W大佐
謁見!ライガの女王
〜2〜
ライガクイーンのところまで向かう道はまさに獣道。ゲームでは人が二人は並んで余裕で歩けるような道だったような気がするけれど実際のところは違うらしい。
チーグルの住処辺りまでは道と称してもよかったが森の奥深くに移動してきたらしいライガクイーン達の現在の住処までは元から人はあまり足を踏み入れないらしい。これは森に暮らすミュウから聞いたことだ。
人は見知らぬものについては何であれ警戒を示すことが多い。好奇心が旺盛であれば逆によってくる場合はあるが今回の場合であるルークとティアは相互理解が足りないし、する気もないという最悪の組み合わせなのでお互いに話すことは必要なのだと思う。
そう考えてルークとティアの間に立ち、時にはミュウに話しかけたりとしたお陰でチーグルの生態に大変詳しくなった。ティアは自分のことを話そうとしないし、ルークもティアの様子がムカついたらしく彼も頑なになって話してくれないための結果だ。
私については過去の話をしてボロが出ると嫌なので好きな食べ物や嫌いな食べ物について語ったが二人が覚えてくれたかどうかは謎であり、ミュウの好きな植物やら好きな香りを放つ花の名などを知れた。今後の役には立ちそうにはないがミュウと私の相互理解は深まった。
ミュウが炎を吐けることをルーク達も知ったが二人が何か言う前に火事の原因を作り出した当人がリングの力だとしても炎を吐けると言ったことについて注意をしておいた。また火事の原因になるかもしれないのだからあまり使わないほうがいいと。そのせいでミュウが落ち込みティアに睨まれたので彼女からの好感度は下がったかもしれない。
二人の仲を良くしようとした私の努力は実らず意気消沈しながら歩いていると飛び越えるには少しばかり幅広い川があり行き先を遮った。
「ライガの住処ってこの先なのよね?」
「そうですの。この川を渡った先ですの」
抱いているミュウに問いかけるティアに元気よく答えたミュウにルークの眉が上がり。
「川を渡るっていっても橋が架かってねぇじゃん」
反対側には枯れかけた木が見え、そういえばゲームであの木をミュウの炎で倒して渡ったんだっけ。
それこそ火事の原因になりそうな行為な気がするが倒れた後に彼らは水でもかけたんだろうか?
「歩いて渡るしかないわね」
「マジかよ……靴もズボンも濡れるじゃねぇか。俺は嫌だね」
「それならあなたはここに残るといいわ」
川と自分の足元を見比べた後に憮然とした表情でルークは言ったが今まで気に入らないことをしてこなかったのだから彼としては当然の考え方であるだろう。
それを甘いどころか足手まといといった表情で睨むティアの言葉を遮るように二人の間に立ち。
「まぁ、まぁ、ティア。ルークは私が背負って渡るよ」
ルークが渡ることを渋ったので私が背負って渡る提案を出す。
「はぁ?」
「、何を言ってる」
素っ頓狂な声をあげてルークが私を見れば反対側からティアが反対してきたが力み過ぎているのかミュウが少し苦しそうだ。
「そうだ。無茶だぜ!」
「そうでもないんだよ。これでも女性としては力持ちだし……あっ!心配ならまずティアを渡してからルークを渡そうか?」
将来はジェイドの代わりに軍人になると思っていたから幼い頃から身体は動かしていたし、士官学校時代は効率よい鍛え方を学んだ。
若い頃よりは体力確かに落ちたが現在でも平均体重の成人男性ぐらいなら背負ってしばらく歩くことは出来るだろうし、それが川を渡る間ぐらいなら余裕だ。
「えっ!わっ、私?」
自分まで背負って渡されるかもしれない発言にティアが驚いている。
「そういうことじゃねぇーっ!何で俺が女なんかに背負われなきゃいけねぇんだよっ!」
「ムッ、女なんかってそれは流石にお姉ちゃんも怒るよ?」
なんか発言にルークを見やれば彼は後退る。
「そうね。侮辱しないでほしいわ」
「うっ、うるせぇっ!もう行くぞ」
ティアも同意しルークを責めるように見たので旗色が悪いと思ったのかルークは私達に背を向けると川を渡り始める。
2歩ほど歩けば渡れる距離ではあるがどちらの足も水に浸すことになるがルークがそのまま渡り始めたので私も後に続いたがルークは自力で渡ったが提案したのは二人だと思い出し振り返り。
