花を摘んだら、ひどく怒られた。そして殴られた。痛い。

氷河視点


←Back / Top / Next→




マーマが眠る海。分厚い氷が俺とマーマを隔てている。小宇宙を高めて殴っても今の俺の実力ではその氷を砕くことは出来ない。
俺と別れたあの時のままに眠っているだろうマーマのために集めたマーマの白い肌と同じ白い花をマーマに捧げようとした時に強い風が吹いた。
咄嗟に掴もうとして握りつぶすかもしれないとためらってしまい花束は飛んでいく。そう遠くないところに落ちるだろうと飛ばされたほうへと向かえばが居た。
珍しく俯いているその姿に気分が悪いのかと様子をうかがえば彼の手に無残にも潰された白い花が見えた。

「氷河」
彼の名を呼んだところでどうすればいいのか思い浮かんではいなかった。
「……それはっ」
「これは」
の眼差しが俺から花束へと向けられる。
ただ大切なマーマのための花をが壊してしまった事実が胸に痛い。
「マーマのための花をよくもっ!」
ダメだ。クールにならないとと心の隅で思っているのに感情は治まらない。
「マー…マ?」
理解できないとでもいうように首を傾げた彼に頭に血が上った。
アイザックや、二人と違って不純な動機で聖闘士となろうとしている自分を笑われたような気さえした。言い掛かりだとはわかっているは俺の事情を知らないはずだ。
けれど、アイザックは俺の動機を知って怒った。も俺が聖闘士となる理由を知れば怒る……いいや、呆れるだろう。今のような表情で。
俺の中の想像でしかないというのにぐちゃぐちゃになってしまった感情が俺の身体を動かした。
小宇宙を高めてはいないその攻撃はであれば避けられただろうに避けることも小宇宙を高めて防御することもなく彼は殴られた。
「氷河」
殴られたというのにいつもと変わりないその声の調子が俺の行動など彼にとってどうでもいい存在だと表しているようだ。
「俺は謝りはしない」
気高い兄弟子達。俺とは違う二人。
「ごめ……」
「謝る必要もないっ!」
兄弟子だからか一つ上だからか俺に謝ろうとしたの声を遮った後に彼から離れたくて駆け出した。
彼はアイザックの時とは違っていつもは俺にはいつまでも距離を置いた態度ばかりで、最初の頃は気を使ってくれているのかと考えていたが今では嫌われているのではないかと思うようになった。
そのせいでとどうやって接すればいいのか距離を置き、時間が経つにつれて彼が苦手になっていった。
わかっている。本当は俺の勝手な思い込みでは俺を嫌ってはいないだろうということは……だが、そうであるのならは俺のことなど気にも止めていないということになる。
嫌われることよりも俺のことを無関心なのほうが嫌だったから、自分から距離を置いたくせにからその距離を縮めて欲しかったなんて子どものようだ。
自分の情けなさに涙が溢れてきたが俺以外の誰も近くに居なかったから涙が枯れるまで泣き、心が落ちつくまでそこで俺は立ち尽くしていた。
家に戻ったのはいつもより遅かったがカミュ達は夕食を待っていてくれ、テーブルの上には俺の好きな料理があった。
カミュが夕飯を作る時には並ばない日本料理、が作ったのだろうそれに俺は俯いた。は俺に気を使ってくれている。
ずっと気を使ってくれていたとわかっていたのに勝手に疑心暗鬼になってを遠ざけて、その距離を縮めてくれないとに八つ当たりをした。
俺はを見ることが出来ずに視線をそらして夕飯を食べた。俺の好きな料理、いつもと変わらない味のはずなのに何の味もしなかった。





←Back / Top / Next→