君護り

きみはもっと多くのことを望んでいい


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精神が発達してきたルウに最近は身体の主導権を譲るようにしていたのにルウは近頃、昼間に起きなくなってしまった。
奇妙なことに私自身は身体が眠れば眠るのに、ルウは精神だけで起きていることがあり夜更かしをしてしまっている。そうすると昼間はルウの精神は眠ることになるものの身体は起きるので私が身体を動かすことになってしまうことがルウへと身体の主導権を移していた私にとって悩みのタネだ。
(起きないの?ルウ)
(うーん)
(ガイとの剣術の稽古だよ?)
(ねむいの)
ふにゃふにゃとした不確かな思念で起きるのを拒否されてしまったので、私は木刀を手にとる。この調子だと鍛錬しても身につかずに怪我をしてしまいそうだし、それくらいなら身体を鍛えるために私が代わりに剣術の鍛錬にでることにした。
ガイに言えば理解してくれるだろうと考え、自分が当初の頃と違ってガイのことを信頼する気持ちがあることに気がつく。今も私はルウのためにここに在ると考えてはいても世界の全てをルウだとは考えてはいない。だが、世界とルウならルウを選ぶことは変わりはしない。
世界が世界のためにルウを犠牲にしようとしたのなら私は世界ごと滅ぼしてしまうかもしれない……そう考えてから首を振る。
「ルウはそれを望まない。きっと」
優しい子に育ってくれているから……私が知るルークとして生きた彼より、甘えたなルウ。
どのような偶然が起こしたことかはしらないけど、私が在ることでルウという意識は育った。
ゲームで知っている彼は私という存在が生まれる前に殺した。ぼんやりと思考に沈んでいた意識がノックの音で引き戻される。
「はい」
「ルーク様、剣術の時間です」
扉から聞こえてきたのはガイの声だった。中庭で待っていたはずなので行かなかったことで様子を見に来たのだろう。
「ガイ、部屋に入って」
「あれ?……か?ルウはどうしたんだ?」
ガイは扉を開けて部屋の中に入ると扉を閉めてから問いかけてきた。
私がと他の人に聞かれるのを嫌がったので気を使ったのだろう。
「夜更かしをして眠いと寝てしまってる」
「身体を動かすのが好きなルウが珍しいな」
「そうだね」
彼の言葉に頷いて、本当にルウはどうしてしまったのかと悩む。ガイが好きなルウは彼との稽古をいつもとても楽しみにしていた。
ずっと一緒にいるはずなのにルウの変化の理由に心あたりがないことを不安に思う。
「しかし、空いた時間はどうする?」
ルウに剣術を教える時間は短くはない。
「ルウの代わりに私に付き合ってくれないかな?」
にか?」
意外なことを言われたとでもいうような彼の驚いた様子でこちらを見た後に。
「剣術はルウで体術はって言ってたからさ」
体術を私が習うことにルウが興味を示したので、剣術はルウで体術は私でそれぞれ習ったことを教えあうとしていた。
お互いにそれぞれの訓練を見てはいるが、やはり自分の意思で身体を動かしているのといないのとでは感覚に差異があるので一度はお互いにその日にあった訓練をトレースさせるようにしている。
そのためか日々、体力はついてきているし贅肉などという余分な肉はない身体だ。本来の物語での生活では太りそうだけど太ってなかったので元からルークは太り辛い体質なのかもしれない。
「ああ、今回は剣で攻撃された時にどうするかの動きの確認をしたいんだ」
基礎の動きを習った後に稽古の方針として体術の師である騎士の一人から教えられているのは攻撃ではなく守りの姿勢。敵を倒すのではなく、凌ぐことのほうが私が求めていることだからだ。
「どうしてワザワザそんな危ない真似を」
「いざという時のために」
武器と無手、一対一だけでなく一対多での動き。
この世界の預言にも似た私の知る『物語』、それは私の大切な存在が失われる話。
「お前の立場上ないとは言えないけど」
呆れたような彼の視線に笑う。
ガイが考えているのは戦場に軍を率いて立つことや暗殺といったとこだろう。
