W大佐
証拠隠滅は重要です。あれ、何かを忘れたような?
〜3〜
衣服を購入し他にもグミなどを買っていたためか宿屋前に人はいない。
ローズさんのところに知らせに行ったままの可能性が僅かながらにあるが、現在はジェイドが居る時点で話が長引かないばすなので戻っているはず。
深く考えなくともルークが捕まらなければジェイド達と会う最初の機会を逃がすことになるんだよね。
……いいや、嫌味とか聞きたくないしジェイド達のことは忘れよう。
「連れを見かけませんでしたかぁ!? 私よりちょっと背の高い、ぼや〜っとした子なんですけど」
「いや俺はちょっとここを離れてたから……」
「も〜イオン様ったらどこ行っちゃったのかなぁ」
宿屋の扉を開けたら聞こえてきた会話に思わず足を止める。
アニスがいるってどれだけの時間この子はイオンと別行動をしていたんだろうか。
「ちょっと、どうしたの?」
「ごめん」
ルークの次に私が続いていたのでティアが急に止まった私にぶつかった。
咄嗟に謝って慌てて中へと入るがその間にもルークはアニスと会話をしていたようだ。
「しかし、なんで導師がこんな所にいるんだ? 行方不明って聞いてたぞ」
「はうあっ! そんな噂になってるんですか! イオン様に伝えないと!」
「おいっ!……ちぇ、なんでいるのか判らなかったじゃねぇか」
慌てたような声をあげてアニスが私達の横を通って出て行く。
「導師イオンがこの村に?」
私と同じようにアニスを見送っていたティアが呟いた。
導師イオンが公務で国の首都や大きな都市に行くことはあっても、こういった村を視察するようなことはあまりないので疑問なのだろう。
「ヴァン師匠は行方不明って言ってたぜ」
アニスに無視をされたので少しご機嫌斜めになっている。
それでも聞いた話を教えてくれる時点で私達のことを邪魔とは思っていないようだ。
「そうなの? でも、彼女は導師守護役だからローレライ教団も公認しているはずだけど」
「導師守護役?」
「導師であるイオン様の親衛隊よ。神託の盾騎士団の特殊部隊ね。公務には必ず同行するの」
ローレライ教団の内部のことなので知らない人もいると認識しているのかティアの口調は穏やかだ。
いつもこんな感じで説明してくれたらルークも意地にならないですむので今後も続けてほしい。
「あんなガキでも、ヴァン師匠の部下ってわけか……にしても、行方不明って話はなんだったんだよ。誤報ならマジむかつくぞ!」
大好きな師匠であるヴァンのことになると熱くなるなぁ。
「ルーク、ガキって言う言葉はあまり使ったらダメだよ。ルークが人に言われたら嫌でしょう?」
「うるせぇな」
騒いでいる彼を眺めつつ気になった言葉を注意すれば切り捨てられた。
「ルーク、は間違ったことは言ってないでしょう?」
ティアも私に加勢したがルークはそっぽを向いた。
これ以上は話を聞く気がないという態度にティアが目を吊り上げた。
彼女がそれ以上何かを言う前にルークへと近づき。
「さぁ、部屋を取ろうか。ルークとティアは今日のことで疲れているだろうし早めに休もう?」
「……そうね」
ティアへと後ろを振り返りながら言えば私の意を汲んだのか彼女は頷いてそれ以上は言わなかった。
馴れないことの連続でルークも疲れていたのだろう。私からの提案に反対しなかったので私が部屋をとる。
ゲームよりも部屋数はあったがルークを別部屋にするのが不安なので3人一緒の部屋だ。
真ん中のベットには私が眠るつもりでいるけど護衛という点ではルーク真ん中のほうがいいんだよね。
まぁ、ルークが今のところは狙われているわけではないのでよしとしとこう。
部屋の中での話し合いはカイツールの検問所に向かうということで決まった。
泥棒に間違われていないのでチーグルの森に行こうという話は出ない。さて、イオンとチーグルの森で合流するべきか否か。
ベットが屋敷の物より固いと文句を言っているルークとそれをたしなめているティアの二人を眺めつつ私は明日の予定を考える。
ジェイド達と合流しないのならグランコクマに行くのも手だったかもしれない。
ピオニーならばルークの正体を明かしたところで政治的に利用はされても、ルーク自身は悪いようにはしないだろう。
ただそうなるとティアが無事かどうかが逆に心配になる。捕まってしまう可能性も否定できない。
ピオニーが気にしない分だけ部下が身分とかそういうことにうるさくなってしまうのだ。
いや、それがごく普通の反応であってアビスのメンバーがおかしいんだよね。
私だって公式の場ではピオニーを皇帝として扱って……と、考える時点で不敬かもしれないけど場を弁えてはいる。
それはサフィールもそうでピオニーとしては少し寂しいのだと本音を語られたこともあるが、私達がピオニーに気安い態度を公の場でとるのは色々な意味で面倒なことになると納得はしていた。
