夢の歯車

第一章〜


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人は真っ白な画用紙というものがあれば何か描いてやろうと思うかもしれない。
けれど、その画用紙の白が本当は白いえのぐで塗られた後だったとしたら何か描こうというのは止めるのではないだろうか?
……いや、今はそんな事を考えている場合じゃない気がする。
記憶とは不確かで曖昧な物なのだろうとは思う。
「……困った」
気がついたら記憶がありませんでした。
そんな物語の中のお話のような事に自分自身が巻き込まれるとは想像した事が無かった…――と、思う。たぶん。
「まずは落ち着け、落ち着こう自分」
深呼吸をしてみる。何だかハラハラしているような焦りの気持ちは消えない。
「落ち着けますかっ!」
記憶がない事を考えると落ち着くことは不可能だし、考えないという事も難しい。
新しく何か考える事が無いかと思案したが……。
「うっ、何だろう。この寒さ」
興奮が冷めてきたら気づいたのは自分が置かれている状況。
何処かの建物内の部屋であるようだけれど無機質で、気温が低い。
きちんとした防寒着を着ている必要があるような部屋だった。
「暗いし」
非常灯というのだろうか?
そんなような小さなライトが幾つかついている以外は特に……さ迷わせていた視線の中に入ってきたのは赤い光。
薄暗い中では光るボタンの『OPEN』という文字が妙に強調していた。
その隣にあるボタンはたぶん『CLAUSE』だか何だか書かれているのではないだろうか?
ドアは近くに見えないものの、もしかしたらこのボタンがドアを開けるボタンなのかもしれない。
「ダメ元で押しとこうかな」
開いてくれる様に願いつつ、私は赤いボタンを押す。
ガタンッ
ヴゥンと起動音のような音がしたと思った瞬間に自分のすぐ隣に出てきた何か。
さながら大きな細長い棚のような感じ……。
「ひっ!」
そちらへと視線を向ければそこには横たわった人の姿があった。
「しっ、死体?」
此処が遺体を安置している場所であったというのならばこの寒さも納得がいくような気がする。
「……まっ、まずは元に戻さないと」
想像したとおりに押したボタンの横に『CLAUSE』と書かれている緑に光っているボタンを押す。
何も起きないので3度ほど押した後に10回ぐらい続けて連打する。閉まらない。
「どうしよう」
このままの状況はかなりまずい。
精神的にはかなりの負担が掛かっているようで、何やら吐き気もこみ上げてくる。
「しっ、閉め……」
一度、元のように押し戻してみようと近付く。
直視出来ないけれど、戻そうと手を置こうとする前に横目で確認した私の目に飛び込んできたのは…――男の人の顔とむき出しの機械部分。
「何、これ?」
これは人ではない。いや、人なのだろうか?私はこんな存在を知らなかった。
そうだこれはロボット?だけど、これほどに精巧に人に似せて作る事は出来たっけ?
「……」
触れてみようと思ったのは何故なのか。
ただ、静かに眠るようなその右顔と皮膚を剥れたその左顔の違いに触れてみたくなったのかもしれない。
美しくも醜いその姿に……。
「あっ」
その顔の機械の部分に直接触れた時、哀しみに触れた気がした。
そして、その哀しみの奥にある優しさにも……。
「壊れているんだね」
壊れてしまった身体。壊れてしまった心。
どちらも壊れたままの哀しみを強く抱いた彼……。
「どうか救われますように……」
人ではない存在であるだろう彼。
ならば、誰かが直してくれるのではないだろうか?
「きっと、直るよ」
私は彼の為に祈りを込めた。



そして、私は浮上する。

現実という外の世界に……。

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