夢の歯車
〜2〜
その日の頭脳集団アトランダムは早朝より騒ぎが持ち上がっていた。
Aナンバーズである彼等もまたその騒ぎに無関係ではいられなかったのである。
「オラトリオっ!侵入者だ」
のんびり過ごして彼は相棒の言葉に目付きを鋭くし。
「ハッカーか?」
「違うっ!頭脳集団アトランダムの本部にだ」
電脳ではなく現実の侵入者騒ぎ。
手順を踏まずに侵入してくる者は電脳であれ、現実であれ、いい気分はしないのだろう彼は青ざめていた。
「シンクタンクが誰かに侵入された?」
素っ頓狂な声を上げたのは電脳世界にて休んでいた<A−O> ORATORIOこと、ORACLEの守護者であるオラトリオである。
そのオラトリオに今回の騒ぎの件を教えたのがORACLEの管理者であるオラクル。
「詳しい情報は私には入ってきていないが……」
ORACLEと頭脳集団アトランダムは結びつきは深い。
深いものの決してイコールで結ばれる存在ではない為に全ての情報をORACLEへと上げるわけではない。
「肉体に戻ったほうが早いか」
後の報告書で情報としてくるかもしれないが生きた情報ではない。
「気をつけて」
「あぁ」
生きた情報を得るべくオラトリオは現実へと行く。オラクルの外の世界へ……。
オラトリオが肉体に戻り情報を集めたものの判ったことは少ない。
侵入者が入ってきた経路は不明であり、戻った経路も不明。
盗まれた物はなく、情報という点でも誰かの研究室に侵入した形跡は無い。
とある騒ぎによって破損し、修理不可能となった一体のロボット<A―Q> QUANTUM―QUIETではあるが後に修復される可能性が無いわけではないと保管していた部屋に侵入をされていただけである。
ドアには開閉したデータはないのだが、手動でしか開かないはずのボックスが開いていたという事実が侵入者があったことを告げているのだ。
「……凍結処理されたロボットに何の用だ?」
データとして判断すればオラトリオとしてはクワイエットの修理は不可能であり、今後も見込みはないと考えていた。
騒ぎの中でのクワイエットの行動より心情としてシンクタンクの面々が破棄を躊躇ったというのが本当のところだろう。
そのようなロボットを手に入れたとしてもシンクタンクですら直すことが出来なかった彼が直るはずは無いだろうし、
データとして考えるのならば壊れたロボット一体を盗むよりも情報をオラクルより手に入れようとした方が安全であるだろう。
侵入経路を覚らせないようにシンクタンクのコンピューターを騙すだけの実力があったというのならば直接に侵入するような真似は普通ならしないだろうとオラトリオは考える。
「ちょっと理解し辛い相手だな。こりゃ」
現在、活動中のAナンバーズを入手しようとすれば障害は大きい。
何よりAナンバーズが大人しく侵入者の言うことはないということを考えて、
修理待ちとなっているクワイエットを目星につけたものの、その破損の様子に入手することを諦めたということもあるのだろうか?
オラトリオの思考は様々な可能性を思い描き、可能性が高いモノをピックアップしていく。そんなオラトリオの元に一つの情報が届く。
予想もしなかった報せ。それ自体は喜ぶべきことであるのに感じるのは恐怖だった。
――…クワイエットの修理続行が可能。
侵入者により弄られた可能性があるかどうかを判断する為に検査を受けていたクワイエットの肉体は前回とは違うデータが得られることとなった。
壊れてしまったという記憶回路や多くの重要な箇所が、何故か壊れていなかったのである。
現時点ではクワイエットが起動できる状態ではないことは変わりは無い。
だが、修理不可能とされていた箇所全て問題がなくなり、シンクタンクにおいて修理できる可能性があるという結果がデータよりはじき出される。
それは、ありえないことだった。幾度も確認されたクワイエットの破損状態、その度にはじき出されるデータは修理不可能ということ。
万が一、それが間違いであったとしても全ての箇所においてということなどは考えられない。
「侵入者が…?」
オラトリオの思考はそれを打ち消す。可能であるはずが無い。
ロボットの内部の故障箇所すらも綺麗に一夜で直すなど…――どんな神の仕業だというのか。
奇跡と呼ぶにはロボットであるオラトリオには不可解すぎる。
「だからこそ、奇跡というのか?」
どうしてそうなったのか知っているのであればそれは奇跡ではないのではないか。
そう考えて、オラトリオは思考からそのことを消す。
修理不可能と言われていたAナンバーズが修理可能であることは歓迎すべきである。
話に聞くだけではクワイエットは危ない奴ではない…――
「これがクォーターあたりだったら断固反対したけどなぁ」
オラトリオと同一であり、最も違うヒューマンロボットであったクォーター。彼という存在をオラトリオは忘れることは無いだろう。
彼は最も大きな教訓をオラトリオに与えたのだから……。それは、一歩踏み込んだ考え方を彼オラトリオにもたらした。
「まぁ、一先ずは様子見しますか」
これ以上の事実がなければ答えは見つからないと踏んだオラトリオは相棒が待つ電脳空間へと戻ることとした。