夢の歯車
〜11〜
不思議な夢を頻繁に見るようになったのはいつからだろうか。
それはそう昔のことではなく近頃と言ってもいい頃のはずだ。
ただ記憶しているのはというだけで本当はその昔から見ているのかもしれないと思う。
今回もまた妙にリアルな夢を見ているのはわかったけれど、いつもよりマズイと思ったことがある。
「個人宅に不法侵入は流石にマズイよ」
今までと違って自分がいるのは誰かの家のリビングのようだった。
気付いた時には真っ暗なように思えた部屋は暗闇に慣れると色々と立派な家具が置いてある部屋だとわかった。
自分が知る家よりも格段に広く大きいだろう家で自宅とは……あまり、比べたくない。
覚えている限りでは近くにロボットとか似たような人が居てしばらくすると夢から覚めるはずだ。
ただその夢が覚める時間が徐々に遅くなっているような気がするのが少し怖いけど、
実際に私が目覚める時刻はいつも同じだから時間的には一緒なのかもしれない。
不法侵入はマズイのでこの家から出てしまおうと辺りを見回し幸いなことに1階のようだし、
暗い外へと大きな窓から出ようと動き出すと急に明るくなった。
「……っ!」
部屋の電灯がついたとかではなく部屋のTVに触れてもいないのに急についたのだ。
さながらホラーのような展開に私は自分の夢が何がしかの方向転換をし始めたのかと思うことも出来ずに鼓動が早くなる。
「侵入者様、私は<A-E>EMOTION-ELEMENTAL-ELECTRO-ELECTRAと申します。一体、どのようなご用件で侵入なされたのですか」
そして、場違いとも言えるほどに丁寧な口調な緑髪の女性がTVから話しかけている。
呆然と私はそのTVの女性を眺めていたものの彼女は此方の回答を待っているらしいとわかったので。
「ご丁寧な挨拶をいたみいります。侵入したくてしたわけではないのでもう出るところです。お手数かけました」
ぺこりっと頭を下げて私は窓へと近付いていき、カラッと窓を開ける。
「まぁ、お待ちになってっ!」
「はい?」
エーイーエモーション…とか名乗った女性の声に振り返ると背後から黒い何かに羽交い絞めされる。
やはりホラーになったの?
「うわっ!なっ、何?何よこれっ!…――っ」
何に羽交い絞めされたのか確認するような余裕なく床に押し倒されると腕を後ろへとまわされた痛みに身体が動くものの、それがまた痛みを呼ぶ。
そういえばこのようなのは刑事ドラマで犯人が捕まる時なんかにされているような恰好な気がすると自覚すると。
「アトランダムさん、女性にそのような無体な真似をしてはいけませんわ」
「侵入者だぞ」
女性が自分を捕まえているだろう相手にそう言ってくれるのはありがたいけれど、
実際に私は侵入者なのだから彼の扱いの方が正しいのだろう。
「それでも…――」
「侵入者はどこだっ!」
ババンッと大きな音を立てて戸が開いた。
大きな音に視線だけ動かしてそちらを見るとその戸から飛び込んできた少年。
「何だよ。もう捉まえてたのか」
彼は残念そうに呟いたのだが、あのドアの勢いからして彼に捕まったらただではすまなかったかもしれない。
「クイックさん、ドアは静かに開け閉めをお願い致しますわ」
「今はそういう問題でもない気がするが……」
その呟きには今にもため息つきそうな様子が感じられる。
私を押さえつけているらしい彼は苦労せいなのかもしれない。
「もう少ししましたらおばあさまとユーロパさんがいらっしゃるでしょうし、
玄関の方に回って頂いていましたクワイエットさんも合流して下さるようにお願いいたしましたわ」
あー、少なくとも3人は増えるのか。
そう考えていた私は彼女の言った名前らしきものの中に知っている名が出てきたことに気がついた。
また会えたらいいとは思ったけどこんな場面での出会い方は嫌だなぁ。
彼が来るまでにこの夢から覚めてくれないかと期待してみたけれどその期待はすぐに裏切られた。
「……」
開け放たれたままの部屋のドア、そこから現れたのはあのクワイエット本人だったんだもの。
「クワイエット、どうしたのさ?」
クイックと呼ばれた少年がクワイエットの注意を引いた。
「アトランダム、その人を放してやってくれないか?
