W大佐
謁見!ライガの女王
〜3〜
二人には護りながらの戦闘では実力が発揮できないからと説得し、ミュウと私だけでライガクイーンの説得に当たらせてもらうことになった。
不満そうではあったものの道中での私の実力を見ていたからか渋々ながら納得して二人には離れた場所で待っていてもらっている。
奥に眼を瞑り卵を温めているライガクイーンが見えた。繁殖期だと知らなければただ眠っているようにも見えるが今の彼女は殺気立っていた。
私とミュウが近づいてきたのに気付いており、これ以上近づくなという無言の圧力が発せられており私はライガクイーンが飛び掛ってきてもよけれるだろう距離で立ち止まり口を開く。
『クイーン』
人の言葉ではなく魔物のそれもライガの言葉で長であるライガクイーンを呼ぶ。
『……』
目を開け頭を上げるとこちらを見たライガクイーン。無言なのは私が彼女に呼びかけたからだろう。
『クイーン』
私はまた彼女を呼び頭を下げてから私の近くにいる唯一の存在であるミュウに目配せをすれば、ライガクイーンどころか人である私と比べても小さい彼が精一杯背伸びをして話しだす。
『みゅう、みゅみゅう!みゅううみゅうみゅみゅう』
彼がクイーンへと告げたのはここに来るまでに最初に話すように私が教えたこと。卵を温めている時期に現れたことへの謝罪と卵が孵化した後の住処の移動の要請だ。
『グルウゥゥゥゥ』
咆哮ではないが苛立ったようで卵を温めることを止めたライガクイーンは身を起し唸りこちらを威嚇するように睨む。その苛立ちは正当なものであると私は認識しているが彼女の瞳から逸らさない。
目を逸らしたり臆したりすればクイーンはこちらの話など聞きはしないだろうから。
「ミュウ、通訳を」
「はいですの!」
肉食であるライガクイーンの咆哮によって怯えているはずだろうにミュウは迷いなく頷いた。
罪を犯したのだから当然だというのは簡単だろうが、子どもであるこの仔にはそれはとても勇気がいることだと思う。
「『クイーン』孵化した時に貴女の仔が飢えないよう家畜の肉を贈ろう。それで貴方達の怒りを鎮められるとは思わないが、どうか移住して欲しい。貴女の娘のためにも……」
『みゅ、みゅうみゅみゅうみゅう、みゅうみゅうみゅみゅ……』
『……ガァウ?』
「私の娘?って言ってますの」
「貴女は人の子を娘としているでしょう?」
『みゅうみゅみゅう』
『……』
私の言葉に黙っているライガクイーン、だがそれこそが彼女がアリエッタの母であると確信させるものだ。
万が一にも違っていたとすれば彼女は否定の意思を込めて吠えたことだろう。
「彼女が人として入っている群れはご存知ですか?その群れはチーグルを大切なものとしている」
『みゅうみゅう、みゅうみゅみゅうみゅう』
『ガアルゥゥウ』
「娘が居る群れが敵対するのか?と言ってますの」
「可能性は否定できません。それよりも他の人間達が貴方達を殺そうとするでしょうね。そうなった場合、人は貴方達の群れを残らず殺すことでしょう……個の力で貴方方には劣れど人は数や道具によって貴女と貴女が率いる群れを殺せる」
『グオオオオオオオ!!』
咆哮に空気が震えミュウが吹き飛びそうになっていたので咄嗟に足で抑えた。傍から見るとただ踏みつけているよう見えるかもしれないが深い意味はない。手を伸ばしても届かない位置だったからだけだ。咆哮が静まったので足を動かしたもののミュウの前に出ておく。
ライガクイーンから放たれる殺気とも思える怒気に身体が反応しそうになるがそれを意志の力で持って抑える。
「彼女は今、大切な存在と離されて寂しがっている。弱っている彼女は貴女を失えばもっと弱ってしまうことだろう。どうか『クイーン』、貴女の娘のためにこの地を離れてほしい」
『みゅ、みゅうみゅ、みゅうう』
息が詰まるとすら思うほどに重くなる空気は互いの意思を確かめているからかライガクイーンの金の瞳をただ見つめ返す。
相手の瞳に映るのは私の強張った顔。冷たく見えるその表情は指揮官としては相応しいものであるかもしれない。
悲しければ悲しいほど、辛ければ辛いほどにこの身は表情というものを消し、人形のように作り物めいた顔となる。
ああ、誰かを殺める時にこのような顔をしているのであれば死の紡ぎ手と呼ばれるに相応しいのかもしれないと思わせるほどの表情だ。
『グルルルゥ』
「……『クイーン』?」
飛び掛ってくるとしたら躊躇いなく彼女を殺そうとしていた私の覚悟を戸惑わせたのはライガクイーンがその身をわずかに弛緩させたからだ。
人であれば身体を硬くしないためにわざと力を抜くことはあるが頭が良くとも魔物であるライガクイーンはそのようなことはしないはずだ。
「女王様、孵化した後に移動するって言って下さってますの!」
「そう、よかっ……」
