W大佐

ドキッ! チーグルだらけのチーグルの森
〜3〜


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緩んだ雰囲気を変えるために表情を作ってイオンへと視線を向ければ彼は私の様子を察して私を見ている。
ミュウを抱いたままなのはご愛嬌と思っておいてもらいたい。
「イオン様、ライガの交渉の件ですがどうお考えですか?」
本来の話の流れではライガと戦闘をしてライガクイーンを倒してしまうはずだ。
私の知る彼女ではないとしても気持ちとしては彼女が殺されるのは避けたい。
「ライガには土地を移動してくれるように頼もうと考えています」
「移動を頼むんですか?」
交渉と言いながらも移動を頼むだけという彼に再度尋ねる。
「はい、どこか人里離れたところに移動すればエンゲーブを襲うこともないでしょうから」
先程の言葉を肯定するだけの言葉に頭が痛くなった。それで上手くいくと本当に思っているのならどれだけおめでたいのか。
結局のところ経験がないのはイオンもルークも一緒なのだろうと思うが、飾りだとしてももう少し教育する気はなかったのかと預言万歳主義な男を思う。
こちらでもあの男は私の邪魔な要素でしかないのだと再確認してしまった。
「失礼を承知で言わせていただきますが上手くいくとは思えません」
「そうなのか?」
きっぱりと言い切った私にルークが首を傾げた。
チーグルと話が通じたことで魔物との交渉が出来ないとは考えていないみたいだ。
「魔物だもの難しいでしょうね」
「はい、難しいとは思いますが……」
そしてこちらは魔物との交渉ということの難しさを理解しているらしく頷いている。
ただ私が言っている交渉が上手くいかないという理由を理解しているとは思えない。
「魔物だからという理由ではなく交渉という形にもなっていませんので」
「えっ」
二人の様子を見ながらの発言だが明らかに理解していなかった。
何だか胃に痛みを感じるような気もするのは神経的なものか。
……本気で今すぐ私の世界に帰してくれないかな?あの音素集合体め。
「ライガ達はここにいるミュウにより森を燃やされて移動してきたのですから、
 それを加害者であるミュウを通訳にして他の場所に行けでは納得できるはずがありません」
「それは……確かにそうですね。ですが、どうしたら良いのでしょうか?」
加害魔物といった方が正確かもしれないけど言い辛いので被害者でいいよね。
そんなくだらないことを考えつつも状況を理解してもらおうと説明すれば納得してくれたみたいで頷いている。
「イオン様……、そういう貴女はどうする気なの?イオン様に意見を言うぐらいなんだから考えがあるんでしょう?」
このままだと交渉は決裂すると理解したイオンが思い悩んだ表情になるとティアが私へと詰問してきた。
「私も正解を知っているわけではありません」
正直なところを言えば自分で考えろって思うんだけどね。
一から全部を教えてやるのって違う気もするしさ。
「じゃあ、どうするんだよ」
「みゅうぅぅ」
ルークとミュウが今の事態に声をあげた。前者が不満そうに、後者はしょんぼり。
イオンも似たような感じだしティアには期待しても無駄なようなので。
「いくつか方針は立てられます」
「何でしょうか」
私の言葉にイオンが表情を一瞬にして輝かせている。2人と1匹も私の方を見ているのを確認して口を開く。
他のチーグル達も見ているが彼らが聞いていても構わないし。
「一つ目、イオンさまの計画通りにライガと交渉を行う。魔物の言葉が解らないのでミュウの同行と当初の予定通りです。
 二つ目、エンゲーブのことはマルクトの問題ですので自国の問題はマルクト軍に解決して頂く。
 この場合はミュウの同行は必要ありませんがライガ達は全滅もしくはそれに近い状態になると思われます。
 三つ目、ローレライ教団の聖獣であるチーグルが起こした問題ですし、ローレライ教団が問題の解決に当たって頂く。
 噂ではありますがローレライ教団には魔物の言葉を理解される方がいらっしゃるとか。
 それもライガに育てられたという話でもありますしその方ならば説得できるのではと私は考えますが?」
アリエッタの話をした時に感じた僅かな気配にアニスが私達の話を聞いているようだと察した。
長老と交渉している間から違和感があったけれど、ジェイド達がいるかの確信まではもてなかったんだよね。
アニスのお陰で確信がもてたので今までの話は聞かれていると思っていいだろう。
「アリエッタのことですね……ですが、彼女には頼めません」
「何でだよ?イオンの部下なんだよな」
魔物と話が出来る人間を知っていてそれが自分の配下なら頼むことは間違いではない。
それどころか今回の件で言えば成功度がかなり高いのだから頼まないほうがおかしいことだ。
「それは……」
事情を知らなければそう思ったことだろう。
「ルーク!イオン様に失礼よ。何かご事情があるのよ」
ルークと一緒に不思議そうな表情をしていたんだけどね。
ティアの言葉にルークが何か言う前に言っておかないといけないことがある。
「……アリエッタという方と確執があるのかもしれませんが、
 万が一にも交渉相手であるライガがその方の知り合いともなれば不味いのでは?」
「まさか」
イオンの否定の言葉に私は首を振り。
「世の中にはまさかということが意外と起こりえるものです」
「……」
魔物に育てられた少女を知ってはいてもそれが今回のライガとは思っていなかっただろう。
押し黙ったイオンはその可能性を考えて青ざめている。
!」
「何?」
鋭い声で私の名を呼び睨みつけるティアに私は温度のない目を向ける。
そのせいかティアは口を開いたのに何も言わずに閉じてしまった。
「あーっ!わけわかんねぇこと言うなよ。ライガに育てられたっていってもどれだけ低い確率なんだよ」
ルークが頭を抱えて叫ぶ。本来であればルークの言葉に賛成するが今回は別だ。
「んー、わかってるんだけどね。今回のライガはチーグルに交渉してきたわけでしょ?
 殺されたくなければ食べ物を持って来いってね。怒りのままにライガはチーグルを狩らなかった。
 彼らには知識があり怒りを抑える知性があるということだと思うんだけど……」
アリエッタのことを知らなくとも今回のことは少々おかしいことだと思ったことだろう。
肉食の魔物が草食の魔物に取引をするなど普通は考えられることではない。
とはいえ、魔物のちょっと変わったことなど無視して討伐したほうが楽といえば楽で
本来のジェイドがライガクイーンを殺したことは悪くはないとは思う。
「それがアリエッタと知り合いである可能性ということですか?」
「はい、イオン様」
彼の言葉にしっかりと頷く。今回のことに関して言えばその可能性は確実だ。
それならば彼もそのことを自覚してもらわなければならないだろうと私は思う。
だからこそ彼の意思を聞きたくて訊ねれば迷いながらも意思を固めたようだ。
イオンが顔を上げ結ばれた唇で私を強く見たので彼が口を開くのを私は待った。

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