花を摘んだら、ひどく怒られた。そして殴られた。痛い。
散歩です。事件です。
人間というものは同じことをしていれば慣れてくるもので過去と現在の違いを比べない限りは本人に違いはあまりわからないらしい。
そう思ったのはお世話になっているカミュの家がある村から軽く10キロ以上歩いたというのに身体に疲労感など感じていない今の肉体が原因だ。
14歳でこれだけ体力があると一般的ではないし、筋肉はついているけど服とか着てしまえば見た目は細身の少年でしかなく、人は見かけによらないというのを意図せずに手に入れた形になる。
「でも、身長は伸びないのは問題かも?」
男の子の第二次性徴期は女の子よりは遅いと習ったことはあるもののアイザックと氷河との身長が10センチ近く違うと心配になる。小さい頃に筋肉つきすぎると身長伸びないとか聞いたことあるのが心配だけどアイザック達は伸びてるから条件は一緒だしね。
もちろん純粋な日本人っぽいこの身体は将来的にも二人よりも身長が低くなる可能性は大だけど実力下で身長も一番下って下っ端ポジションじゃないか。いやいや、もちろんカミュ達が私に対してそんな扱いをするわけがないと思う。
でも事情の知らない人が私達を見たら内心で一人だけ馴染んでないとか思うかも知れないと思うと多少の危機感を持つのはカミュがそろそろ私達の修行を形にしていくべきだと言いだしたからだ。つまりはカミュは弟子である私達に聖闘士となるための最終段階に入るということを言ったのだと思う。
聖闘士となるのは現時点では抜きん出て実力があるアイザック次いで氷河。私については万が一というものもないので修行後は聖闘士になれなかった黄金聖闘士の弟子という情けない立場は確定してる。
カミュには聖闘士となれなかった時はどうなるのかということを問いかけたが、大丈夫やら心配いらないやら逆に不安になる言葉を頂いた。まさか何かで聞いたような一子相伝の技とかいう話で弟子は最後の一人になるまで戦い抜くとかいう掟はないよね?
修行とかもういいんで家事手伝い希望です。その一言が言えたのならとっくにもう言ってるので聖闘士となれなかった時に五体満足に生きてられるように身を守るための修行を頑張るしかないや。ちょっと乾いた笑いが漏れちゃうよ。
「んっ?」
強い風が吹いて咄嗟に目を瞑り顔に手をかざすとその手に触れたものがあって思わず握り込んでしまった。
何を握ってしまったのだろうかと目を開けて手には無残に花が半分ほど潰れた花の束、紐で括られただけのシンプルな白の花は可愛らしいが握り潰した私のせいで無残だった。
「」
手にある潰れた花束をどうしようかと悩んでいると氷河の声が聞こえた。
「氷河」
「……それはっ」
視線を向けると氷河が見つめる先は私の顔ではなく手元、無残な花束へと向けられていることに気がついた。
「これは」
もしかしたらこれは氷河のものだったのかと握り潰してしまったことを謝ろうと口を開いたが強く睨まれ押し黙る。
これはだいぶ怒っている。下手に謝ればもっと怒るだろうと想像できるのでどうやって謝ろうかと考えているうちに氷河のほうが口を開き。
「マーマのための花をよくもっ!」
「マー…マ?」
マーマってママ?お母さん? アイザックも氷河も親のことは何も言わないから孤児か何かと思っていた。
実は違っていたらしいと今までの知識を改めつつもずっと会えないでいるだろう大事なお母さんのための花束を握り潰してしまったのだからその怒りは当然だ。
氷河の拳が視界に入ったが甘んじて受ければ私自身は吹き飛ばされ、手に持っていた花束は宙にまったが地に落ちる前に氷河の手がその花束を掴む。
「……ッ!」
痛みに殴られた頬に手を添えたくなったけどそれを我慢して氷河へと視線を向ければ泣きそうな瞳と合う。
「氷河」
「俺は謝りはしない」
彼にとってはよほどのことだったのだろう。
「ごめ……」
「謝る必要もないっ!」
私の謝罪の言葉を最後まで聞かずに氷河は背を向けると走り去るのを瞬く間に離れていくその姿に強い拒絶を感じて追いかけることも出来ずにへたり込んだまま見つめ続けた。
すぐさま追って謝罪するべきかもう少し時間を置いて謝るべきかと迷って、あれだけ感情が高ぶった氷河も珍しくすぐに追うことは逆効果になりそうだ。
謝罪の拒否ということがどれだけ氷河の気持ちを傷つけたのかの表れなんだろう。
「……痛いなぁ」
殴られた頬を撫でる。私達の関係は表面上は問題がなかったけれど初めて会った頃から薄い膜のようなものがあったように思う。
氷河がカミュやアイザックに対してする態度と私への態度というものはどことなく違っていた。
拒絶ではなかったように思うけどだからこそ私が氷河に負けるようになった頃からぎくしゃくしてしまったんだろう。
嫌われてはいないようだから時間が解決してくれるという私の甘い認識と逃げによって、今回のことは引き起こされた。これがカミュやアイザックであったのならば氷河はすぐさま頭に血を上らせたりせずに事情を聞いてくれたはずだ。
そして、わざとでないと知れれば大切な母親に贈るものであっても花束を握りつぶしてしまったことを謝れば許してくれただろう。すぐにそう想像がつくからこそ今の状況にため息がでてしまう。
今日は修行が少し短めだったからと散歩しなければよかったと思いつつ家に戻るために足を動かす。氷河が帰ってきたら謝ることにしようと決めて。
家へと近づいた時に覚えのある姿が見えて立ち止まる。周囲を見回して私に気がつくと近づいてきたので何か用があるのかと私も急ぎ足で近づき。
「アイザック、どうしたの?」
「外に出てからだいぶ時間が経っていたからな」
声をかけるとアイザックがそう言って困ったような笑いを浮かべた。このような表情を彼がするのは珍しい。アイザックはその笑みを消し。
「のことは心配は要らないとは思っていたんだが……、氷河を見なかったか?」
氷河の名に身体が反応する。ちょっと心の準備が出来ていなかった。
「……見たよ」
「どうした?」
彼は氷河とのことを知らないからきいてきたんだろうけど。私の反応に何かあったのかと眉を寄せてこちらを見るその表情はカミュと似ている気がする。
血の繋がりなどはないけれど師と弟子というものは似てきてしまうものなんだろうか。
「氷河ならあちらで見たよ」
今まで歩いてきた方角を指差せばアイザックの眉間に皺がよる。何か考えている彼の姿にあちらの方角に何かあるのだろうかと思ったもののカミュから聞いた覚えはない。
カミュから習った話をすべて覚えているわけではないとしても近場で何かあるのなら多少は覚えているはずだし、これは私には知らされていないようなことかな。
「アイザック?」
「いや、何でもない。中に入るぞ」
私の声に意識を戻したアイザックが家へと戻るその背から目を逸らし、後ろへと振り返る。もしかしたら氷河があの場所にいたことに意味があるんじゃないだろうか?
知らないことで何かよけいに氷河のことを傷つけたわけじゃなければいいけどと考えたところでもう充分に傷つけた後かと思いため息をつく。
どうにか氷河の気持ちを和らげないだろうか? そうだ。今夜はカミュが食事当番だけれど手伝わせてもらって氷河の好きな料理を作ろう。
そう思いついて夕飯の手伝いをしたまではよかったんだけど、氷河の帰りは遅いし夕飯の時に機嫌直すどころか視線すら向けきてくれないという徹底的な無視に心が折れそうになった。