己の中の声にオラトリオが蓋をする。
気付いてはいけないことだ。気付いてはならないことだ。
ORACLEの守護者であり続ける限り……

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