「背負おっていこうか?」
「結構よ」
そういうとティアが川を渡っていく、彼女としては普通に断ってるのだろうけれどティアの普段の話し方もあって冷たく感じる。
二人の会話に精神的に疲労している今の私にはよけいにそう思えてしまったが、ここで彼女が冷たいだけの人だと判断するのは簡単だし本来であれば私は彼女が私と親しくする気はないのだろうと考えたことだろう。
良くも悪くも原作知識というものが私の行動に影響しているのだということを自覚させられるが、時にそれは私自身を引き摺り落とすものとなりえる。少なくともジェイド・カーティスという存在の行動で大きく世界が変わったのだという例を私は知っているからだ。
レプリカ技術がなければ世界は滅びの道を確実に歩んでいただろうし、私という存在が原作を知らなければ私の世界もそうだっただろうという予測も成り立つ。そう考えればこの世界が原作に限り無く近いだろうことは幸運であったとも思う。
「早くしろよっ!」
「ごめん、ルーク!」
ルークの催促の言葉に返事をしてから足元を気をつけながら川を渡る。それほど深くはない川ではあるけれど足首の上にまで水に入ることになったので靴だけでなくズボンまで濡れた。
「何考えてたんだよ」
川を渡ればルークが問いかけてきたので何でもないと返そうとして彼の様子から不安を感じているらしいことに気付いた。
見知らぬ地に居る不安、確かにそれは感じているだろう。不本意にも赤の他人である二人と行動を共にさせられているというオマケまであるのだから。でも、きっと彼の不安はそれだけではない。
彼の表情から思い当たるのは人の顔色を窺うものだ。ルークは私がどういう返答をするかを窺いそれによって私への評価を変えてくるだろう。だからといって正直に彼に事情を話してもまともには受け取ってもらえない。
「……ティアが私にツンばかりで寂しいと思って」
「へっ?」
「ツン?」
私の言葉を理解できなかったのかルークだけでなくティアも首を傾げているし、ミュウも言葉がないだけでティアの腕の中で首を傾げていた。
「ツンツンって感じでちょっと冷たく感じるってこと。ルークもツンばかりでお姉ちゃんは寂しいので、いつでもお姉ちゃんの胸に飛び込んできてもいいよ」
テンションが下がっていたこともあったので自分のテンションを上げるためにかなり大げさに腕を広げてみたがルークは呆気にとられたように口を開けている。
どことなく間抜けなので貴族のご子息としては不味いのではないだろうかと要らぬ心配までしたころに、やっと彼は頬を一気に染めて叫んだ。
「ばっ、馬鹿じゃねぇの!」
「何を言ってるの」
続く呆れたようなティアの言葉に私は彼女にも腕を広げて見せたがあからさまなため息一つで見なかったことにされる。
二人のその態度に肩を落として地面を見た後にルーク達の様子を見ればティアが呆れているのは変わらないがルークは何やら迷っているようだ。
私が落ち込んだと思ってどうすればいいのかと考えているのかもしれない。それでも抱きつくという選択肢を選ぶのは彼の性格上は難しいのだろう。
「くすんっ、デレがほしい」
わざとらしく涙を拭う振りをしてみせればルークも私が泣いているのではないと理解したのかティアと似たように呆れたような視線を投げかけてきた。
「、ふざけないで私達は任務の途中なのよ?」
「はーい。さて、真面目な話だけど休憩しない?靴とか少しは乾くし」
「おっ!賛成」
疲れていたのだろうルークは私の言葉にすぐさま賛同の声をあげると近くの大き目の石に腰掛けた。それにティアは視線を向けたがすぐさま私へと。
「疲れたの?意外ね」
私の今までの行動から判断してか休憩を言い出すとは彼女は考えていなかったようだ。確かに私自身はまだ余裕はあるけれどルークのほうはそうはいかない。
ルークは体力はあるほうではあるがそれはあくまでも軍人ではない貴族として見た場合だ。若いのだから無理をさせればついて来られるだろうが今は無理をさせるような状況ではない。
「一応、確認しておこうと思ってね」
「確認?」
休憩をルークのためだと言えば彼女はルークに何か言う気もするし、彼自身もムキになって進もうとするかもしれないと準備していた言い訳を言う。
