W大佐
謁見!ライガの女王
〜6〜
魔物は本能が強い。同種の強い者には従うし、時にそれは異種族であっても従うことがあるぐらい強さというものには敏感なのだ。
それゆえに私が卵に近づけないように振る舞っているのが見て取れる。元の世界の時はもっと近くに居てもよかったことを思うと仕方がないが寂しく思う。
ミュウが持っていった翻訳機はソーサリーリングを参考にしたために同じリング状だが、ライガクイーンの腕には入らない。
「リングの内側に触れていれば翻訳機が作動するようになっています。爪とかで内側に触れて頂けますか?」
所持者の音素に反応し、作動する翻訳機の使い方を説明する。
「みゅうみゅみゅうみゅうみゅう」
身につけているソーサラーリングを示しながらミュウがライガクイーンに告げている。
ライガクイーンが慎重にリングの中に爪を通し地面に押し付ける様にした。
まぁ、そういう扱いしか出来ないのは仕方がないけどけっこう高い物品なので内心では涙目だ。
「それで人の言葉を話そうと思えば人の言葉に翻訳されるはずです」
この世界の音素は意思というもので大きく左右されるがゆえに翻訳機は機能している。
ソーサリーリングはもっと高性能で才能在る者が持てば擬似的な音素集合体を作り出すことも可能だろう。
音素の塊を作り出すには意思が必要であり、留めておくには器が必要だ。
人であれば器は身体、音素を集めるのは無意識での生存するための本能、それらがそろって人は人であるのだ。
複数の音素があわさり複雑化しているからこそ人は剥離せず存在する。
それを考えればレプリカが剥離しやすいのは当然のことで、それもまた私がレプリカ技術を作り出さなかった理由の一つだ。
「みゅみゅう」
『グルゥゥ……これでよいのか?」
最初は魔物としての声であったのが途中からは人の声へと変換される。
奇妙なもので、翻訳機は二重音声ではなくそれぞれの言語へと切り替えてしまうのだ。
それが何故なのかは推測はできても証明はまだできておらず、平和になった世界での研究対象の一つとして考えていた。
いつ研究できるようになるのかは不明だけど。
「はい。人の言語に翻訳されています。私の言葉は理解できるように聞こえていますか?」
「問題ない」
「それはよかった。調整が上手くいっていたようで何よりです」
ミュウは私とライガクイーンを交互に見てからこちらへと戻ってくる。
いくらライガクイーンより弱いとはいえど卵の近くにずっといるものではないので正しい行動だ。
ライガクイーンもそれによって雰囲気を緩めた。それでも気を抜いてはいないのでこれからの行動にも注意が必要だ。
「クイーン、私は卵が孵り貴方々がここから移動するまで留まることになっています。巣穴の近くにいる予定ですが大丈夫でしょうか?」
「人には我等からはしばらく手を出さぬように言ってある」
「そうですか。ありがとうございます」
我等からという言葉からして、人のほうから攻撃されれば反撃がされるのだろう。
それは当然のことであるので納得し、足元に居たミュウを両手で抱え上げる。
「それでは私は巣穴から出ておりますね」
無言で見送るライガクイーンから離れ、巣穴の中で視線を向けてくるライガル達を無視して外へと出る。
手近にはライガル達はいないが視線を感じるので監視はされているようだ。
「ミュウ、巣穴であったことは秘密だよ」
ルーク達が待っているだろう方向へと歩き出しながら声をかける。
「みゅう?どうしてですの?」
「魔物が喋ることは珍しがられただろう?それを可能とするものを持ち歩いてると思われると面倒なことになるんだ。人の世はね」
「みゅみゅぅ〜よくわからないですの。でも、誰にも言いませんのっ!」
「良い子ですね。ミュウ」
片手で抱えて頭を撫でれば嬉しそうにみゅうみゅうと鳴くミュウ。
まだ子どもの個体であるので甘やかされるのが嬉しいのだろう。
「それじゃあ、ルーク達のところに行こうか」
「はいですのっ!」
元気よく返事をしたミュウを抱えてのんびりとした歩調で歩く。
ここで急いだりするのはライガル達を刺激する行動にもなりえるからだ。
ルーク達が見えてからもその歩調のままに近づいていくとティアの眦が上がり。
「っ!何を悠長にしているの!」
「ごめんね。ティア」
「まぁまぁ、その様子からするとライガとの交渉は上手くいったんだろ?」
ライガル達を刺激したくないのは私の事情なので、待っていたティアには関係が無いゆえに謝るとなだめる様にローズさんが話しに入った。
「はい。予定通りにライガの群が移動するまで私が残ります」
「だけどねぇ。やっぱり一人は心配だよ」
「大丈夫ですって!それじゃあ、家畜を降ろしてください」
逃げぬようにロープで繋がれた家畜達と運んでもらった野営のための簡易テントもおろす。
「ルーク達はローズさん達の護衛をお願いね」
「……仕方がねぇからな」
顔を逸らしてはいるが了承してくれたことには感謝している。
本来であればされるべき立場だと思うと本当に申し訳ない。
「ティアもルークのフォローをお願いね。ルークは訓練してても軍人や傭兵じゃないし戦いには慣れてないし」
「言われなくてもそうするわ」
実際のところはティアも訓練ばかりで実戦に慣れてはいないようだが、やはり軍人とそうでない者となると私の中での扱いが違ってしまう。
「うん、頼りにしてるよ。二人共……ここまでありがとうございました。ライガの群が移動したら報告に行きますね」
「無茶はしないようにね」
近くに居るローズさんに声をかければ、まだ心残りのようで心配されてしまった。
無口なもう一人の御者をしてくれた村人も心配そうなので純朴な彼等の心を私のせいで悩ませてしまっているようだ。
これが私が傭兵で依頼されてしているとかなら違うのだろうが……
「これでも村に来ていたマルクトの軍人さんぐらいには強いんですよっ!」
「……それは心強いねぇ。ちゃんと挨拶に村に戻ってくるんだよ」
「はい」
私の言葉を信じていないらしいローズさんに笑顔で頷いておく。
男女の違いで戦い方は違うが、本家本元の弱体化してないジェイドに勝てはしなくても負ける気もないんだけどな。
ローズさん達が操る荷馬車に揺られて去っていく一同を見送ってから残された家畜をどうしようかとライガル達に声をかけてみた。
ああ、うん。魔物が家畜を持つとは普通はしないよね。
ライガル達に首根っこを掴まれて運ばれていく命を無くした家畜達。
私はそれを気にしないようにしてミュウを降ろすと簡易テントを背中に背負う。
これがこれからしばらくの私のお家なのだ。