夢の歯車

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ORACLEの住人になって一週間。何だか生活リズムが出来てきた。
時間の基準はカシオペア博士達が暮しているシンガポールと同じで、朝7時起き、夜は11時には休むという健康に良さそうな生活をしている。
ORACLEの中には私専用のスペースとしてモデルルームのような部屋が作られ、此処が何なのかを少しは理解した今の私には、それがどれくらい恐れ多いことなのか想像したくない。
もちろん、私の為に生活空間をわざわざ作ってくれたオラクルには感謝している。
そこへの出入りはオラクルが普段居るカウンターの近くに作られた扉からで、部屋から出ると大抵はオラクルと会う。
現状はORACLE外に私は出て行けないのでそのままそこでオラクルとお喋りして過ごすのが日課だ。
時にはエモーションが尋ねてきてくれるので退屈はしていない。強いて不満点があるとすれば……
ちゃん、その目は何でしょうかね?」
今まさに現実世界から帰還してきたのはオラトリオ。話通りなら優秀なORACLEの守護者様だ。
人間を何もないところに閉じ込めて発狂させようとするけど。
「なーんにも」
「……何か含みが透けて見えるんだが」
頬を引きつらせるオラトリオ。
「気のせいでしょ?」
隠してないんだから含みなんてない。
私は肩をすくめてオラトリオから視線を逸らす。
「おかえり、オラトリオ」
「あぁ、ただいま」
帰還の挨拶をする二人、その後で同時に私を見てきた。
「おかえり」
きっと挨拶を求めたものだろうと挨拶すれば当たりだったらしく視線は外れた。二人とも何か妙にこういうところは似ている。
オラクルとオラトリオの関係から似ていてもおかしくはないのかもしれないけれど雰囲気が丸っきり違う二人だからこそ不思議だ。

私は二人が話している時は話を聞かないように離れるようにしている。それは理解できない専門用語が多かったりするからだ。
一々、質問をして会話を止めるのも嫌なので最初から聞かないことにした。
また私が聞いてはいけない内容の時は私に席を外してくれるように言うのでその時は私は部屋に戻る。
オラトリオが来ると意外とこれが多いのはそれだけORACLEの情報が重要であるかだと思う。
それなら、全くの部外者である私が此処に居てもよいのかという問題があるが、彼らに言わせると私も機密事項の塊らしい。
何処に身体(物質)ごと電脳空間にやってくる人間が居るんだというのが彼等の弁だった。
「はい?」
名前を呼ばれたので会話に入っても良いのだろうと返事をすれば、手招きをされたので二人へと近づく。
「オラトリオが今からDr.カシオペアと連絡を取るんだけれどもどうだい?」
オラクルが尋ねてきたのはカシオペア博士に連絡を取るかどうかだった。
今回の事件が起きてから1週間、会ったのはオラクル、エモーション、コード、オラトリオのみ、
コードについてはあの会話とも呼べない一幕だけで終わってしまっている。
他の人にも会いたいという気持ちがないわけではないし、それにカシオペア博士には迷惑をかけてしまったみたいだし謝っておかないと。
「よければ私も連絡取りたいな」
私の言葉に二人は頷くとオラトリオはパッと何もない空間を叩く。そして現れたのは四角く黒い板のようなもの。
「んじゃ、今から繋ぐぞ」
確認の為にオラトリオの視線を向けられた私は頷く。
音もなく黒い板はクリアな画像を映し出す。
「こんにちは、さん」
映し出された画像にはカシオペア博士。彼女はにっこりと微笑む。
「こんにちは、カシオペア博士」
その微笑みに負けないように私も微笑んで返事をした。
「元気そうでよかったわ」
「カシオペア博士もお元気そうで良かったです。その節はご迷惑をお掛けしました」
忘れないうちに謝罪をする。判るかどうかわからないが深々と頭を下げて。
「貴女の所為ではないのだから気にしないで」
「ありがとうございます」
何とか謝罪できた事に一安心すると疑問が浮かんだ。
カシオペア博士に連絡をするのは二人のはずなのに、どうして私が一番に話してるんだろう?
「ご報告通りに元気でしたでしょう?」
疑問を浮かべた私の横からオラトリオがカシオペア博士へと話す。
「疑ったわけではないのよ。彼女が元気だとはエモーションからも聞いていましたからね」
「エモーションにはお世話になっています」
また私は頭を下げる。頻繁に彼女が来てくれるのは私の為だろう。
オラクルに言わせるとAナンバーズでも本来はあまり来ない方がいいらしいし……。
「あの子も貴女と友人になれて喜んでいるのよ。さん、これからも仲良くしてあげてくれるかしら?」
「はい」
その言葉に頷く、此方こそ願ったり叶ったりだ。
「それじゃあ、Dr.カシオペア。今から頼まれていたデータを送ります」
「ええ、よろしく頼むわね。さん、またお話しましょう」
この後オラトリオがデータを送り、無事にデータが届くとカシオペア博士との通信が切れる。
緊張していたのか私は息を吐き出して胸を撫で下ろす。これが可笑しなことに私にはこの世界が現実とほとんど変わらないのだ。
自分の手を胸に当てると鼓動を感じる事が出来るし、息を吸ったり吐いたりしている感覚もある。
何か差異を見つけろと言われるとすれば食欲やそれに関した要求がないことだろうか。
「ほんと、此処って何処なんだろう」
私からすれば夢の世界だ。少なくとも夢の続きを見続けている認識でしかない。
なのに、この奇妙な現実感が夢であるという認識を阻害し、此処が現実であるのではないかと認識させる。
にとっては夢の世界なんだっけ?」
オラクルが私の呟きに反応して聞いてきた。反応したのはオラクルだけど、オラトリオも私の言葉を聞いているのは解る。
そう彼はいつも他者を観察している節があるのだ。私だけでなくエモーションですら彼は観察しているように思う。
「そういう認識なんだけどね。そうも言ってられないのが現状で」
隠す事ではない。だから私は素直に思っていることを告げる。
彼等にとって私という存在が全くのイレギュラーである事はわかるけど、私としても今の状況は勘弁してほしいのだ。
この夢から覚めて、私が生きる現実へと帰れるものなら帰りたい。
その想いがため息として漏れそうになったので慌てて私はそのため息を飲み込んで笑みを浮かべて見せた。

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