うっかりしていたと、自分でも思う。悪かったと謝っても、手遅れなのだろう。


謝ることも出来ないよ


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「氷河」
食事を終えて先に居間を出ようとする氷河に声を掛ける。
「……」
名を呼んでも聞こえなかったかのように去っていく姿に呼び止めようとして無意識のうちにあげていた手が落ちた。
氷河が好きだと言っていた料理を作ったりしてはいるがあれから三日経っても会話をしてくれない。
食欲はあるのか食べてはくれているが、それも訓練のために必要な栄養をとっているだけっぽい。

心配そうに私を見ているアイザックがいる。弟弟子達の仲の悪さに心を痛めているのだろう。
「心配をかけて、ごめん」
この致命的なほどの仲違いをした次の日、カミュは聖域からの指令で旅立ってしまっている。
年下の少年に頼るのは年上として情けない気もするが、弟子としては師を頼りたかった。
そうすることで、こんな居心地マイナスっぷりの日々を回避できるのならカミュを崇めてもいい。
「何があった?」
「氷河にとって大切な物を踏みにじってしまったから私が悪いんだ」
三日目ともなるとちょっと根に持ちすぎではないかという気持ちはあるにはあるが、大事なお母さんへのお土産を握りつぶしてしまったのだから非はこちらにある。
「そうだとしても無視をするのは駄目だ。氷河にオレから……」
「ううん、アイザックからは言わないで」
「何故だ?」
氷河の無視という行為のために話し合いという解決方法は今のところ絶望的だ。
それでも、兄弟子から私を無視するなっとか言われたら、アイザックは私の味方についたと思われる可能性があった。
アイザックの性格からして、私の味方というよりも無視という行為をしている氷河を注意するだけなんだろうけどね。
「私自身で解決したい」
「何を言ってる。そろそろカミュが帰って来るんだぞ! 心配をかける気か?」
確かに何だか大変そうな任務をして帰ってきた十代の子どもに心配かけるとかはしたくはない。
「……心配はかけたくないよ。でも、私と氷河で話し合わないといけないことだ」
「わかった。今日は俺が皿洗いをしておくからは氷河と話し合って来い」
「ありがとう」
邪魔をする気はないという意思表示なのだろうと彼の申し出に頷いて氷河の元へと向かう。
中身はいい歳をしているというのに無視されている相手へ話しかけるということで心臓がドキドキしてきた。
深呼吸をしてから氷河の部屋の扉を叩く。
「氷河」
反応がないけれど外に出た様子はないので部屋に居るはずなので諦めずに言葉を続ける。
「謝る必要はないって氷河は言っていたけど謝りたいんだ。知らなかったとはいえ大切な花を台無しにしてごめんなさい」
どんな事情があるのか兄弟弟子といえど私は知らない。
アイザックと氷河は話したことがあるみたいだけど、この身体の経歴を私は少しも知らないので話せないので自分から質問も出来ずに知らないままでいた。
それをアイザックは気にしていなかったが氷河は壁を作られたように感じていたのかもしれないと今なら思う。
「一緒に花を買いに行こう?」
語りかけてもまだ反応のないのは氷河はそれだけ怒っているのだろう。そして、その分だけ大切な花束が無残な姿になったことを悲しんでいる。
「本当は買ってこようかとも思ったんだけど私が選ぶよりも氷河のお母さんは氷河が選んだほうが喜んでくれるだろうから……」
いきなり男の子になっての修行生活。辛いことが多かったけど楽しいこともあった。
それは皆と一緒に暮して弟子同士でお互いを励まし、任務に行ったカミュの無事を心配をしたりしてどこか家族みたいに思えていたからだ。
氷河との距離だって、いつか縮むはずだと漠然と思っていたしお互いに嫌っているわけではないと知っていた。
「氷河は私のことを嫌ってしまったかもしれない。それでも、私は氷河のことを好きだよ」
閉ざされたままの扉に額を軽く打ちつけ。
「一緒にずっと過ごしてきて弟みたいに、家族みたいに感じてる」
揺れた視界に涙が零れないように強く眼を閉じる。
「今の私にとって大切な人の一人なんだ」
この世界で深い係わり合いがあるのは三人だけだ。大人であった私には閉ざされた生活だからこそ彼らに依存しているという自覚はある。
だけど、ではなくという少年になってから確かなものは三人との生活で、このままの生活が続くのなら本当は誰も聖闘士にならなければいいのにとすら思っていた。
苦しい修行が続くのだとしても、聖闘士になれたかなれなかったで優劣を競うことなく一緒にいたい。
「明日、休憩時間に買いに行こう?待ってるからね」
そう告げて扉から私は離れた。自己満足でしかないのだろうけど来てくれるまで待つつもりだ。
本当に来てくれなかったら落ち込むともわかってるけど、私にはこうすることしか思い浮かばない。





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