夜は暗い。しかし、月の光というものは思ったよりも明るく――

カミュ視点


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真夜中に動く気配に目を開ける。攻撃的な小宇宙を感じたというわけでもないのに何故かと疑問に思うが動いた気配というのがであることに気付き身を起した。
修行で身体を酷使したはずだというのにの気配が離れていくその様子に胸騒ぎを覚え、を追って行くことにした。
彼が修行が辛くて逃げ出すということはありえないが、逆の身体のことなど考えないような酷い特訓を自らの身体に課すことはするだろう。
己のその想像を現実のものとしないためにも後を追ったがは意外なことにすぐ立ち止まった。何があるのかと小宇宙を静め、気配を消した状態で彼を見守っていると何をするでもなくただ視線を前へと彼は向けていた。
先に何かあるのかと目を凝らしても闇があるだけでこの目に映るもので目を惹くものなどはない。
「アテナか……何を考えて……」
がアテナのことを考えている? 聖闘士となることをそれほど熱望した様子を見せないが珍しい。
そう考えてしまったがためか小宇宙が揺れてしまった。戦いの場ではないとしても情けないと己の未熟さに反省する。
「カミュ」
声代わりをしていない高い声が冷たい空気に響く。僅かなあの揺らぎを気付いたのだとしたらの探知能力は高い。もしかしたら黄金聖闘士並かもしれないと、の才能に心が震える。
……」
何と言えばよいのだろうかと迷いながら近づけば彼もまた私へと近づいてくる。
「申し訳ありません」
「謝る必要はない」
褒めようと考えていたところに謝罪され反射で答えた。
「……はい」
私の言葉に頷いた彼だが納得はしていないように見える。久しぶりにをただ純粋に褒めようと考えていたが、今褒めても彼は信じないだろう。
自分の力量をアイザックと氷河より下にみていることは知っていたが、すぐに自分の才は別の方向に伸びているのだとが気付くだろうと考えていた。
いつもは悟すぎるほどに理解する子であったからだが、それゆえに後れたフォロー、私がそれにもっと早く気付いてやればの小宇宙の乱れは大きくならなかったのではないだろうかと思う。
己の小柄な身体を、筋肉がつきづらいその身体を認めたくなくて起きた精神が身体を拒絶しているからこそ起きているのだろう小宇宙の乱れ。
それが酷くなりすぎれば修行どころではないのだが、止めさせれば自分自身を責めることが目に見えているために修行を止めることも出来ない。私はなんて不甲斐ない師だ。
「アテナのことを考えていたのか」
「聞こえて?」
不甲斐なくとも弟子の悩みに答えてやれることがあればと訊けば、の肩が跳ねるように動いた。
「ああ、耳に入った。何か悩みがあるのか?」
アテナのことを考えていたことを知られたくなかったのかと考え、彼は自分の悩みを私に知られたくなかったのではないだろうかと思いついた。ただ知りたければは私に聞くだろう。
アテナのことを四人の中で知っているのは私だ。そうせずに誰も居ない場所で考えていたということはは誰にも知られたくなかったのではないだろうか。
どれだけ共に過ごしても、何処かで線を引くに悲しくなった……まだ己の心はこの子に届かないのかと。
「私には言えないことか?」
口から出た弱音に自分自身が驚いた。あまりにも弱々しいその物言いに彼は気付いたのだろう。
「師カミュ、アテナにお会いしたことはあるのですか?」
からそう問われた。その問いが彼の悩みであるとは思わない。だが、関係ないというわけでもないようで私の答えを待つ彼の瞳が真っ直ぐに向けられている。
その瞳の中に映る月は弓のように細く、見つめる彼が獲物を見つめる狩人のようだ。そして、一瞬だが確かに私は彼の視線に射竦められていた。
それでも彼の質問に答えていたのは師としての条件反射か……だが、彼の質問に答える自分の声が遠い。
「相応しい時ですか?」
続いた質問に答えたときには精神を落ち着かせたものの聖戦と聞いて視線を落とした彼の様子に疑問に思う。
常日頃から聖闘士としての心得やいつか起きる戦いについては語り聞かせていたはずだ。
何を思っているのかと名を呼んだが、視線を上げた彼は何でもないと常と変わらぬ様子をみせ。
「カミュ、中に戻りませんか?」
促がすように言われれば無理に訊ねることをためらわれ、今夜のところは様子を見ようと歩き出したがの気配が動かぬことに気付いて振り返れば目元を拭う仕草は泣いていたのか。
「どうした?」
何故、泣いていた?そう問いかけたかったが私に見えないように後ろで隠れるように泣いた彼に聞けはしない。
は私の予想通りに首を振って涙の理由など答えてはくれず、中へと入ればすぐさま寝室へと戻ろうとする。

「はい?」
私はそれほど頼りにならない師だろうか?
「……いや、おやすみ」
そのようなこと問えるわけはないと私は微かに首を振り、へとおやすみと返す。
生きていくうえでの選択を心に恥じぬように正しいと思うほうを選んできた。
彼らについての選択も師として至らぬとしてもどれもが弟子の為を思って選んだ答えだった。
それでも迷うのは黄金聖闘士と呼ばれるほどに鍛えたとしても人であることは変わらないという証だろうか。
「いつかお前の悩みを聴かせてほしい。
弟子達が眠る寝室のドアの前でもれた言葉は夜の闇へと溶ける。





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