君護り
なりゆきまかせ。
気がつくと自分は液体の中で浮かんでいた。
僅かな流れがあるのか髪が上のほうに漂っているのが感じられし、
液体を全身の素肌に直接的に感じることに素っ裸かと眉を顰める。
目を開けようかと思ったが液体の中で目を開けるのは何だか怖いし、
見たくない物を見そうなので勇気が出なかった。
そもそも今の自分がどうやって息をしているのかがよくわからないのも怖い。
「レプリカは完成したのか」
「ええ、髪の色などに劣化はみられますが赤と言えますし充分すぎるほどでしょう」
聞こえてきた話し声が耳障りだった。
内容というよりもその声に含まれる何かが問題だった。
その何かはきっと感情とかそういったものなのだろう。
私はそんな言葉に含まれている感情など理解できる特殊能力などはない。
なのにそんなことを感じるのは私の中……いや、何だか違う。
まぁ、何と説明すればわからないが何故だか私の近くにもう一人の存在を感じることが出来るからだ。
このもう一人は物理的ではなく精神的なもののようで心の一部が繋がっていると今の私は感じている。
そしてその彼もしくは彼女は明確な意思というものはないようで好きや嫌いといった単純な感情しかないようだった。
ただ人は知識を付けることで本能を鈍らせたことを考えれば、単純であるからこそ彼等の印象は正しいように思う。
「では撤退の準備にかかれ」
このような声の人物が計画する計画って禄でもないだろう。
犯罪の香りがするというかそういう香りしかしない。
「解りました」
またその計画に賛同し協力する人間もまたダメだ。
何をするつもりかは判らないがこういう人間達には関わりたくはないものだ。
とはいえ、妙な液体の中に浮かんでいる時点で関わっていそうなのが嫌だ。
開けたくはないが顔も知らない人達を警戒するのも難しいので目を開ける。
目を開けてみるとぼんやりと液体の向こうに見えるのは二人の男性だ。
液体の向こうに歪むその姿は見覚えがあるようにも見える。
犯罪に手を染めるような知り合いはいないと思っていたんだけど……
「目を開けている。こちらの話は聞こえているのか?」
「聞こえてはいるかもしれませんがこのレプリカは知識も何もない赤ん坊と変わらない存在です。理解などしていませんよ」
めちゃくちゃ解ってるんですけどね。そうは思っても彼等の勘違いを正す必要はない。
何よりも白っぽい人間が言った言葉の方が私には大問題だった。
男はレプリカと言ったし、そういえばと思い返せば髪の色が劣化とか危険な台詞も言っていた気がする。
まてまて嫌な予感がする。まさかそんなことはありえない。
「ローレライと同一の固有音素振動数を持つルークのレプリカといえどそれは変わらないか」
ありえないって言い聞かせてるのにその希望を打ち砕くな。この髭。
確かヴァンデなんちゃらとかいう妙に長い名前がある人に希望を砕かれた私は深い精神ダメージを受ける。
それを心配したのかそれとも感情の起伏に反応したのかもう一人の……
これはたぶん本来のこの身体の持ち主であるルークが戸惑っているようだ。
「変わるわけがないでしょう?」
言外にあなた馬鹿ですか?という感情が見え隠れするディストと思われる男の言葉。
そうだもっと言ってやれ!穴あき計画を始動するような馬鹿で阿呆な奴なんだその男。
「その方が都合が良いがな……ディスト後は計画の通りに動く」
「貴方が出発した後にレプリカを目立つところに置いておきますよ」
私が後押しをしたというのにディストはそれ以上何も言わなかった。役に立たない男だ。
計画通りにするという言葉にこれ以上見ていても仕方がないかと目を瞑る。
ぷかりぷかりと浮かぶ液体の中で私はルークと思われる存在へと接触を試みる。
イメージとしては突っつく感じ、何だか嫌そうだ。では軽く撫でるイメージをすると先程の嫌だという感じは消える。
頭の中で彼に話しかけるというか接触するというイメージをするとコンタクトが行えるらしい。
なので私はルークとこの身体が眠りにつくまで遊んでいた。赤ん坊の彼は素直に反応してくれるので楽しかったからだ。
現実逃避の手段として彼と遊んでいたのは否定しない。
抜かったと思ったのは精神交流をし続けた所為で疲れてぐっすりと眠っている間にファブレ邸に運ばれてしまっていたことだ。
ディスト達が撤退し、ヴァン率いる白光騎士団が来るまでに
機会があれば逃げようと思っていたのに眠りこけて不意にするとは馬鹿すぎる。
いやいや、一度だけゲームしただけではこの世界の常識とかわかんないし、
衣食住を保証してくれるところにしばらく居れると思えばいいんだ。
……ああ、でも本来のルークであるアッシュの居場所を私は奪うのか。
感じる胸の痛みに俯けば心配そうに『母』が私に話しかける。
気がついたというのに何も言わない『息子』を心配しているのだろう。
「貴方は誰?」
私の言葉に驚愕を浮かべる『母』。
「ルークっ!私が解らないのですか?」
悲痛な声をあげる彼女の声を顔を見たくはない。
否定してほしいと願うその気持ちを踏みにじりたくはない。
「しらない」
罪を重ねよう。深い深い罪を私は重ね続けよう。
『息子』が無事に戻ったと言うのにその息子に忘却された『母』を作り出す罪を。
「あぁ!ルーク、私の可愛いルーク」
細い腕が私を抱く。額に感じるのは涙。
その哀しみにルークが泣いた。だからこの涙はルークのものだ。
憐れな母親を作り出した私が泣けるはずもない。