存外信じることは難しい。疑うことの方が、よっぽど簡単である。

君を探しにいくよ


←Back / Top / Next→




氷河に花を買いに行こうと一方的に約束をした次の日。
私は昨日の様子では来てくれないだろう彼を待っているが、休憩時間であるはずなのに外から戻る様子がない。
「外は寒いのに……」
小宇宙を高めることで身体を守ることが出来るとはいっても、修行中の身である私達には常に高めていることは荷が重い。
カミュからは寒さから身を守るために薄く小宇宙を身体にまとわせることは鍛錬にもなると言われ、修行中は薄着で過ごしているが休憩の時とかは身体をしっかりと休めるために上着を着込む。
外の寒さはそれでも防ぐことが出来ないものなので、休憩時は家に戻ることが普通なのに氷河は戻ってこない。
「氷河はまだ戻らないのか?」
扉を見つめていた私の後ろから聞こえてきた声に頷く。温かいお茶が飲めるようにとお湯を準備してはいるけれど燃料だって無限ではない。
これ以上戻らないようなら一旦、火を止めてしまったほうがいいだろうと考えていると頭に手を置かれ髪が乱される。
、そう心配するな。氷河もじきに戻ってくる」
火のことで悩んだ私の表情に落ち込んだのだと誤解したみたいだ。
慰めようとしてくれているアイザックを見上げると彼は乱した私の髪を撫でると手を離した。
「うん」
昨日の今日で上手くいくとは考えていないので、氷河が戻ってこないことは想定内だ。
ただ氷河自身のことを考えたら戻って部屋に篭ってくれたほうが、私としては安心できるのだけどね。
「お茶を入れる」
気を使ってくれる彼に頭を頷き、キッチンへと向かう背を見送る。
この歳でこの気の使い方って将来有望だよね。見た目もよく気づかいできる人ってモテそうだ。
そんなことを考えた後に視線をそらして外に通じる扉をしばらく見つめたけれど開く様子はない。
「カミュに叱られるかな」
そろそろ戻ってくるはずのカミュが弟子達の現状を知ったら叱られることだろう。
任務に出立する前に私達が微妙な雰囲気になっていることは気づいていたようだしね。
「クールではないからな」
お茶を入れて部屋に戻ってきたアイザックが私の独り言に答えた。
カミュの教えで常にクールにふるまうようにと私達は教えられている。
アテナの聖闘士たるもの心を乱すことなく地上のために戦う。それが私達の役目なのだと。
「まぁ、否定出来ないなぁ……ありがとう」
近づいてきたアイザックからマグカップに入った温かい紅茶を手渡されたので受け取る。
弟弟子と仲違いしたことを気にして右往左往している私はクールであるはずがないし、元からクールなあるまいとか無理な性格だし。
「まだまだ修行不足ということだ」
「修行かぁ」
修行をするからには一生懸命したし、カミュは絶妙な修行量を課してくるので苦しくても投げ出しはしなかったが昨夜、このままでいたいと考えていた私は聖闘士としての資格があるのだろうか。
答えを自分で出すとしたら、私は聖闘士として相応しくはなく真面目に聖闘士を目指す二人の為にも修行をやめるべきだっただろう。
この世界に子どもが一人で生きていくのが辛いだろうと怯えてカミュにしがみ付いた臆病者。それでも、三人と一緒に過ごした日々は嘘ではなかった。
「どうかしたのか?」
「私達のうち誰かが聖闘士となったら私達はどうなるんだろう?」
アイザックの声に不安だった気持ちがこぼれ落ちた。
「……
「今が続くはずがないってわかってるのにね。今が続けばいいと思うんだ……これこそクールじゃないよね」
マグカップを両手で握る。温かいを通り越して熱いとすら思うマグカップの中の波紋はまるで、これからに揺れる私の心の中の状態のようだ。
「聖闘士に誰がなっても俺達がカミュの弟子であるということは変わらない」
左肩に置かれた手の重さに何だか安心できて無言で頷いた。
元の私に戻りたい気持ちはあるし、決してなくならないだろうけれど。
「皆で笑い合うことは出来るよね」
「そうだな」
アイザックを見上げれば目が合って二人そろって微笑んだ。
ここに氷河はいないのが残念だけど、仲直りすればきっと氷河も笑ってくれるだろう。
まだ帰らない氷河を思って時計で時間を確認すれば、休憩時間はもう少しで終わりそうだ。
「氷河の帰り流石に遅くない?」
「そうだな。いつもなら戻ってる時間だ……まさかっ!」
私の言葉に眉を顰めて答えたアイザックが何かに気づいたように眼を見開いた。
何か思い当たる節がある様子のアイザックは持っていたマグカップをテーブルに置く。
「どうしたの?」
普段、飲み終わったらすぐに洗う几帳面な彼にしては珍しいその行為に言い知れぬものを感じながら問いかければ……
「もしかしたら氷河は海に潜ったのかもしれない」
「はぁ?何で海に?」
聖闘士となるための修行をしている私達でも寒いものは寒い。休憩中に好き好んで寒中水泳など普通はしない。
何か事情を知っているらしい彼に聞いたが、アイザックはどこか迷ったような様子を見せたが首を振ると。
「それは氷河を見つけてからだ。氷河を探そう」
確かに休憩時間が終わったことを時計が示しているのに戻ってこない氷河を探すことのほうが優先だ。
それに喧嘩中の私が氷河の事情をアイザックに教えてもらうのもダメだろう。
「何処を探す?」
「大体の居場所はわかっている。まずは俺についてきてくれ」
アイザックの言葉に頷いて中身が半分以上入ったままのマグカップをテーブルに慌てて置くと中身が僅かにテーブルへと零れたが戻ってきたから拭けばいいだろうとそれをそのままにして外へと出た。



氷河がいるだろうとアイザックが考えているほうへと向かいながら、すれ違ったりはしないかと彼の姿を探すが見当たらない。
、氷河はこの辺りにいるはずだ。俺は左に行くからお前は右を頼む」
「右ね」
視線を彷徨わせていた私へとアイザックの声が聞こえたので右の方へと歩き出す。
「氷河を見つけたら知らせてくれ! 俺は小宇宙を高める」
「わかった」
かつては出来なかったテレパシーという人の心に直接語りかけることが今の私には出来る。それを知っているアイザックはテレパシーで知らせるように言っているのだろう。
カミュが言うには弟子である中で私が小宇宙の扱いは優れているらしいが、小宇宙を高めてもカミュどころか氷河やアイザックと同じほどに冷気をまとわすことは出来ない。
格闘も小宇宙を使った小手先勝負でなければ私が二人に負け越し続けていることを考えれば聖闘士としての才能が私は二人よりも劣っているのは明らかだ。
聖闘士となるのは私以外のどちらであることは確実で、本来であれば私は辞退でもして二人をもっとカミュが指導できるようにしたほうがいいんだろう。
そう思いながらもズルズルと日々を過ごし、氷河と喧嘩までしてしまった私は情けない人間だ。彼を見つけてカミュが戻ったら修行を辞めると言おう。
氷河を探して走りながらそんなことを考えていると走れば走るほど苦しくなり、胸が締め付けられるような焦りばかりを感じる。
「何か嫌な感じがする」
これぐらいの走りで息切れするような柔な鍛え方をされていないので、これは何か別のことが原因だろう。
感じる何かのために走る足は鈍り、氷河を見つけなければという焦りが強くなる。
「……アイザック?」
爆発的な小宇宙の高まり。覚えのあるその小宇宙に私は走り出す。
速く速くと逸る心のままに。





←Back / Top / Next→