「何をだよ?」
二人の視線が私のほうに向けられたので私は交互に二人を見つめた後に進む先を見つめ。
「ライガクイーンの件はどうするの?」
「どうするってが行くって言ったんだろうが!」
ルークに睨まれる。今更なんだという気持ちはわかるので睨まないで欲しい。
「そうなんだけど二人がどうしたいかまでは聞いてないし、私の考えもきちんとは話してないでしょ?だから話し合いしておこうかと思って」
「そうね。まずはの考えを聞かせてもらいましょう」
ティアは頷き、私を挟んでルークとは離れた石に腰掛ける。話し合いということで休憩することにしたらしい。
「私の予定は最初は話し合いなのは変わらないけど、出来ればミュウと私だけで行かせて欲しいかな」
「はぁ?」
「一人でなんて無茶よっ!」
反対されたが正直なところ無茶という気はない。確かにライガクイーンは強いがそれはその分厚い皮のために刃物が通りづらいからだ。物理攻撃であれば叩き潰す系の攻撃が有効だし、譜術攻撃はかなり効く。
「大丈夫、話し合いに行くんだし」
「何かあったらどうするの?」
どうにかするよっと言えれば楽だけど二人は納得しないだろう。これがジェイドであれば怪しみつつも納得するのだろうか。
「いやぁ、それもあるんだよね。クイーンとの話し合いが上手くいかなかった時は派手に暴れてみるつもりだし」
「派手?」
ルークは私が一人で行くことを強固には反対しないのは私と彼の実力差を短いながらも今までの道中で感じたからかな。
ティアも軍人であるのだからとルークのほうを優先してフォローしていたので弱くはないとは認めてくれているっぽい。
「うん、今はライガの繁殖期だからね。クイーンのところは卵があると思うから」
私の言葉にティアの顔色が変わる。ライガの子どもが人を食べるという話でも思い出しているのだろう。
「卵って子どもが入ってるんだよな?」
「みゅ、みゅう!大変ですの!卵がある時はどんな魔物も気が立ってるですの」
慌てたようにミュウが訴えたが私はそれを知っていたので受け流したがルークはそれを聞いて顔を顰め。
「話し合い出来ねぇじゃん」
「だけど、何もしないで帰ることも出来ないわ」
「何でだよ?話し合い出来ませんでしたって言えばいいだろ?」
その言葉は間違いではないのだ。ただこの場合はライガ達の生態に問題があった。
「ライガの仔は人を好むの。だから街の近くに棲むライガは繁殖期前に狩りつくすのよ」
ルークが唾を飲む込む音が聞こえた。魔物が人を襲うと教えられていただろうし、事実今までにも襲ってきてはいたが人を好んで食べにくるものとは考えていなかったのだろう。
「……それってライガクイーンと子ども殺すつもりってことかよ?」
ティアの説明にルークが私のほうを見たのでその視線を避けることなく見つめ返した後で私は首を振る。
「話し合いが上手く行かなかったらそうする。卵があれば孵らないように潰す」
「何だよ。それ」
縦へと振った私を失望したようにルークは呟いた。そんなことをするつもりはないと言うのは簡単だし、そうすればルークは安心しただろう。
「仕方がないのよ」
私がルークに何かを言う前にティアが言った。私のフォローということになると思うけれど仕方ないという言葉に気分が沈む。
理解してはいても納得できないことというのは世の中にたくさんあるが今回のこともそういうことの一つだ。心情として救えるのなら救いたいがライガ達を放置すればエンゲーブの人々は襲われるだろう。
もしくはアリエッタのことがあるので近くに人が来た場合ぐらいしか彼らは襲わないかもしれないがそれを試すようなことは出来ない。
「……」
黙り込むルーク。その沈黙は私を責めているような気がしてため息をつきたくなるが我慢をする。
今回のことはルークが悪いわけではない。それどころかルークはライガ達のことを考えてくれているのだ。
それは甘いのではなく優しさだ。その優しさを私は彼に大切にして欲しい。今はまだ守られていていいはずの子ども、理不尽な世界にまだ泣かなくてもいい。
「だから、私一人で行かせて欲しいの」
汚い役目は大人のものだ。とっくに汚れきったこの手を新たな血で染めることに躊躇いはない。私はルークへと一人で行くと再度告げた。