嬉しそうに叫ぶように通訳したミュウの言葉に身体の力を抜こうとして。
「ライガの卵を孵化させるですって!」
「おっ、おい」
聞こえてきた声にライガクイーンがまた警戒心を強めたことに気付く。
「ティア、どうして?」
「どうしてじゃないわっ!、ライガの仔供は人を好むって知っているでしょう!」
内容はわからなくともライガクイーンはティアの声の中にある敵対心を嗅ぎ取ったらしく一度は弛緩させた身体を強張らせていつでも飛びかかれるようにしている。
「私、待ってて欲しいって言ったでしょ?ルーク、ティア」
「なんか凄い声が聞こえたから……」
視線はライガクイーンから逸らさずに背中を向けたままに訊ねればルークから戸惑ったような返答をもらう。
咆哮が聞こえて心配になってきたものの戦闘をしているわけではない現在の状況を見て戸惑っているのだろう。
「、ライガの仔を孵化させてはダメよ!」
「……ティア、ライガの仔は人を好むわけではないよ」
「何を言ってるの!仔が孵化したばかりのライガの群れが人里を何度も襲っているのは事実だわ」
ライガクイーンは私達の会話を遮らない。孵化寸前の仔がいるので本来であれば襲われても文句は言えない距離で言い争う人間を鋭い瞳で見つめているだけだ。
私の本能が警戒する魔物の前で背後をさらすなと警告を発しているが私はライガクイーンへと背を向けて身体ごと振り返る。
ロッドを構えたティアと木刀を手には持っているものの構えてはいないルークという二人の姿。
「孵化したばかりの仔は腹を空かせているから多くの食料を必要とするから弱い獲物を狙っているだけに過ぎないし、彼らの満足いくだけの肉を用意すれば人を獲物として狩る必要は彼らにはないんだよ」
人は食べられる肉に比べて骨が多いので実はライガには逆に不評だったりする。
アリエッタを娘にしてしばらくしてからライガは本当に人を好んで食べるのか聞いてみた時の返答だ。
「それが本当かどうかなんてわからないじゃない」
「でもよ。話し合いで出てってくれるんならいいじゃねぇか?」
彼としては説得できないかもしれないと聞いていたので交渉が上手くいきそうという状況をただ受け入れたに過ぎない。
「ルーク、魔物の言葉を信じるって言うの?」
彼の態度に苛立ったのかティアが視線をルークへと向けて言った言葉に落ち込んだのはルークではなく青いチーグルだ。
「みゅうぅぅ」
彼の小さな鳴き声と俯いた様子には少し離れた二人に気付かれることはなかった。
ティアはチーグルであるミュウのことは信じているだろう。だが、ミュウにとって彼自身も魔物であるという認識があるのだ。
親切にしてくれていた人の少女が魔物の言葉を信用ならないと言ったことに傷つくのは当たり前のことだ。
私はミュウを拾い上げて私の所為で乱れた毛並みを手で払って軽く整え。
「ミュウ、通訳してもらっていいかな?明日、家畜の肉を持ってくるつもりだけどどれぐらい必要かって」
ライガクイーンの群れであれば軽く牛だとしたら30頭ぐらいは必要かな。購入するのはエンゲーブなので私の今持っているお金で何とかなりそうではあるし、命がかかっているのなら安くしてくれるかもしれないとお金については深く考えない。退治ではなく移住を勧めたのは私なので必要経費だ。
「……はいですの。『みゅー、みゅうみゅみゅう。みゅみゅ』」
『グルゥゥゥ』
「女王様と同じくらいの生き物10匹ぐらいって言ってますの」
その返答に戸惑い10というあまりもの少ない数にライガクイーンへと視線を向ける。
確かにライガの群れはクイーンが卵を多く産むがライガの大きさの雌も一つ産むので食料はもっといるはずだ。
「そんなに少なくても大丈夫なの?」
思わず呟いた私の言葉を律義に通訳するミュウとそれに答えるライガクイーン。その返答の内容はミュウの罪を浮き彫りする。多くの卵は火事と共に焼けてしまったのだと。
ライガの大きさでは卵をくわえることは出来ないがためにライガクイーンが銜えて運んだ卵だけが今期の繁殖期に産まれた卵。そして、その彼女ですら一つの卵しか銜えることは出来なかった。
「みゅぅ……」
今にも泣きだしそうな声で説明したミュウ。
「そう。ミュウ、明日、入り口に言われたとおりの肉を運んできますと伝えて」
ひどいかも知れないけれど明日、ライガクイーンが求めるだけの肉を運んでくると約束して私は二人のほうへと歩き出す。
何かまだ言い合っている二人の近くへと立てばそれに気付いたティアが……
「、あなた甘いわ」
「そうかもね」
その甘さに甘えてる貴女に言われたくはない。異邦人である私にはするべきことはあっても私が背負うべきものはこの世界にはない。
「話を聞いてるの?」
彼女の抗議を聞き流し、私はルークの腕を取って立ち止まらないまま歩いている。
