W大佐

ドキッ! チーグルだらけのチーグルの森
〜4〜


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イオンと重なる視線を逸らさずにいれば私達は見つめあうことになる。
「僕はローレライ教団の導師として今回のことをこのまま見過ごすことは出来ません」
導師であろうとしている彼は責任感が強い。
その責任感は個人的には大変好ましいものであるので彼の成長を待ってやれなかったこの世界を残念に思う。
「イオン様、今回のことはどの方法をとっても見過ごしたことにはなりません」
責任者は多くのことにおいて周囲の者を信用し任せなければならず、そして同時に彼等の失敗も己の失敗と捉えなければならないものだ。
責任の取り方は共に罰を受けるというものではなく、新たな失敗を防ぐことに向けることになるだろう。
そう出来るかどうかは別として理想はそうであるべきだと私は考えている。
「ローレライ教団が解決するのはそうかもしれませんがマルクトに頼むのは……」
「ここはマルクトの領土です。ローレライ教団の導師といえどその領土内で起きた問題を勝手に解決するのは越権行為と思われかねません」
私の言葉にイオンの瞳が揺れて目線を下げる。彼の頭の中では私の言葉の意味を考えているのだろう。
彼はマルクトの皇帝にもキムラスカの王にも唯一頭を下げずとも許される存在だ。
だが、だからこそ彼は他国の領土においての己の行動を律する必要がある。
私が知るこれからを彼が導師として生きていくためには……
!イオン様に何てことを言うの」
抗議の声をあげたティアの発言を私は聞き流す。充分に失礼なことを言っているのは自覚している。
本来であればすぐさま捕らえられても当然のことだろうともそれでも幼子と知っている相手を放ってはおけない。
組織の上の者の正しさと個人の正しさの違いを知らないままであれば、ローレライ解放後も彼が生きているとしてもローレライ教団はその立場を失くすだろう。
大きく変わる世界の在りようにローレライ教団という大きな組織を合わせることが今の彼に出来るとは思えない。
預言が絶対という考えに囚われて変化する世界についていけない者を彼は捨てきれないだろう。それは間違っていることではない。
間違っていることではないからこそ彼はそうして、変革すべきタイミングを逃すだろうことが容易く想像できる。
「間違ってること言ってないんじゃないか?はマルクトで起きたことを他の国の奴が解決するのは変だって言ってんだろ?」
ティアがルークに言い返す前にイオンが俯いていた顔を上げて私を見た。
イオンが発言する様子にティアが黙ったのは導師の顔を立てることは出来るらしいと考えるのは意地悪というものか。
「……すみません。チーグルが罪を犯したと知って僕が責任を負わなくてはと」
「それだけを考えて抜け出してこられたんですね」
「はい」
上手いやり方ではなかったということは彼も自覚している。
その為に肩を落とす彼の様子を見ると慰めたくなるがここまで言ってしまったのだ。
「ここまで言ってしまいましたことですし言いたいことを言わせて頂きますがイオン様はご自身が動くべきではありませんでした。
 貴方様に万が一にも何かあればそれは警護していた者の責任となり、何らかの罰を受けることも考えられますし、
 謹慎であれば可愛いものですが職を辞めることになるものや手引きしていると思われれば投獄という事態にもなりえます」
たぶん、そんなことにはならないだろうとは思うが私がジェイド・カーティスの立場であったのならそうするだろう。
まぁ、私の世界でもピオニーの脱走癖のせいで3日の自宅謹慎は我が軍では近衛兵にはよくある罰則扱いだ。
最初は自分で抜け出したのだから罰則を与える気はないと言ったとある馬鹿にそれでは軍として示しがつかないと3日謹慎でお互いに手を打った。
私もその3日謹慎を馬鹿が私が軍に与えられている部屋を逃亡場所とするせいでとばっちりで数回受けているのだがあの幼馴染達が謹慎のたびに我が家に入り浸るので皇帝陛下確保のために私の謹慎罰則はなくなった。
とはいえ、逃亡場所の一つのままなので発見というかピオニーの姿を見てすぐに人を呼ぶようにしてはいるものの、