これだけ囲まれていたら逃げようとは彼女も思わないだろう」
「そうです。アトランダムさん、女性に乱暴はいけませんわ」
クワイエットはクイックに首を振ってから私を押さえているだろう彼に言う。
アトランダムという名の彼は「甘いな」などとため息をついてから私を拘束していた手を離したので私は身を起したものの、床に座り込んだまま。
言われたからと手を離す貴方も甘いのではとも思うけれどその甘さが助かったので文句はない。
押さえつけられていた腕は痛むけれど酷い痛みではないのでしばらくしたら痛くなくなりそう。
「それで一体、お前は何なんだよ」
いつの間にかクイックという少年が座り込んでいる私の傍らにしゃがみ込んでいた。
「えーと、名前は、人間です」
「やはり君だったのか」
名乗った私にクワイエットが近付いてくる。
「クワイエット?」
「まぁ、お知り合いの方でしたの?クワイエットさん」
「おいっ!どういうことだ。説明しろ」
彼の行動に口々に3人?が騒ぎ始めた。
「それは私も聞きたいわね」
その騒ぎに収拾をつけたのはまさに鶴の一声。声の主はピンッと背筋を伸ばして立っている威厳がある年老いた女性だ。
「おばあさま」
確かに『おばあさま』と呼ばれるのがピッタリな女性で、その後ろには若い女性が付き添うようにして立っている。
彼女は私を見たもののすぐにその視線が動いて私の背後を見る。彼女の視線を確かめるように私は振り返ると黒尽くめな男性が立っていた。
そう確認したら急に部屋に明かりがついて、暗闇に慣れていた私の目は眩しすぎて目を閉じた。
「様、お立ちになられることができますかしら?」
侵入者である私相手に様付けという不思議な女性の言葉。
「あっ、はい」
目を開けてから頷いて立ち上がろうとした私の前に差し出される大きな手。それはクワイエットのもので私はありがたくその手に自分の手を置いた。
彼の手を借りて立ち上がった私はとなりにいるクイックが仏頂面をしている事に気付いて、彼の視線を向けたけれどプイッと顔をそらされてしまう。
クワイエットの手を離してから私はこの部屋の中に居る中では一番上というか決定権がありそうな『おばあさま』へと深々と頭を下げ。
「このような夜中に面倒事を持ち込んで申し訳ありません」
「どうして貴女は此処に忍び込んだのかしら?」
「忍び込んではいないんです。気付いたら此処に居たので」
私の言葉に『おばあさま』は驚いたように見つめてくる。
もちろん、そんな発言は信じられないだろう。
「何を馬鹿な」
「あながち間違いではないかもしれませんわ。おばあさま、アトランダムさん」
妙なところで援護がきたので私は驚いた。
「どういうことかしら?」
TV画面を向いて訊ねている女性。
「様の生体反応はこの部屋から突如として発せられましたもの」
「それだけでは納得はできん」
アトランダムの言葉は正しいんだけど、私としては……。
どうしようかと悩んでいる私の肩に手が置かれる。
「彼女が突如、消えてしまうのを私は見ている。現れることもあるかもしれない」
「そんなことが出来るの?」
『おばあさま』と一緒に来た若い女性は首をかしげ、私を見つめてくる。
疑いの瞳というよりも微妙に期待に満ちたように見えるのは、今すぐにでも消えるのかしらといった様子だった。
消えられることを望まれるというのも変な気がするけど、実は私も消えたかったりする。
「消えた女?」
少年の呟きが聞こえた。
先ほどまで機嫌を損ねていた様子の少年は私へと真っ直ぐに視線を向けると私をビシッと指差し。
「クワイエットを起動させたヤツかっ!そして、クワイエットを直したんだろ?」
パッと嬉しそうな笑顔を見せると指差した手を下ろして、私の腕を掴んだ。
子どもに好かれるのはイヤではないけど直したというのが記憶にはない。
「カシオペア博士、コイツいいヤツだ」
「どう考えても怪しいだろうがっ!」
クイックの発言に力いっぱいに突っ込むアトランダム。
そのアトランダムをクイックが睨み返したものの、そんな彼の頭にクワイエットは手を置いた。
私の肩にも置かれている手に、自分の腕を掴んでいる少年の手。まるで親子が写真をとる時みたいな感じに見えるかも。
「……お茶でも飲みながらお話でもしましょうか」
此処で話していても埒が明かないとでも気付いたのか『おばあさま』もといカシオペア博士がそう言った。
話している最中に消えてしまう可能性はあるけど、それはそれで一種の証明になるかもしれないと思い私は頷いた。