W大佐
謁見!ライガの女王
〜5〜
色々と考えながら眠ったが軍人としての経験から眠れる時に眠る習慣があり目を瞑ってすぐに寝り、建物の外から聞こえてくる音に目が覚めた。
カーテンの隙間から窓の外を見るとまだ薄暗くかなりの早朝のようだがエンゲーブの人々は活動をはじめている。農村なので元より朝は早いだろうが昨日の話し合いの結果のせいでもあるだろう。
近くの森にライガが生息しているなどと聞いて心穏やかに過ごせるはずがない。焼け出されたせいなのかは知らないがライガルと称すべき若い個体が目立つ群ではあったが戦う術のない人々にとっては脅威には変わりはない。
部屋のもう一つのベットへと視線を向け、まだティアが眠っているのを確認出来たが彼女を起こさないように静かに身支度を整えて部屋を出る。
予定では出発する時間に余裕があるはずだが準備を早々とはじめているのなら予定を繰り上げて出発したほうがいいのでルーク達を起こすタイミングを考えるために聞きに行かないといけない。
建物内で動く気配は感じられないのでローズさんも準備の方にかかわっているのだろうと鍵が開いたままだった玄関を開けて外へと出る。田舎であるせいかエンゲーブでは鍵をかけるといった習慣や意識があまりないのだろう。
出会う人に朝の挨拶をしながらローズさんを捜し歩いていると最も騒がしい場所に居るようで、彼女の指示をしているらしい声が聞こえてきたのでそちらへと向かう。
荷馬車の荷台へブウサギなどをのり込ませているその様子は苦々しい表情があるがそれも無理はないだろう。丹精込めて育てた家畜が人々の食卓ではなく魔物へと食べられてしまうのだから、これは金を払ってもらえるからいいだろうという問題ではない。
「おはようございます」
出荷作業をしている人々に邪魔にならないように気をつけながらローズさんへと近づき挨拶をする。
「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」
「はい。おかげさまで」
彼女もまた複雑な心境であるだろうに私に笑顔を見せると挨拶を返してくれた。
ここまでの村人はよくて頷くだけ、ひどいと無視などがあるなかで彼女の態度は心が休まる。
「予定の時間までには準備できるよ。御者として私ともう一人が行くけど一台に三人しか乗れないんだけどね。どうする?」
「ああ、申し訳ありませんがローズさんのところに二人を頼めますか?」
御者台は無理すれば三人乗れるということだろう。荷台部分に乗ろうと思えば乗れるが今回は家畜を積み込んでいるので乗りたいものではない。
「わかったよ」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけするでしょうけれど」
了承の言葉に頭を下げる。彼女と一緒であれば悪いようにはされないはずだ。
「まぁ、あんたと一緒に行くことになる男は無口だけど気にしないでおくれよ」
「はい」
御者を引き受けてくれたのだから個人的感情はともかく一応の納得はしてくれているだろう。
無口である相手であるのならば変に気を使うこともないだろうし、こちらとしても楽だ。
「出発は予定通りということでいいですか?」
「そうだね。そうだ朝食の仕度が……」
私との会話の途中で思い出したというようにローズさんが声を上げた。
「それはこちらで何とかしますので気にしないで下さい」
「いや、迎えたお客様なんだからきちんともてなさなくちゃね。この場を少し任せてくるよ」
朝食の準備のためにローズさんの手を煩わせるのもと断わったものの彼女は村人に声をかけると私と共に一度家へと戻った。
ローズさんの話しだと彼女もまた朝食を食べていないので、結局のところ元から作りには戻る予定だったという話なのでそのお言葉に甘えることにした。
