W大佐
ドキッ! チーグルだらけのチーグルの森
〜2〜
チーグルの巣にはソーサラーリングを調べに以前行ったことがあったのでさり気なくルーク達の前を歩き先導した。
そうして大きな木のうろの前に落ちていた焼き印つきの林檎を証拠としてチーグルの巣穴へと入る。
「通して下さい」
イオンの言葉は聞こえているはずだけれどチーグル達はみゅうみゅうと鳴いて通さないよう壁を作っている。
一匹、一匹は可愛いけど正直なところ、これだけ数がいると鳴き声が頭に響く。
ティアは可愛らしさでその鳴き声を気にしていないみたいだけど、ルークはこの騒音とも思える鳴き声に不機嫌になっていて舌打ちをした。
貴族のご子息様であるはずのルークが舌打ちってどういう生活環境だったのかが気になるところだ。
軟禁状態であっても屋敷内はほぼ自由に動けていたようだし使用人達の話を聞いてたりしたのかな。
それで覚えた言葉を使ったりして他の人が以前のルーク様とは思えない言葉遣いとか言ったりしたら余計に使いそうだしねぇ。
「魔物に言葉なんか通じるのかよ」
退く気配なく鳴いているチーグル達をルークが睨みつけているが実は危険行為なのだと理解していない。
チーグル達は臆病だが追い詰められたりしたらチーグルも必死になるし、大人のチーグルの炎は馬鹿に出来ないものがある。
記憶に留めるためにゲーム内容を日本語でメモをしそれを時折思い出すために見ていたこともあり多少は覚えているが細かいことは覚えていない。
確かミュウというチーグルが森を燃やしてライガがエンゲーブの近くに移ってしまったと記憶しているけど私のところではそんな出来事なかったし。
「チーグルは教団の始祖であるユリア・ジュエと契約し力を貸したと聞いていますが……」
「……ユリア・ジュエの縁者か?」
チーグル達が守る奥の方から老いた声が聞こえた。
私がソーサラーリングの複製を目論んでリングを借りた時に会ってはいるが、導師イオンに脅された時の彼は可哀想だった。
教団の聖獣相手に遠慮のないあの態度、表面上は素敵すぎる笑顔なだけ大変に残念だが頼りになる導師だった。
私が無事にソーサラーリングを借りて複製に成功したのも彼のお陰だし、今もその一つを私は身につけている。
魔物の種類にも寄るけれど若い個体だと馴れてくれたりするので、カーティス家の別荘近くの森にはそんな懐いた魔物が多い。
魔物好きなアリエッタにはかなりの楽園っぷりらしく連れて行った時には喜ばれた記憶がある。
ご令嬢だし振舞いもそうだけど、幼い頃に魔物に育てられたのと私が無理に魔物と離そうとしなかったから変わった子に育ったんだよね。
元のアリエッタを知っているとそれでも魔物との距離は遠いし、他の人と接するのも問題はなかったけれど。
「おい、魔物が喋ったぞ!」
一人、他所ごとを考えていたがルークが叫んでいる様子に意識をそちらへと向けた。私も前世のことを覚えていなかったら驚いたと思う。
ソーサラーリングのことは生まれ変わってから、ジャンルを問わずにかなりの本を読んだ私でも目にしたことはなかったしね。
「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ。おまえ達はユリアの縁者か?」
「はい。僕はローレライ教団の導師イオンと申します。あなたはチーグルの長とお見受けしましたが」
「いかにも」
重々しい声た長老チーグルをイオンは真っ直ぐに見つめ。
「あなた方はエンゲーブで盗みを働きませんでしたか?」
「なるほど。それで我らを退治に来たという訳か」
人間から盗むことの危険性を考えてはいたのだろう長老は頷いている。
だからこそチーグル達は奥に通さないようにしていたのかもしれない。
「盗んだことは否定しないのか」
ルークが意外そうな声をあげた。
「チーグルは草食でしたね。何故人間の食べ物を盗む必要があるのです?」
「……チーグル族を存続させるためだ」
チーグルが認めたとしても理由が推測できないために尋ねるイオンに長老が口を開く。
「食べ物が足りないわけではなさそうね。この森には緑がたくさんあるわ」