「おわっ!いきなり何だよ?」
「……」
自分を抑えるために無言で歩く私にルークが何を思ったのか黙り、その視線をティアへと向けた。
その視線の意味は私にはわからない。私が、・カーティスが知らない子ども、私が生まれる可能性を潰した子。本来の私であるはずのジェイド・カーティスの罪の証。彼自身の生き方によってジェイドに死の意味を教える存在。
どちらが罪深いのだろう? 生まれるはずのない子を誕生させた男か、生まれるだろう未来を知りながら黙殺した女か。
「ライガクイーンが言葉を違えたのなら私が責任をとるよ」
ルークの手を離して振り返りティアへと告げれば彼女は不満そうに眉を寄せていた。
「貴女が?」
「そう責任を取って彼らが移動するまで見届けることにするよ」
表情のままに不機嫌な声を出す彼女に私は頷き答える。
「はぁ?ここに滞在するのかよ」
「徒歩の旅だから野宿の経験にはなると思うけど嫌ならルーク達はエンゲーブで待っててくれればいいし、それも嫌なら二人で旅をしてもいいよ」
「……」
それでルーク達が先に旅立つというのならば彼らは私の手を必要としないのだと判断すればいいとそう言えばルークが黙った。何処か歪んだその表情は傷ついたようにも見えた。
「確かには私達の旅に付き合う理由はないものね」
「私は別に旅に付き合いたくないって言ったわけじゃないよ?」
ティアの言葉に誤解されたのかとそう言っておく。ライガクイーンのことで責任を取ろうとするとここに数日は残ることになるというだけで置いて行けとは言ってはいない。
二人が待てないのならここで二人と別れることになるのも仕方がないということを言っただけだ。
「もうすぐ孵化するって言ってんだから待ってればいいだろ?」
「そうしてくれると嬉しいな。ありがとう、ルーク」
残ると言ってくれたルークにお礼を言う気持ちは本物だ。
「別に?今、金持ってるのはお前だし」
礼を言えばそっぽを向いた彼にこのようなことを言われたがあまり気にはならない。利用されているようだと思えば嫌だと思うかも知れないがルークの場合はお金を稼ぐ苦労は知らないのだ。
それを無知であると責めることは無知であることを求められたのだと知っている私には出来ないし、利用といえば私のほうが彼を利用している。
物語の主人公であった彼の近くに居れば今後を推測することが比較的に容易になるだろう。ラスボスが彼を利用しようとしている時期なのだから……
ただ純粋に彼に接してあげられないことに少しばかり申し訳なく思うけれど生きて元の世界に戻るためには仕方がないことだとしても彼に辛くはあたりたくはない。
「ルーク、何言ってるのよ……まぁ、二人がそう言うのなら仕方がないわね」
「ごめんね。ティア」
仕方がないという言葉に謝りはしたもののこの先は彼女をこのままにしておくかどうかは悩みどころだ。ただそれをここで指摘しても彼女は理解出来ないだろうと推測し、しばらく放置ということにしておこう。
ルークの様子をみていると虚勢で今の様子を保っているところがあるようだからだ。ある意味かなりわかりやすい。これをジェイドは見抜けなかったのか?いや、本来のジェイドも見抜けたはずだけれど王族で甘やかされた貴族のご子息という肩書きによって本質を少しばかり歪めてしまったのか。怯える子どもの様子をただのワガママだと……
知らない世界に怯える心を隠して虚勢を張った子どもは優しくない世界に牙を剥き、そして最後はその牙を折られて従順に死んでいった。彼を守れないからと彼を生み出さなかった私に彼を守ることが出来るだろうか?
「?」
悩む私の視界に翠の瞳が覗き込んだ。思考に沈んだ私を心配してくれたのだろうか。私が心配をかけるのは本末転倒だと笑みを浮かべる。今回は最悪の事態を避け、最良となりそうなのだから暗い気持ちは必要ない。
「これからの予定考えてたんだけどさ。エンゲーブに戻る前にチーグルの長のところに話をしに行ったほうがいいよね?よし、ミュウお願いね?」
抱き上げていたミュウをルークの胸へと差し出せば反射で受け取ったルーク。
「はぁ?ちょっ、ちょっと待て!……行きはお前がずっと持ってたんだから帰りも持ってろよ」
彼は文句を言った後にティアへとミュウを渡したが……
「大丈夫ですのっ!ミュウは歩けるですの」
「あら、遠慮しなくていいわよ。ミュウは軽いもの」
ミュウにしては強めの口調の断わりの言葉をティアが遠慮したと思ってか抱き上げたままのようだ。私の行動の結果なのでミュウに悪いが帰りも私がメインとして戦闘しなくてはいけないので彼には我慢してもらおう。
振り返りティアに抱かれたミュウを見ると彼の耳が下がっているように見えるのは気のせいではないっぽい。エンゲーブに帰ったら彼用の果物でも買って今回の苦労を労ってあげることにした。