W大佐
ドキッ! チーグルだらけのチーグルの森
〜1〜
ルーク達と一緒にイオンを追ってチーグルの森へ向かう過程は移動を早めるために魔物を発見した時には遠くなら逃げて近くなら先制攻撃を仕掛けて速攻で片付けた。
森に入ってからは進む速度が遅くなったのは森をルーク達が歩きなれていないためだ。出来るだけ急ぎはしてもルークがついて来れるだけの速度で進んだ。
それでも目的の人物には追いついたようでその先に歩いている人影を見つけることができた。
「おい、あれ、今朝見かけた奴だ!」
同じようにルークもまた人影、イオンを見つけたことで声をあげると走り始めたので私も慌てて後を追う。
近づきイオンの様子を見れば覚束ない足取りとまではいかないが、あまり早くないその歩みはこれまで魔物に襲われてダアト式譜術を使用したからか。
駆け寄る私達に気がついた彼は立ち止まると見覚えのない私達に首を傾げ。
「あなた方は?」
こちらを警戒した様子なく尋ねるその様に私は鳥肌が立った。
彼の表情は私が知る導師イオンとは全く別物過ぎて、私の世界の彼を思い出すと気持ち悪く感じた。
そのお陰で二人のイオンの違いを感じることが出来た。
「私はと申します。今朝、少年が一人で村を出て行くところを私の連れが見たと言いましたので様子を見に。
村に導師イオンが来られていたようだと知っていましたので万が一と思いまして」
「そうですか。すみません、ご心配をおかけしたようで……」
私の言葉に彼は眉尻を下げて俯く。
しょんぼりとした様子に胸が何だか痛くなるのは何故だ。
「……別に」
ルークもイオンの様子に戸惑ったようで視線を明後日の方へと向けた。
「ルーク!イオン様に何て口の利き方をするの!」
待て。君のほうこそルークに何て口の利き方をしているのか。立場上で言うのならイオンとルークはお互いに敬った言葉を使う立場だからね。
ティアの言い分に間違いはないけれど、君が言うのには問題がある発言なんだよ。まだルークの正体を知らないことになっている私なら他人には弁解の余地があると思うけど。
「気にしないで下さい。あの、ルーク殿と仰るのですか?」
「ああ」
他人に敬われてばかりだったのでルークの態度は珍しかったのだろう。
気にした様子なくイオンはルークへと微笑みかけティアの注意に機嫌を損ねたルークも返事を返した。
「古代イスパニア語で聖なる焔の光という意味ですね。いい名前です」
名をイオンに褒められてルークが照れたようだ。
彼の表情を見ているとティアが口を開き。
「私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「あなたがヴァンの妹ですか。噂は聞いています。お会いするのは初めてですね」
組織の上層部にまで名前が知れ渡ってるってどういう意味なのだろうか。
ヴァンが有名なのでその妹だからならいいけど、ティアの非常識的な行動からとかだったら嫌だ。
任務中に個人的なことを優先させる軍人って褒められたものではないからなぁ。
「はぁっ?お前が師匠の妹!?じゃあ殺すとか殺さないってアレはなんだったんだよ!」
大好きな師匠の妹ということで興奮したルークが叫んだ。
「殺す……?」
「あ、いえ……こちらの話です」
物騒な話をし始めたルークに戸惑ったように首を傾げるイオンと話を流そうとするティア。
「話をそーらーすーな! なんで妹のお前が師匠の命を狙うんだ!」
彼女の行動に理解できないルークが詰め寄るようにしてティアに近づいた。
何かチンピラのようにも見えるのは目つきが悪いからなのか。
「それは……」
「チーグルです!」
チーグルの姿を見かけたイオンが大きな声をあげる。
その声に気付いたチーグルは森の奥へと逃げていくがその姿を私達も捉えることが出来た。
「はぁ? あの魔物がどうしたんだよ」
大きな声に危険な魔物でも出たと思ったのか柄に手を当てている。
ただチーグルの小さな姿にすぐに警戒を解いたのは問題かもしれないけど、本来は魔物への警戒はルークがするべきことではないと考えれば上出来だ。
旅が続くようなら魔物の知識もルークに教えておかなければっと頭のメモに記しておく。
「僕、この森にはチーグルを調べに来たんです」
「調べにって何でだ?」
私が考えているうちに二人の会話が進んでいる。
下手に口を出すよりもルーク達に会話の主導を握ってもらったほうがイオン相手には良さそう。
「エンゲーブで盗難騒ぎがありましてその真相をどうしても知りたくて」
「盗難騒ぎ?そんなのがあったのか。でもよ。おまえには関係ないじゃん」
関係ないのもそうだけど他国での事件に首を突っ込むのは国際的には問題なんだよね。
明らかに越権行為であるという事実に思い当たらないイオンとルーク。
知識と経験が足りない二人であるので仕方がないとしても二人に何も言わないのは不味いかな。
「チーグルの毛が現場に残されていたんです。聖獣と言われるチーグルが人に害をなすなんて何か事情があるはずです。チーグルに縁がある者としては、見過ごせません」
聖獣チーグルが害してるって言ってもいいのかな。
イメージとか問題ではなかろうかと思うんだけどティアとか何も言わないからいいのか?
「魔物のことなんて、放っときゃいいだろ」
「そうですね。僕は変わり者かもしれません。でも知りたいんです。
とにかくチーグルと接触できれば、真相がわかると思います」
拳を握り精一杯の気持ちを込めて訴えている様子に押されたのかルークがため息をつき。
「ま、さっさとチーグルとやらを探すか」
言外にイオンに同行するつもりみたいだ。
「何を言っているの! イオン様を危険な場所にお連れするなんて!」
「村に送ってったトコで、また一人でのこのこ森へ来るに決まってる」
抗議の声をあげるティアに説明するルークの言葉は前科があるだけに説得力がある。
「はい……すみません、どうしても気になるんです。チーグルは我が教団の聖獣ですし」
一人で行動するのを否定しない導師ってどうよ。導師としての心得が彼にはないようだ。
私の知る導師イオンも単独行動はしたけど彼の場合は自覚してのものだから意味が少し違う。
とはいえ、どちらがマシかと言われてもどっちもどっちと私としては答える。
「ほれみろ、それにこんな青白い顔で今にもぶっ倒れそうな奴、ほっとく訳にもいかねーだろーが」
「はい!ありがとうございます」
乱暴な言葉遣いだがイオンとしては嬉しいのだろう満面の笑みだ。
「あ、あと魔物と戦うのはこっちでやる。体調が悪いのなら大人しくしてろ」
「守ってくださるんですか!?感激です、ルーク殿!」
倒れてはいなかったが確かに顔色は優れていない。
身勝手な言動をするようにみえて他人の様子をきちんと見ているのは軟禁生活のためか。
「ちっ、ちっげーよ!足手まといだっつってんだよっ!大げさに騒ぐなっ!それと、俺のことは呼び捨てでいいからな!?行くぞ!」
「はい、ルーク!」
「待って」
顔を真っ赤にして照れたルークが先に歩き出すと嬉しそうなイオンがついて行く。
その後を慌てた様子で歩き出したティアだがやはり発言としては如何なものか。
イオンが先に行っているのだから最低でも『お待ち下さい』のほうがいい気がする。軍人として挨拶してたわけだし。
「、何やってんだ!先に行くぞ!」
「はーい!今行く!」
ルークへの返答のために普段どおりに返事をして三人の後を追う。
まだ背後からは気配とか感じないのでたぶんジェイド達は追いついていないみたいだ。