夢の歯車
〜21〜
「お待たせしました。お嬢さん……って!師匠じゃないっすか」
人を気が狂いそうになるほどまで待たした男は妙に笑顔を貼り付けて戻ってきた。
けれど、その笑顔は私と一緒に居る二人に気付くとすぐさま剥がれ落ちる。
「俺様が居ては悪いのか?」
彼が言う師匠というのはコードのことであるらしく、コードが不機嫌そうに眉を寄せて答えた。
あくまでも見た目としては彼らにあまり差はないので師匠関係というのは少しばかり変に感じる。
「いいえ、お二人のお陰で助かりましたよ」
お二人というのは私を除いたコードとエモーションのことだろう。
二人が居て助かったというのは私がどこかに逃げ出すとでも思っていたのだろうか。
そんなことが出来るのならこんな何もない空間は逃げだしてたけどドアも何もないから私には逃げられないって彼は知ってただろうに。
「……なんだ。気付いておったか」
「オラクルのお陰ですが」
「世間知らずに救われおって」
「面目ありません」
二人だけに通じる会話をしているコードとオラトリオ、彼らの言葉の意味をわからずに私はエモーションの方を見た。
「何をお話されていらっしゃるのかしら?」
私の視線に気付くとエモーションは私を見てから首をかしげた。
彼女も二人の会話は意味不明らしいと思っていると彼女の呟きが聞こえてきた。
「オラクル様のお陰とはオラクル様が何をなされたのでしょう」
オラクル、聞き覚えがあると思考をさまよわせるとオラトリオに何処か似ていた彼を思い出した。
人ではなくまたロボットとも違うような浮世離れした雰囲気を持っていた青年。
彼女の言うオラクルが彼であるとは限らないけれど、やはり彼ではないだろうかと思う。
あの不思議な夢もまたいつもと同じ夢だったのだと思うから……。
「さん?」
「えっ、何?」
エモーションの声に慌てて彼女を見ると彼女だけでなくいつの間にか話を終えていたらしいオラトリオ達も私へと視線を向けていたことに気付いた。
「此方に意識を戻して頂いたということで今後のことを説明してもいいでしょうかね?」
ワザとらしく笑顔で此方にお伺いをしてくるオラトリオ。いや、これは彼なりの親切さであるという可能性も……。
「まぁ、今から説明することは全部、決定事項なんだけど」
「ちょっ!」
あまりにも軽い口調で明るく言う彼だが、どういった内容かもわからないことを決定事項として受け入れろって言う表情ではない。
一声上げた後は思わず絶句してしまって何を言えばいいのかわからずに口を開けたまま彼を見ていると。
「オラトリオ、遊んでないで説明しろ」
「わかりやした。師匠」
コードの言葉に軽く右手を上げて答えたオラトリオは、おちゃらけた雰囲気を一転させて真面目に語りだす。
語りだすその内容が私の意見関係なく決定事項らしいのでとんでもない内容だったら、すぐに逃げ出さなくてはいけないと気を引き締める。
「今回のことは本来はありえないことだらけだと言っても過言じゃない」
「確かにそのとおりですわね」
エモーションが相槌を打つ、私もそれには頷く。だって、これは私にとっては夢だけれど彼女たちにとっては現実。
私も夢の中の人物だ片付けるには彼女たちは現実的だと思うし、これは現実だと認めるには彼らの存在はは私にとって非現実的だ。
「それぞれがかなりの問題だが、一番の問題は生身の人間が電脳空間に潜入したということは今後を予測できない。
いざという時に対処する為にも外部との接触を極力避けてもらった方がいいだろうと考えたんですが」
「……それって、どこかに閉じ込められるわけ?」
外部との接触を避けるなんて説明をされて思い浮かんだのは、何処かに監禁されている自分の姿。
つい先ほどまでは何もない空間に居たものだからか嬉しくないことにその想像もかなりしっかりと出来た。
「まぁっ!お一人で長期間を過ごすなんて耐えられませんわ」
私と似たような想像をしたらしいエモーションが抗議の声をあげてくれた。
責めるような私と彼女の視線にオラトリオは愛想よく見えるようにか笑みを浮かべている。
「その問題は多少なりとも出てくるとは思いますが、一人じゃなくてORACLEに滞在してもらお……」
「なんだとっ!この娘に何か出来るとは思わんがORACLEに部外者を気軽に入れるべきではなかろうがっ!」
まだ話途中だったオラトリオの言葉を遮ってコードが叫ぶように抗議の声を上げた。
何か問題があるのかもしれないけど指は指さないでほしい。
「師匠、俺は電脳空間で最も安全な空間はORACLEだと自負してるんですよ。
何よりORACLE内であれば何かあった時にオラクルと俺が対処できる」
「……対処できるんだな」
「もちろん、俺達だって自分の身が可愛いんだから善処しますよ」
当事者であるはずの私には意味がわからないというか。当事者であるはずの私の説明を怠ってるというのは何を考えてるんだか。
オラトリオという男への評価は元々から高くなかったのにまた一段低くした私だけれど今後の生活についてを考えないといけないことに気づいた。
「コード兄様っ!オラトリオ様っ!お二人ともさんに失礼だとは思いませんの?さんは素晴らしい方ですのに」
「いや、彼女がどれだけいい人だろうとこの場合の警戒は必要だと思うわけですよ……ねぇ、師匠もそう思うでしょって、いないしっ!」
「言い訳はよろしいですわっ!オラリトオ様、ORACLEにてさんが滞在するというのならAナンバーズである私は面会しても『もちろん』よろしいのですわよね」
私が今後について頭を悩ませていると恰好よさげな二人の会話はエモーションの説教じみた訴えの場となっている。
彼女が私以上に私の今後について色々とオラトリオに言っている様子を見ていると今後がそう悪くならないような気がしてきた。
彼らの言う電脳空間という此処について私は知識がないし、経験は経験とも言えないようなオラクルとのティータイムだけだ。
そう考えるとオラクルが居るだろうORACLEで監禁だか軟禁だかされるのは実は悪いことではないのかもしれないとも思えるけど、
ORACLEとは私が記憶している限りでは図書館であったし、そんなところでどうやって生活すればいいんだろう。
それにORACLEにはオラクルが居たわけで彼に勝手にそんな話をしていていいんだろうか。
「お嬢さんも不満があるだろうけど何とか了解してくれませんかね?」
「決定事項って言ってませんでしたかね?」
何だか説明疲れしているお役人さん風な彼の口調、エモーションの怒涛とも思える言葉の数々に気疲れしたのかもしれない。
私が彼の口調を真似て答えるとオラトリオが驚いたようにこちらを見てから、ニヤリッとどう見てもいい人そうには見えない笑みを浮かべ。
「お嬢さんが素直に頷いてくれたら色々と便宜は図るさ」
彼のその言葉に私はリストラされそうみたいだと思ったら酸っぱい気持ちになった。
そんな私の気持ちが表情に出ていたのか彼は「どうかしたか?」と、心配そうに言って私を見ている。
彼も他者を心配する気持ちがあるのかと彼の綺麗な顔を眺めながらかなり失礼なことを私は考えていた。