「ガイ、預言をどう思う?」
「預言?何だ唐突に?あらためて考えると難しいな。天気を知れたり便利なものだとは思う」
唐突な私の問いに首を傾げたガイだったが問い返すことなく答えた。
「そう便利なものだ。良い預言であれば人は心待ちにし、悪い預言であれば心構えをする。預言によって人々はより良い方向に向かうと無意識に信じている」
は預言が嫌いなのか?」
預言によって生き方を狭めた人々はどのような重要なことであれ、預言によって詠まれていればそのとおりにする。生き方としては楽だろう。
深く考えることなく指示されるままに動けば良いだけなのだから……だが、人々は理解していない。預言は人の繁栄を約束したものではないということを。
「劇の台本を嫌ったところで意味はないかな」
預言を自分は好きではないが、正直なところは占いと何が違うのかという認識しかない。その結果のとおりに行動するのはあくまで人だ。
「台本?」
何を言っているのか理解されていないだろうことは、ガイの怪訝そうな表情で理解できた。
生まれてからずっと預言に親しんできた彼にとっては預言に従うことは当然のことかもしれない。
また逆に預言に逆らうことを考えたとしても、それはある意味で預言に縛られていると言ってもいいんじゃないだろうか。
ああ、そう考えると私もまた預言に縛られた人間の一人ということかもしれない。
「人が預言のとおりに振る舞ったとして、それは台本を読み上げられてそのまま演じているに過ぎない」
「いや、何となく言いたいことはわかるんだけどな。考えすぎじゃないか?」
「そうかもしれないね。預言は台本ではないのだし、預言により罪を犯したとしても演じた者が行動したことに変わりはないのだから、憎まれるのは預言でなく罪を犯した者であるのは当然のことだ」
無知は罪だ。知らなければ何が正しいのか間違っているのか判断することは出来ない。けれど、学ぶ機会を取り上げられていた子どもに無知は罪なのだと責めることなど出来るだろうか?
精神が成熟していない幼い子どもに、彼らの侮蔑まじりの視線は辛かっただろう。それから逃げようとすることは当たり前ではないか。
「預言によって縛られた者のせいで罪を犯した彼は信じていた者に裏切られ、周囲の人間に罵られ、最後は己を歪めてしまった」
その罪は死地へとあの子を向かわせ、最後は世界の犠牲となる。
ゲームをプレイしていた時にもルークを取り巻く人間、仲間などとは思えない態度に呆れたものだ。正直、ルークの態度も子ども過ぎるとは思ってはいたが記憶喪失であり、軟禁状態という点と親の態度からまともな教育を受けたとは思えなかった。
アグゼリュスでのイベントはそれまでのパーティメンバーの態度の酷さもあり、あの時の私の同情心は大きくルークへと傾き、それ以降は仲間ではなく彼らは同行者だとしか認識しなかった。
その中の一人にもちろん、ガイのことも入っていた。あのイベント後はどれだけ心温まる言葉だとかを同行者達がルークへと声をかけても心に響くものはなかった。失敗したら、また見捨てるんだろうという考えが浮んでいたからだ。
「彼って誰のことだ?」
戸惑ったように私に問うガイの顔色は青ざめているように見えた。
「もう終わってしまった物語の主役」
私が居ることで生まれることもなかった子どもの半生だ。
「あー、感情移入をしすぎたのか?」
「そんなところかな」
ルウの身体の中に入ってから、幾度も幾度も繰り返し思い出した。忘れないように日本語で書き記し、机の奥にしまわれている深淵の物語。
私はルウの幸せを壊し、先すら奪うその話を認めるわけにはいかない。深淵だというのなら沈んでしまえばいい。
「お前がルウ以外のことで感情を昂ぶらせるのは珍しいよな」
「……」
ルウが歩んでしまうかもしれない人生だと言ったのなら、彼はどうするだろう。
きっと信じはしないとわかっているがゆえに苛立ちに唇が歪んだ。
?」
湧き上がる激情を押さえ込む。目の前の少年は物語の青年とは似て非なる存在だ。
何より、確かに朱色の子どもにとって幼馴染でもあった使用人との友情は心の支えであっただろう。