そう考えるとジェイド・カーティスのあの突き抜けた態度は凄いと思う。組織には要らないけど。
ああ、私は混乱しているのかもしれない。落ち着いて考える時間が出来て妙なことばかり考えている。
仕方がないことだと思いたい。必死に探りたどり着いた答えから急に離されて振り出しに、いやそれ以上に悪い状況に放り出された。
ジェイド・カーティスのスペックはあれど中身は平凡な女に何が出来るというのか。
自分だけでなく大切な家族や友のために頑張り続けたというのに……自分の中にある怨嗟の声を封じる。
いつかこの声を醜くも張り上げることになるかもしれないが今は違う。
まだ私にはやれることがあるし、その時間も僅かながらにあるのだから絶望するにはまだ早い。
眠る二人の同行者を交互に見つめた後、私も無理でも眠るために目を閉じる。
明日がどうなろうとも面倒な1日にはなるだろうことだけは決定しているのだから、少しでも身体を休めておかないと。
部屋の空気が動く気配に意識が浮上する。ベットが片側だけ沈む。
「おい、」
少年の声が聞こえてきたことで目が覚める。目を開けて声の主を確かめればルークだと確認できた。
「どうかしましたか?」
「えっ?」
口に出してすぐに自分の失態に気付いた。きょとりとしたその顔に自分の口から出た声を取り消したい。
私は普段と同じように喋ってしまったのは、目覚めたばかりで上手く切り替えが出来ていなかったためだ。
「ルーク、朝からどうしたの?」
この世界に来てから喋っているように話せば彼は首をかしげながらも口を開いた。
「ああ、なぁ、ガ……子どもが村の外に一人で出て行ったんだが、それって普通か?」
ルークは昨日注意した言葉を言いなおした。聞いてないようでいて気をつけるのがルークなのかもしれない。
「子どもってどんな?」
「緑の髪をした薄い緑色の服を着た俺より年下っぽい」
「それって導師イオンかも」
彼が説明する人物像で浮かぶのは導師イオンだ。緑の髪が他にいないわけではないが少しばかり珍しい色合いだ。
それに導師イオンが外に出る可能性が高いことを知っていたからこその連想だろう。
「はぁ? 導師イオンって師匠が探していた奴かよ!」
大きなその声に寝起きの頭は辛い。
「んー……イオン様がどうなさったの?」
耳を押さえつつ恨めしげにルークを見ているとティアが眠そうな声で聞いてきた。私がルークから彼女のほうへと視線を向けると身を起している最中だった。
ルークの大きな声で起きてしまったみたいだが、導師イオンという名に怒るよりも内容が気になったみたいだ。
「外に出て行った奴が導師イオンかもしれないってが」
「本当?」
ルークの言葉を聞いて彼女の視線が私へと向けられる。
彼女は低血圧ではないようでその瞳には眠気は感じられない。
「緑の髪をした少年をルークが見たって言うから緑の髪は珍しいし、導師がこの村に来られているのならもしかしてっと思ったの」
「そうかもしれないわね」
導師イオンである可能性を彼女も認めて頷いている。
「なら、おかしくないか? 導師守護役が近くに居るはずなんだろ? 一人で村の外に出ていったぞ」
「イオン様がお一人で行動されるはずはないわ」
一人でという言葉にティアはその人物がイオンではないと判断した。けれど私としてはその人物がイオンである可能性が高まったと思った。
ジェイドとアニスに内緒で彼はあの物語と同じようにチーグルの森に向かったのだろう。
「ここで考えても仕方がないよ。それとも少年の後を追う?」
本来ならばこういった話は責任者に言うべきだろう。部外者である私達が勝手に判断して行動することではないからだ。
ただ私の中の知識が外に出た少年はイオンだろうと推測させるのだ。そして、ルークが外に出て行くイオンを見たことも予定調和ではないかと思わせる。
「そう……ね。イオン様ではないとしても外は魔物がいて危険ですもの」
私の言葉に少し迷ったようだがティアが賛同した。
彼女だけの同意ではなくルークの同意も必要なのでそちらを見れば。
「……チッ、見ちまったしな。ちょっと探すぐらいするか」
渋々といった様子で同意するルークだが、外へと出てしまった少年を心配する気持ちは持っているみたいだ。
荷物は最低限しか出していなかったのですぐに出ることが出来る。
出発するにしても少しばかり早い時間だが宿の亭主は起きていたので一言声をかけて外へと出た。
まだ空は薄暗い時間だが、徐々に明るくなっていくだろうから灯りは必要はないと思う。
この時間の行動はルークが馴れないだろうから、彼を気をつけてみてあげなくてはいけないかな。
ルークが見た少年が向かったという方向へと出発する。
……後からジェイド達も来るだろうからその気配にも警戒しておかないとね。