夢の歯車


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今日は何処かの空港にいる。空港の混雑した音が遠くに聞こえた。
いや、いつも遠くに音が聞こえていたけれど私がそれに気づいたのが今なのかもしれない。
行き交う人々は大きな荷物を持っているし日本人ではないだろうとすぐにわかるような金髪に青い瞳の人やら赤い髪の人とかだ。
彼らはぼんやりと立ち尽くしている私に視線を向けることはないのにごく当たり前のように避けていく。
私は無視でもされているのかと思って同じように避けた男性の前に手を出したが、その男性の腕を私の手はすり抜けた。
すり抜けられた男性はというと立ち止まり不快そうに眉を顰めて辺りを見回したけれど結局は肩を竦めて歩き出す。
「どうなってるんだろ」
自分の手を見つめたがいつもと変わらないように見える。
今の私は壁や飾られた観葉植物などには触れられるが人には触れられないようで何人か試してみたけれど誰にも触れることが出来なかった。
ただ私に触れられるというか私の手が通り抜けると何がしかの違和感があるようで無反応というわけではない。
「いつもの夢なんだよね」
見知らぬ場所でロボットと出会う夢。最初と次はクワイエットで彼とは友人となった。
その次というか前回はちび君、可愛らしい迷子のロボット。
今度はどんなロボットだろう。クワイエットかちび君であるのなら自分は知っているので気が楽だけれど……。
そんな風に考えると目を引く一人の男性が居て、私はそちらへと目を奪われた。
背の高い金髪のその青年は赤いトルコ帽をかぶっていてその綺麗なその顔立ちは女性にもてることだろう。
彼もまた空港の利用客なのだと思う荷物を持っているけどその荷物があまり大きくはないのは短期的な出張とかだろうか。
金髪の彼が私の目の前を通り過ぎるまで観察していようと見えないのをいいことにそう決めた。
普通なら恥ずかしくて見知らぬ男性をずっと見れないだろうけど…――
「……うわっ!」
青年が私の近くで立ち止まると不意にその視線を私の方へと向いた。
そんな行動を彼がすると思っていなかった私は思わず息を呑む。
彼の瞳がとっても綺麗な紫だと識別できたがこれ以上は彼を見ていると心臓が悪い気がして私は彼から視線を逸らした。
それが、いけなかったのだろうか?
知らずに伸ばされた青年の手が私の背中に触れた瞬間、音が溢れる。
遠くに聞こえていた音が間近かに聞こえるようになって…――
「失礼、お嬢さん」
手を伸ばした彼もまた私が居るとは思っていなかったのだろう。
その瞳に戸惑いを浮かべて声を上げたが、声もまた低くていい声だった。
「いえ」
お嬢さん。微笑を浮かべた紳士的な男性にそう言われたのは初めてだ。
「ずっと此方に?」
見知らぬ人に今の私の状態を説明したところで意味は無い。
「しばらく此処にいましたけど」
私は彼から離れようとすれば彼の手が私の腕を掴む。
それで私は背中に触れられた時には気付かなかったことに気付いた。
そう彼もまたロボットだったのだ。本当に私はロボットに縁がある不思議な夢を見るものだ。
今度の彼は笑顔を見せるくせに本当に笑ってないというやや胡散臭いロボットだけど。
「飛行機に乗り遅れません?」
彼が向おうとしていたのは搭乗口のはずだ。
そうであるのならば彼は今から飛行機に乗りにいこうとしていたはず。
「まだ時間はありますから、急に触れてしまったお詫びをさせてくれませんか」
変わらない丁寧な言葉に優しげで何処か気だるげな笑み。
「それならまずは腕を放してもらえません?」
にっこりとわざとらしく笑顔を返して手を放すように彼に言った。
「すみません」
彼は笑顔で謝り手を放しながらもその身体で私が何処かへ行こうとするのを阻止している節がある。
これがまた見事なもので傍から見てるぶんにはそんな風には見えないだろうぐらい自然な様子だ。
同じロボットであるはずのクワイエットとちび君とは全く違うタイプ。いや、クワイエットとちび君もそれぞれ違うんだけどさ。
「お茶でも如何ですか?」
しかし、どうして彼はこれほどに私を強引に誘うのだろうか。
「貴女と少しお話をしてみたいんですよ。私の名はオラトリオ、お嬢さんの名は?」
あぁっ!……胡散臭い。どうしてこうも胡散臭い調子なのだろう。
それのなのに近くを通り過ぎる女性は彼に見惚れてるっぽいのはこれが恰好いいということなのかな。
でも、人であれロボットであれど自分を偽っている相手にはときめきがない気がするんですよ。
です。でも、お茶はお断りします。本当の貴方とだったらお茶でもお話しでもしますけどね」
「本当って、私は……」
その丁寧な言葉が似合ってるような似合ってないような感じだし。
「それに、時間切れみたいなのでまた今度」
いつもの如く私の姿が薄れていく。
「君が…――」
目の前の彼は私の腕を掴もうとしたけれど彼の腕は私を通り抜ける。
その瞬間の彼は驚きだけでなく何か別の感情が浮かんでいたけど、何となくそれは偽りのない彼のような気がした。

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