お茶を一杯飲む程度の時間でいつも帰っていくので休憩時間の息抜きとして近頃は城の人間は受け入れることにしたらしいが、
こちらの世界では皇帝陛下が勝手に抜け出すのだからと主張したように罰則がないのかもしれない。
「マジかよ?」
罰則という言葉に素っ頓狂な声をルークがあげた。
ついで眉根を寄せて「あいつら……」ぼそりっと呟く。
公爵家を警護している人間のことを考えたのかもしれない。
「……僕は」
ルークの声に肩を震わせたイオンの様子に流石に責めすぎたかもしれないと判断し。
「でも、もう一つ言わせて頂ければイオン様への警護の甘さも問題でした」
「えっ?」
責任という点で言うのであれば彼だけが悪いわけではないということを言えば思い当たらないのか戸惑いの声をイオンはあげた。
「導師は本来、導師守護役が常に一緒にいらっしゃるのですよね?」
「はい、ですが今は導師守護役は一人しか同行していません」
「一人ですか?」
ゲームと同じくアニスだけを連れているらしいと確認出来た。
彼が一人で行動している時点でかなり高い確率ではあったが本来のままであるからこそ頭が痛い。
「急な出発でしたので」
顔に出したつもりはなかったのにイオンが表情を曇らせたのは私の心情を察したみたいだ。
「そうだとしても護衛も満足に出来ない導師守護役には問題があります」
「今朝はアニスはよく寝ていて」
庇っているのだと思うけれどその言葉は逆にアニスが護衛出来ていないことを示している。
確かに一人で常に護衛など出来ないのだからマルクト軍に護衛を頼むべきなのだ。
今の彼らはマルクト軍に所属するジェイドに皇帝名代として申し込まれ同行しているのだから要請してもマルクトへの借りにはならないだろう。
いや、そもそもからして何も言われずとも護衛対象として守っているべきだとは思うんだけどね。
「イオン様がお連れになられている導師守護役ですが私が知る限りでも護衛対象であるイオン様の傍を離れること2回です」
「昨日と今日だよな。確かに役に立ちそうにねぇな」
「今日は僕が勝手に離れたんです!アニスが悪いわけでは……」
宿屋でのことを覚えていたルークが納得したのかそう言ったがイオンとしてはそれはアニスを責められていると感じたのだろう必死に否定の言葉を告げる。
「今日はということは昨日は違ったのですか?」
「あっ……」
私の言葉に俯くイオンの様子が答えだろう。
昨日は彼女から離れたのだとすれば彼女は許すことが出来る範囲を越えている可能性が高いということだ。
彼女がイオンから離れている理由を考えなかったわけではないけれど、
当事者であるイオンから聞いたことで私の中での推測がほぼ確定することになった。
、もういいだろ?導師守護役が役立たずなのはイオンのせいじゃないし」
「そうだね、ルーク。申し訳ありませんでしたイオン様」
ルークがイオンの様子にイオンを庇う発言をした。
それを指摘すれば違うと否定するだろうが話題を終わらせるには都合が良い言葉であったので私は頷いて謝罪する。
「いえ、殿は僕のことを考えて言って下さったのでしょうから」
私の態度に怒る様子の見せない優しい少年に私はもう一度だけ頭を深く下げた後に頭をあげて笑う。
「ありがとうございます。イオン様、私のことはで結構です」
「はい。あの僕のこともイオンと呼んでください。出来れば言葉も」
何処か自信なさげに言われた言葉は対等に接してほしいというような内容だった。
「それは……イオン、ありがとう。ここに居る人だけの時はイオンって呼ばせてもらうね」
「はいっ!」
自分の立場上不味いと迷ってから、ふっと今は私の立場などないのだとすぐに思い出す。
今の私の行動を決めるのは『私自身』だけで、その行動によって不利益を被る大切な人々はいない。
確かに気に入っている人間はいるが今はまだ私を縛る楔とはなりえない。
「そういうことですから不敬罪で逮捕とかは止めて下さいね」
私は彼の言葉を受け入れて砕けた話し方で接したがイオンの笑顔を見た後に
チーグルの巣穴の入り口のほうへと視線を向けて大きな声でそちらにいるだろう人物達に告げた。

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