「我らの仲間が北の地で火事を起こしてしまった」
理由として考えられるのは餌の不足だが実りある森の様子からして違うのだろうとティアが尋ね。それに促がされるように長老が続きの言葉を発した。
「では村の食料を奪ったのは仲間がライガに食べられないためなんですね」
干し肉などチーグルが食べない物も盗んでいった理由となると納得したようにイオンが頷いている。
「……そうだ、定期的に食料を届けぬと、奴らは我らの仲間をさらって喰らう」
「ひどい……」
可愛いもの好きなティアからするとチーグルが食べられることに同情的な感想を言っているけど私としては……
「弱いモンが食われるのは当たり前だろ。しかも縄張り燃やされりゃ、頭にも来るだろーよ」
「まぁ、住処を焼かれたりしたら怒るよね。普通」
ルークの意見に全面的に賛成の意を述べておく。人間同士でも被害を受けたら加害者に対して報復を考えるものだ。
それが魔物となれば我慢する理由などないのだから群れ一つを食い殺したところで意外性はない。
「確かにそうかも知れませんが、本来の食物連鎖の形とは言えません」
その本来の食物連鎖を断ち切ったのは不可抗力とはいえチーグル側で、ライガに食べられるという点だけでチーグルを被害者側のようにいうのは微妙だ。
そのような一方的な見方をしていては導師としては問題になる。彼の事情を知ってはいてもその地位のことを思えば頭が痛くなった。
「イオン様、犯人はチーグルと判明しましたがどういたしましょう」
「どうってこいつらを村に突き出せばいいんじゃないのか?」
悪いことをしているのだからっと簡単にルークが言ったがティアは冷たい視線を彼に向け。
「でもそうしたら、今度は餌を求めてライガがエンゲーブを襲うでしょうね」
「エンゲーブの食料はこのマルクト帝国だけでなく世界中に出荷されています」
「じゃあどうするんだよ」
ティアだけであればルークは文句を言ったかもしれないが、イオンが賛同したことで文句を言わずに尋ねている。
「ライガと交渉しましょう」
「魔物と……ですか?」
「そのライガってのも喋れるのか?」
「僕達では無理ですがチーグル族を一人連れていって訳してもらえば……」
連れていってと言いながらその視線は長老に。
言葉を理解しているのは彼なのだから当然のはずだが長老のチーグルは微かに震えた。
「……では、通訳のものにわしのソーサラーリング貸し与えよう」
長老は一匹のチーグルを呼ぶ。
青い小さなチーグルはルークの傍に居ることになるはずの仔だ。
私が居ることで起きた変化後でもそうであれば。
しかし、長老怖いからといって仔を差し出すなとも思う。
確かに原因ではあるだろうが仔が責任をとれるわけないだろうに。
「なんだぁ?」
「この仔供が北の地で火事を起こした我が同胞だ。これを連れていって欲しい」
ソーサラーリングを長老が呼んだチーグルの頭から入れて渡そうとして倒れる2匹。
明らかに頭の大きさからして入らないと思うんだけど2匹は大真面目なようだった。
何事もなかったように脚からリングに身体を通した青いチーグル。
「ボクはミュウですの。よろしくお願いするですの!」
ぐるりっと見ていた私達を見回して元気よく挨拶をした。
「……おい。なんかむかつくぞ、こいつ」
「ごめんなさいですの。ごめんなさいですの」
怒られたミュウが謝罪を繰り返したが逆にルークの機嫌が悪くなる。
「だーっ!てめぇ、むかつくんだよっ!焼いて食うぞ、オラァ!」
「まぁまぁ、ルーク。この仔の癖なんだろうからさ」
流石に理不尽すぎると私はミュウを抱き上げて両手で抱える。
暴れたりせずに大人しくしているので嫌がってはいないみたいだ。
「だってよぉ」
私の言葉に不満そうな声をあげるルークの横でティアがミュウを見ている。
彼女もミュウを抱き上げたいと考えているのかもしれない。
「馴れたら可愛いと思うけど?」
「信じられねぇ」
私の言葉にしかめっ面でルークが答える彼に少し笑ってしまう。
微笑ましく感じたからだ。少数だけならチーグルは可愛いと思う。十数匹ぐらいになると鳴き声で頭が痛くなるけどね。