朝食の支度を手伝っているとティアが起きてきたので彼女にローズさんの手伝いを任せて私はルークを起こしに行き、起きてきたルークと共に朝食を取り予定時刻少し前に準備が出来たとしてチーグルの森へと私達は出発し、特に問題もなくチーグルの森の入り口まではたどり着いたが入り口からは進めない。
この先は私一人でライガクイーンの元に知らせに向かうはずが森からライガルが姿を見せた。姿を見せたのは一匹だが複数いるらしいのは気配で感じられる。
「ローズさん、ブウサギを一匹出します」
個人的に生きたブウサギをライガルへと差し出すのは嫌なのだが致し方がない。
それも私の名前をブウサギに名付けたとある幼馴染のせいであるし、ちょっと可愛いかもしれないなどと思ってしまった自分のせいだ。
「ライガル、約束どおり肉を持ってきましたよ」
生きたままなのは毒殺などを疑われないためだ。けれど、それゆえに一つの命の終わりを目の前で見せられることになる。
私が放り出した一匹のブウサギをライガルが首を噛み仕留めるその姿は弱肉強食の正しい姿であるのだろうが……
「ひっ」と、息を呑むような漏れた声はルークのものだろうか。こちらへと視線を向けているのは彼だけではないがルークから責められているような気がした。
彼とて生き物を食べて生きていただろうと言うのはたやすいが、実際に命を失う瞬間を見たというわけではないのだから自覚はしていなかっただろう。
「ルーク、ティア。ローズさん達と共にこちらに居てね。私はクイーンに話をしてくるから!ローズさん、手筈どおりお願いしますね」
万が一、ライガル達が襲ってくる場合は家畜を放して逃げ出すようには告げてある。
私が森の中へと踏み出すとライガル達の姿が見え、その中にライガルよりも成長した個体が見える。数は少ないがライガーとも呼べるものも居るようだ。
ゲームのようにライガルだけしか敵として出てこないとかはありえないことだから当然のことだ。
「っ!」
大きな声にライガル達の視線も声の主であるルークへと向けられるのを感じながら私は手を挙げ。
「ルーク、私は大丈夫だから心配しないで」
「心配なんかしてねぇ!あんまり遅いようだったら置いていくからな!」
「うん、気をつけるよ。ティア、誰か怪我をしたりしたらよろしくね」
「……わかったわ」
私達の中で一番強いのは私だというのは二人とも知っているが結局のところ強い魔物と戦っていたわけではない。ルークでも油断をしなければ何とかなりそうという魔物ばかりで二人共、私自身の強さを把握しきれてはいないだろう。
そして、私は今は前衛としての戦い方をしているが本来は中衛であり、前衛を置いての譜術を混ぜ込んだ戦い方をしているのでいつもより本領は発揮できない。
サフィールが居れば後衛である彼を護りながら槍術に比重を置いた戦い方をすればいいが、一人ともなると譜術の使いどころは難しくなる。ライガクイーンに効く譜術を使用するのは骨が折れるだろう。
下手をすればただ逃げ帰ることになるがそれだけは避けなければと決意を固め、チーグルの森を進んでいると途中でライガルに囲まれているチーグルの子どもが居た。
「ミュウ?」
「あっ!さんですのっ!」
ライガルに囲まれてプルプルと震えていたのはミュウだった。
私が来たからかミュウから距離を置いたライガル達、ぴょんぴょんと跳ねて近づいてきたミュウを受け止めて抱き上げる。
「どうして、君が?」
「今回のことはミュウの責任ですの。最後までミュウも見届けますのっ!」
一生懸命に身振り手振りで話す小さな魔物、彼の行動は頭がいいとは言えないだろう。
それでも彼のような行動を私は嫌いにはなれない。見て見ぬふりをしてしまうよりはよほどいいじゃないか。
「そう、じゃあ……一緒に行こうか」
「はいですのっ!」
彼を抱いていると咄嗟の時に行動できない。
「窮屈だけどここに入っててくれる?」
「はいですの」
