夢の歯車


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少女と出会った少し前、オラトリオは彼の製作者である音井教授の家がある日本へ向うために空港で飛行機を待ち、
搭乗案内の放送が入れば搭乗口へと移動するために通路を歩いてる途中で広告のが立ち並ぶ壁が彼は気になった。
まるで誰かに見られているような視線がそこにあるのだが誰も居ないように見えるし、そこには監視カメラもないというのにだ。
目に見えるままを信じるのであればそのまま通り過ぎてしまえばよかったのだろうが、
勘というものの為に日本まで足を伸ばす途中のオラトリオには気のせいだと無視することは出来ずに何もないはずのそこに手を伸ばす。
何も触れないはずの手に布が触れたと思えば黒髪の少女の柔らかな背にいつの間にか触れてくる。
急に目に見えるようになった少女は驚いたようにオラトリオを見つめてきた。
「失礼、お嬢さん」
驚かせたということにオラトリオは無意識のうちに謝ってはいたものの、現実的でない登場の仕方に驚きを隠せはしなかった。
それから少女と話をしようと誘いをかけてみた彼であるが手応えは芳しくない。
普段であれば彼は無理強いをせずすぐに離れただろうが、消えるのと現れるとでは違うとは言えど黒髪の少女の姿が急に現れたのだ。
どうしてなのかを確かめたくなるのも無理からぬことだろう。そして、その結果は現れた少女が目の前で消えるという不可思議な終わり方をした。



少女が消えた後、しばらくそこで待っていたオラトリオだが今までの情報からそこにはもう現れないだろうと飛行機に乗り込んだが、
日本のトッカリタウンにある音井教授の家につくまでのほとんどを不思議な黒髪の少女のことだった。
彼がわかったのは彼女の言葉を信じるならば『』という名前だけで、
そのという名前を世界人口から検索したのならばどれだけ出てくるのか想像したくもない。
そんな謎を抱えたままに玄関のチャイムを鳴らせばパタパタッと軽い足取りと共に……。
「おかえり、オラトリオっ!」
笑顔で迎えたのは音井教授の孫である信彦。彼は家族だと思っているヒューマンフォームロボット(HFR)を『おかえり』と出迎えた。
それをくすぐったい気持ちがオラトリオはあったが嬉しいのは事実。
「ただいま、元気してたか?」
信彦の頭をなでながら彼もまた『ただいま』とそう答えた。
「うん、じっちゃんもシグナルも元気してたよ」
彼の出迎えの足音を聞いた瞬間にオラトリオの思考から一時的に『』については退けられる。
音井教授に挨拶をしてからメールの幽霊についての情報は後でもかまわないだろう。
「教授は?」
挨拶を済まそうとオラトリオが信彦に聞くと。
「研究室。今、SIRIUSの制作してるんだって」
彼は半ば引退という形をとっているが今もまだ現役のロボット工学者だ。
リュケイオンのことで一度は流れたロボット博覧会があってから三ヵ月後にシンクタンクにとある申請がされ許可された。
それは新たなA−ナンバーズ、<A−T>の開発であり開発責任者は音井教授で、もう一人名を連ねた開発者はその息子である音井正信である。
「『妹』のか」
彼が居るから妹は作らないと言っていた音井教授が新たなHFRを女性型にした理由が息子の正信が変にいじらないだろうという理由であるらしい。
オラトリオはそれは甘い認識でないかとはちらりっと思うものの男の兄弟よりも可愛い妹は欲しいので黙っておいた。
「楽しみだよね」
「あぁ、可愛がってやれよ」
嬉しそうににっこりと笑う信彦の言葉にオラトリオも笑う。
当たり前のようにロボットを家族という彼にとって、新たなHFRの誕生は嬉しいことなのだろう。
何よりその製作者は彼の実の祖父と父親なのだ。
「もちろん」
信彦のような人間ばかりであるのならば、世の中は平和なことだろう。
世間にはHFRの制作を肯定する意見ばかりでなく否定的なものも多い。
それでも必要とされるのかHFRはこの世に生み出されていく。
「シグナルはどうした?兄のお出迎えをしないとは感心しないな」
オラトリオの言葉に信彦は首を振ってやれやれといった風に。
「居間でロボットプロレス見てるよ」
兄のお出迎えよりもロボットプロレス。そう聞いた兄オラトリオは弟にプロレス技をかけるべく居間へと向った。
それを予想しているのかいないのか信彦もその後ろをとことこっと付いていく。
「よぉ、シグナル」
「オラトリオ、久し……っ!」
一見にこやかなオラトリオにシグナルもまた笑顔で返したが、フフフッと怪しい笑みを浮かべた男に座ってたソファーから立ち上がったものの逃げ切る前に襟首をつかまれる。
「はーなーせぇーっ!」
「おにー様が久しぶりに来たっていうのにロボットプロレスばっかり見てるのは感心できないな。
 だが、寂しがりやなおにー様はそんなシグナルとのコミュニケーションの為に一緒にプロレスをすることにした」
ジタバタと足を動かすシグナルを難なく押さえつけるオラトリオ。
まだまだ実戦経験は彼の方が上のようである。
「しなくていいっ!」
親愛の情をたっぷりとオラトリオが示している最中に休憩を取りにきた音井教授が出てきた為にオラトリオはぽいっとシグナルを放り投げた。
「投げるなっ!」
それについての文句を言う弟に対して無視を決め込んだ彼は今回の訪問について音井教授に挨拶をしに彼へと近付いた。
「お久しぶりです。教授」
「あぁ、ゆっくりしていけ。オラトリオ……と、言いたいところだがワシに今回は何のようだ?」
音井教授にとっては息子と言っても差し支えのない彼であるが、彼が理由もなく急に此処に来るわけがないと踏んでいた。
それはその通りであるのでオラトリオはメールの幽霊の件について聞きに来たのだと音井教授だけでなく、信彦とシグナルにも聞こえるように言った。
その後にオラトリオは教授の許可を貰ってパソコンを一つ借りてとある少女CGを作る。『』と名乗った少女のものであり、信彦達が見た幽霊の正体でもある。
信彦達に確認をした後でオラトリオはさほどに遠くないというキノコ狩りで出会った少女がいたという場所に向った。
気が急いていたとしても彼がCGを…とってもよく出来たCGを教授のパソコンに残していったことを後悔することになろうとは今のオラトリオは考えていなかった。

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