W大佐

ドキッ! チーグルだらけのチーグルの森
〜6〜


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「……掃除しますよ。他のクモがいないか周囲もくまなくね」
ジェイドが私の言葉に目を細めた。
その反応に彼が私の言葉の意味を判断しようとしていることに満足して笑う。
何故なら彼がこうして反応したということは私のところと同じように『クモ』はある隠語となっているのだろう。
「そうですか。私が見た時は幸いなことに近くには一匹だけだったんですが奥にもクモの巣が見えて……
 掃除は他の方の庭だったので出来ませんでしたし、クモの巣にかかった虫もいましたけどもう遅かったみたいですしね」
「クモの巣にかかった虫はもう食べられていたんですか?」
ジェイドの言葉に私は頷き。
「ええ、クモは虫を食べてしまっていました。その方の庭で犬を飼っていれば気付くかもしれないですけどいないようでしたし、私からしてみれば手入れをされている庭とは言い難くクモどころか蛇まで出てきたりすると怖いですよね」
『クモ』『クモの巣』『虫』『庭』『犬』『蛇』今の会話としては不自然な話を私は笑顔で話し続ける。
唐突な話題転換と運び方に周囲に人間が戸惑っているというのにジェイドと私は気にしない。
私を知らない彼らからすれば私の行動は少し変わった人間と認識されているようだ。
会話する私達の横でアニスがティア達に話しかけるのが聞こえてきた。
「この方、いつもこうなんですか?」
「よくわかんねぇけど会った時からこうだぞ」
「ルーク!ちょっと変わってるだけよ」
フォローをしようとは思ったのかティアがルークの後に続けてくれたけど実は君の言葉が止めです。
もう少し真面目なお話をしてなかったら、お姉さんが眉間ぐりぐりの刑に処すところだったよ。
「その庭の持ち主も気づくんではないですか?」
「そうだったらよろしいんですがクモの好きなお客様を迎えていらっしゃったようなんで気付いても掃除は無理かもしれませんね」
もうヤケになって言う気のなかったところまで言ってやれば彼の表情が明らかに変わる。
表情を表さないポーカーフェイスだが逆にそれが彼が出したくない考えを持ったことを明らかにした。
「っと、こんな話を長々と失礼しました。イオン様とご一緒に公務に出られるご様子なのにお時間を取らせてしまって」
「いえ」
表情を隠すためか眼鏡を上げるジェイドに。
「どうか道中お気をつけ下さい」
そう言って頭を下げる。
「ええ、気をつけるとしましょう。イオン様、申し訳ありませんが出発の準備のために戻りましょう」
私との会話を切り上げると彼はイオンへと微笑みを浮かべて彼を促がした。
さて、彼は私の言葉を信じるだろうか。信じて行動すれば良し、信じずにそのまま物語のようになったとしても仕方がない。
いや物語のまま進めばルークがいない時点で彼等が助かる可能性は低くなったのかな。
……死霊使いジェイドと呼ばれているのだし何とかするだろう。
「しかし、僕は……」
「どうかご理解を。準備が出来るまでに彼女達が戻れば報告を聴けますが……」
ご理解をと言われて表情を曇らせるイオン。レプリカである彼はモースの性格を考えればお飾りであっただろう。
そう考えればジェイドの台詞は彼にとってはある種のトラウマではないだろうか。
とはいえ、準備が整うまでだとしても報告は聴くと譲歩しているのだからお優しいことだと私としては思う。
「私達がいない場合はお手数ですがカイツールまで知らせて下さい。お願いできますか?」
お願いと言いつつ笑っていない瞳は私を見ている。
まぁ、私の先程の会話のおかげでマルクト軍の関係者だとは思われてるだろうしね。
それでイオンへと色々と言った内容も軍属であるからこそと思ってもらえれば万々歳だ。
「はぁ?えらそーに何だよ。おっさん……何だよ?
不服そうに文句を言い始めたルークの腕を握り、振り返った彼に私は静かに首を振った。
ルークはそれについても機嫌が悪くなったようだけれど文句を言うのは止めてくれたので慰めるようにその腕を軽く叩いてから。
「いらっしゃらない場合はエンゲーブの方に結果をお伝えしますから村の方から知らせを受けてください。それと私達が万が一2日戻らなければ失敗したと思うようにとエンゲーブの方にお伝え頂けますか?」
「ええ」
密偵のなかには民意を知るために普通の暮らしている者がおり時には一生をそう過ごす。
そういった人間の場合は普段は国政に関わろうとするような行いを避けるものだ。
軍人と接触しようとしないのはそういうことだと彼が誤解してくれるとありがたいのだけど。
私のこの瞳がその認識の妨げになりそうだ。ジェイドがしてたし理論はわかったからって実行した昔の私を殴りたい。
でも便利なんだよね。サフィールとか滅茶苦茶強くなったし、他にもかなり強化されてるしね。
うちの師団って人数的には一番数少ないのに武力的では他の師団と均衡してるんだって話を聞いた時には喜ぶより胃が痛くなったものだ。
ピオニーが流石は死神の軍勢だと喜んでいたので後できっちりと教育的指導をしておいたけど。
「イオン、必ずとは約束できないけど精一杯ライガを説得するよ」
ジェイドから視線をそらして私はイオンへと微笑みかける。
本来であれば直接決着をつけたかっただろう彼に我慢させるのだ。
ならば、彼が私達に任せてよかったと思える結果をなるべく出したい。
「お願いします。
私の言葉に手を強く握り締めながらもイオンは微笑んだ。彼は微笑むことで戦っているのかもしれない。
「俺はしょうがねぇから行くだけだけどな……まっ、俺が行くんだから簡単だぜ!」
イオンの言葉に面倒臭そうな態度を取りつつも簡単だと言い切るルークはイオンを安心させるつもりかな。
「イオン様、私も行きますのでご安心下さい」
ルークに続いてティアもイオンに声をかけた。
「はい、3人とも無事で戻ってきてくださいね」
「おう」
「はい」
私達を案じる言葉を言ったイオンの言葉に頷く二人の様子を見てから私も頷いた。
イオン、大丈夫だよ。私が二人をちゃんと守るから……そう心の中で誓って。
「さぁ、イオン様。タルタロスに戻りましょう!」
「そうですね。戻りましょうか」
話がまとまったとみたアニスがイオンを促がした。
このタイミングの読み方は彼女が人の感情の機微に聡いことを示しているのだろう。
だからこそ、彼女はスパイという立場が適任となってしまったのはよかったのか。
「ジェイド」
二人の後へと続いたジェイドへと声をかければ振り返れば互いの赤い瞳が交わる。
「……イオン様を守ってさしあげて下さいね」
「ええ、わかりました」
そう答えて去っていく彼を私は見送った。
私は振り返った彼に音のない言葉をおくった彼が読唇術を学んでいるかどうかは知らない。
『蛇は空から』、彼が読唇術を学び私の口の動きを理解出来たのなら多少の警戒はしてくれるだろう。
私の今の行為は出血大サービス、天才であるというのなら何とかしてみせてほしいな。ジェイド・カーティス。




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