ダメだ。裏切るかもしれない存在だからと今此処で排除してしまっては……
「ガイ、君は裏切らないでね」
ギリギリと心臓に締め付けるような痛みを感じるのは錯覚だと理解している。
「俺は……」
向けられた青い瞳と目を合わし、笑みを浮かべる。その笑みがどんなものに見えたのかガイは息を呑んだ。
「ルウのことをどんな時でも支えてあげて」
さほど離れてはいなかった距離を詰め、彼の頬を両手で包み。
「それが、いつか消える私からの願い」
物語に存在しない私はルウが大人となった時の足枷となるだろう。無事にルウが成人した時にまで私がルウの中に居たのなら、私は消えよう。
意識を深く深く沈めて、誰の声にも、ルウからの声にも答えないように眠ってしまおう。
「消えるって……」
呆然とした様子で彼は呟いた。
「さぁ、稽古に付き合って」
彼の頬から手を離し、扉へと向かおうとした私の手首が掴まれる。
「なぁ、。お前はもっと望んでもいいんだ。俺はルウを支えていくけどお前のことも支えるから、だから消えるなんて言うな」
ガイの言葉を信じたい。出会った頃の彼とは違う変化を良い方向に進んでいると信じたかった。なのに、信じることが出来ないのはルウを失うかもしれないという恐怖のためだ。
私の選択により、ルウが傷つくかもしれないと思うとガイを信じきることは出来ないと同時にガイの言葉を否定することも出来ない。
「……」
「お前達はルーク様じゃないんだろう」
黙っているとガイは真剣な表情で私に言った。問いかけではなく確信に満ちているように思うのは気のせいではないだろう。
アッシュとなっているルークと瓜二つであるゆえに母上以外は気づいていないと思っていたのにガイはいつ気づいたのだろうか。
「何故、そう思う?」
私はルークを積極的に演じたことはないが、否定したわけでもない。
周囲の人間はルークと私のことを認識しているはずだ。
「ファブレ公爵への態度だ。記憶がないのだとしても父親に向ける目をお前はしていない」
「……ああ、そうか」
零れ落ちたのは納得の声。ルウを見殺しにする人間の一人であり、現状でそう行動している唯一の人間を私は憎んでいた。
いつか裏切るかもしれないガイは、まだ裏切っておらず、裏切らないままに居てほしいと願っているがために嫌うことなど出来なかったからその思いすらあの男に向けたのだ。
「公爵をどう思っているんだ?」
憎んでいると正直に告げたのなら彼はどうするのだろう。復讐の仲間として私を引き入れるのだろうかと考えたところで意味はない。
「哀れな人」
私があの男を憎んでいると告げることはない。私にその資格はない。
あの男の息子の居場所を占拠し続けているのだから。
「哀れ?」
私の言葉を繰り返したガイに頷き。
「そう、哀れな人だよ。あの人は自らの滑稽さに気づいた時にあの人はどうするんだろうね」
国の繁栄のために息子を差し出した男は、実際は世界の滅びの序曲を息子が奏でるのだと知ったらどうするのか。
向き合う勇気を持たなかったために子が入れ替えられたと気づかなかった男は、この事態に気付いたらどうするのかと考えると笑えてくる。
込み上げてきた笑いをそのままにしてガイに握られていた腕を引けばガイの手は簡単に外れたので扉を開けて部屋の外へと出る。
稽古の時に利用している中庭へと向かって廊下を歩いているとすれ違うメイドが足を止め端により頭を下げた。彼女にとって私はルーク・フォン・ファブレだということだろう。
ゲームでは気づかなかった母上とガイが気づいたのは私という異端が居るからだとしたら、それはルウにとって良い変化なんだろうか?
「悪いはずがないよね。だって、私はあの子のために在るんだから」
胸に手を当てて、目を閉じれば温かい存在を感じることが出来る。この世界で私が独りではないのはルウが居てくれるからだ。
私に居場所をくれた優しい子、この子が笑っていられる優しい世界を私は創りたい。いや、創らなくてはいけないんだ。





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