どうかとは思いつつも腰に下げているポーチへとミュウの身体を入れて顔だけ出させ、苦しくないように調整して待っていたライガル達を見てから歩みを再開する。
一度通った道なのと一人であったために昨日よりもだいぶ早い速度でチーグルの森を進む。何よりこの森で最も捕食者となっているライガル達が周囲に居るので他の魔物は襲ってこないのが速度を上げた理由か。
ライガクイーンが居るチーグルの森の奥へとたどり着いた時はライガル達から送られる複数の視線にミュウが気疲れしている以外は特に問題なかった。
「クイーン、昨日ぶりですね」
「みゅみゅうみゅう」
クイーンと対峙した時には昨日よりも彼女の雰囲気が柔らかいような気がしたのは気のせいではないのだろう。
『ガァルウゥゥ』
「本当に来たのか人間って言ってますの」
唸り声とは違うその声とミュウからの翻訳に笑い。
「私は貴方との約束を守りたかったですからね」
「みゅうみゅうみゅみゅ」
『グルゥ』
「変わった人間だって言ってますの」
何処か呆れたような視線に頭を下げた後、ポーチの中からでも変わりなく翻訳しているミュウの頭を撫でた後に彼をポーチから取り出し地面に置く。
そうしてからポーチから私は昨夜、少しばかり調整した物をポーチから取り出したが金属が少し温かく感じるのはミュウを入れていたことで温かくなっているらしい。
「ミュウ、これはライガの言葉を人の言葉へとする翻訳機だと伝えてくれませんか」
「みゅう?翻訳機があるんですの?」
「ええ、貴方が身につけているリングと同じぐらい希少な物なんでこの世界に一つだけでしょうから他の人には内緒ですよ」
ミュウは素直に頷いた後にクイーンへと言葉を伝えているがクイーンの視線を疑わしそうだ。
「みゅうぅぅ……ライガクイーンさんが信用できないと言ってますの」
それも当然のことではあるけれどこちらとしてはミュウとの通訳での会話は少しばかり面倒だった。
そもそもクイーンは魔物としては比較的に珍しく対話をしてくれる個体なので言葉を通じるのは利点なのだけど。
「私が手首に入れても信用できませんよね」
「みゅ!みゅうみゅうみゅみゅう」
困ったと考えているとミュウがいきなりライガクイーンへと強い勢いで話しかける。
『ガァゥゥゥゥ』
「みゅうみゅみゅう」
咆哮とは言わないまでも大きな声で唸るライガクイーンだがミュウは負けじと鳴いた。
生憎と彼らの会話は理解できないのでお手製の翻訳機を手に眺めていると話がついたのかミュウが私を見上げ。
「ボクが持っていきますの」
「えっ?」
「その翻訳機、ボクがクイーンさんに持って行きますの!」
小さな両手を私へと差し出したミュウを私は見下ろす。どんな話し合いがあったのかは彼の言葉で予測は出来る。
ライガクイーンはミュウの何倍……いや、何十倍もあるそんな魔物へと近づくことはミュウにとって恐怖でしかない。
それでも私が示した翻訳機が何事もないというのならばミュウが持って来いというのは何かあればミュウの命はないのだ。
森を燃やしてしまったミュウはその罪を償うために出来ることをしようとしている。その自己犠牲にも似た行為にアビスの主人公であった髪を短くしたルークを思い出す。
ああ、そうか。ミュウもまたルークと同じ一種の被害者であったのだ。火事を起こした彼を責めるチーグルが居た。
あのチーグルのように直接的でなくても多くのチーグルがミュウを責めただろう。それは彼を無邪気な子どもではいられなくさせた。
「では、お願いできますか?ミュウ」
「はいですのっ!」
差し出した翻訳機を両手でしっかりと抱え込んでミュウはライガクイーンへと向かっていく。
怖いだろう。震えるその身体が彼の今の恐怖を物語っている。それでも進むその足にライガクイーンが目を細める。
それは、ライガクイーンが罪を犯した小さなチーグルを認めた瞬間であったのかもしれない。